第3話 ロリコン、弟子を取る

「鍛えて……ですか。ちょっと聞きにくいんですけれど、どういった御事情で――」


 真剣なまめに鳴海が質問しようとするが、言い切る前に紺がカットインした。


「なるほど、鍛えてほしいと。つまり必要なのは実力が高い師匠。そうだな?」

「へっ!? はっ、はいです! 小生はどうしても強くならなければいけないのです!」

「うんうん。実は俺は特級退魔師でな。平安時代から続く名家の生まれで、若干二十歳にして前当主のジジィをボコボコにした実力者でもある」

「そんな御仁ごじんなのですかっ!?」

「ああ……偶然にも丁度弟子を募集中でな。し・か・も! 本来なら絶対にありえない内弟子うちでしだぞ? 食事やトレーニング、仕事道具の作成やら手入れまで見放題……段違いの効率で色々学べるぞ」


 しれっと同居を前提にする紺だが、まめは目を輝かせて頷いていた。

 ぜひ、と身を乗り出そうとしたまめは、しかし直前で思いとどまる。


「し、しかし小生はあやかしでして……身銭もあまり持っておりませぬ。とてもじゃありませぬがそんなすごいお方に指導料を払えません」

「はははっ、内弟子は家族も同然。指導料も生活費も要らないぞ」

「……っ! ほ、本当にそんなことが……! 神は小生を見捨てたりはしていなかったのです……!」


 紺に手を合わせながらぐすぐすと泣き出すまめ。紺は優しい手つきで頭を撫でた。

 ロリコンであるという事実を除けば、思いやりに満ちた行動だ。

 ロリコンだが。


 会話を遮られた鳴海がジト目で紺を睨んでいたが、止める方法が存在しない。

 何しろ妖怪を守る法律はないし、保護者も存在しない。

 その上、建前とはいえ退魔師協会は師弟登録制度を推奨する立場なのだ。

 鳴海はことの推移を見守るしかなかった。


「……こうやって犯罪が行われるんですね」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺は必死なこの子の姿に胸を打たれて力を貸そうとしているだけだ」

「物は言いようですね……ちなみにまめちゃんが強くならないといけない理由を教えてもらってもいいですか?」

「そ、それは、その……言わないとダメ、ですか……?」

「無いとは思いますが、人に危害を加えたりしてはいけませんからね」

「小生はそんなことはしませぬ!」

「分かってますよ。でも、それなら何のためか話せるんじゃないですか?」

「ぐっ……! それは、ですね……」

「まぁ別に言いたくないなら無理しなくていいんじゃないか?」


 言いよどむまめの頭に、ぽんと手が乗せられた。


「紺さん。師匠になったら、万が一の時にはあなたにも責任が及ぶんですよ?」

「ああ。その時は全力で止めてやるし、間違ったことしそうならちゃんと叱るよ。それが師匠ってもんだろ?」

「お、お師様しさま……!」


 まめが聖人を見つけたかの如く純粋な瞳で紺を見つめていた。


「……ちなみにまめちゃんに何かしたらすぐに協会長に連絡しますからね」

「なななな何でそんなことを!? 師匠と弟子との間には総理大臣や神ですら立ち入れないって古事記にも書いてあるぞ!」

「多分それ偽書ぎしょなので焼き捨ててください。法律が及ばなかったとしても無理やりや無知に付け込んで騙すようなことは絶対に許しません」

「あ、それは大丈夫。可哀想なのとか俺的にもアウトだし、全部理解した上で納得と合意を得るから」

「……むしろその方がヤバい気もするんですが」

「そんなことないぞ! 最高の師弟関係を築くと誓おう! なぁ、まめ?」

「はいですっ! お師様の弟子として恥ずかしくないよう頑張ります!」


 鳴海は口をへの字に曲げて二人を見つめていたが、やや思案してから溜め息をついた。

 止める方法もなければ、紺とまめ、両者の希望通りでもあるのだ。


「仕方ありませんねぇ……それじゃあ手続きしますか。とりあえずまめさんの呪力量や適性を測って、呪力パターンを登録しましょう」

「あっ、ありがとうございますっ!」


 深々と頭を下げるまめに、鳴海は苦笑を返す。


「師弟登録を認める以上、協会にも責任はあります。もし困ったことがあったらすぐ連絡してください」


 フロント企業のロゴが印刷された名刺を取り出すと、裏面に自分の氏名とスマホの番号を書き込んでいく。


「? これは何の数字なのです?」

「スマホの番号ですけど……もしかして使ったことありませんか?」

「あ、あるに決まってます! こう見えて小生は毎年、正月前にはスマホを使って餅をこねております故!」


 不思議な使い方に紺と鳴海は顔を見合わせ、それから紺が口を開いた。


「あー……勘違いしてるみたいだが、スマホはだぞ?」

「っ! しししっ、知っておりましたとも! 小生は餅にスマホを混ぜたものが大好物で――」

「分かった分かった。あとで教えてやる」

「……とりあえず何かあったら師匠の責任ですからね」

「ほっ、本当に知ってますからね!? 嘘じゃありませんから!! 腹ぺこの日に4つも平らげたことが――……」


 無駄に見栄を張ろうとするまめたまが、そのお腹がくきゅう、と鳴った。


「よし、じゃあ検査前に飯行くか。何か食べたいものはあるか?」

「ごごごっ、ご飯!? まさか小生にもご馳走していただけるのですか!?」

「ああ。こう見えてそれなりに稼いでるから、何でもご馳走してやろう」

「良いですね、優雅にランチですか……はぁ、私は紺さんとまめちゃんのために書類を書くんですけども」

「フロント企業から注文できる出前屋を教えてくれ。職員用にあるだろ?」


 どんよりした鳴海のオーラに押し負けて訊ねると、パッと花が咲くような笑みを見せた。

 同時に、あらかじめ用意していたかのような動きで大量のパンフレットを取り出した。


「さぁまめちゃん選びましょう。こっちが中華でここは和食系です。イタリアンならこれですけど、ピザだけは専門店のここが――」


 鳴海が出前について熱弁を振るった結果、和食に落ち着いた。

 和食以外は写真を見てもどんな料理かまったく理解していなかったためだ。


 ——まめ自身はかたくなに認めなかった。


「わ、分かっております! このピザなる料理は辛いんですよね! 赤いですし!」

「かれぇらいす? この茶色いのは、いや、その……たっ、食べ物なんですよね!?」

「おむらいす……家具いすと何か関係が……あっ、いえ! 知ってます! ええ、小生はおむらいす作りは得意でした! ええ、座りやすいと近所でも評判でしたから!」


 くりくりな目を泳がせながらも見栄を張る姿に、鳴海がひそひそ話を始める。


「これ、絶対分かってないですよね? 何でこんなに見栄を張るんでしょうね」

「……」

「紺さん?」 

「…………」


 紺は静かに涙を流しながらまめに向かって両手を合わせていた。


「紺さんっ!?」

「月瀬さん、邪魔しないでくれ。俺はいま、神に感謝の祈りを捧げているんだ」

「……一応聞いておきますが、何に感謝してるんですか?」

「決まってるだろ! 精一杯虚勢きょせいをはるイキり幼女にだよ……!」

「そんなものへの感謝を神に捧げないでくださいっ!」


 結局、出前の天丼が届くまで紺は鳴海に説教されることとなる。

 ……のだが、天丼が届いた後は海老えび天に興奮するまめを見て再び感謝の祈りを始め、再び説教されていた。

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