第2話 ロリコン、ロリと出会う

 人外ロリとお近づきになりたい。

 あわよくばおにーちゃん♡と甘い声で呼ばれたいし甘えられたいし一緒の布団で抱き枕みたいにして寝たい。


 一切の迷いなくヤバい願望を抱いた紺は、都内某所に設置されている退魔師協会までやってきていた。

 ロリは全てに優先するので、大学の講義は自主休講サボタージュした。ロリコンの鑑である。


 見た目は小綺麗なオフィスビルで、入り口にはフロント企業のロゴが飾られている。


 その上で術式や結界で守られているため、一般人がここにたどり着く可能性はほぼゼロだった。

 無用な混乱を呼ばないために退魔師や怪異の存在は世間に伏せられているのだ。


 衝立ついたてで作られた小さなブースがたくさん並んだ協会本部の一階は、かなり閑散としていた。

 職員と思しき人の姿は見えるが、退魔師らしき者はみえない。


「うーん……いつ来ても陰気臭いな。そろそろ潰れるんじゃねーの、ココ」

「潰れる訳ないですよ。公に出来ないとはいえ退魔師協会は警視庁の外局なんですからね」


 紺のひとりごとに応じたのは、茶髪をふんわりとサイドテールにまとめた少女だった。

 身にまとったブレザータイプの制服は高校生のものだが、落ち着いた雰囲気とブレザーのシルエットが崩れるほどの豊満な胸がどうにも女子高生らしからぬ印象である。


 首から下げた名札には『本部職員:月瀬鳴海つきせなるみ』と印字されていた。


「あっ、月瀬さん。ども」

おぼえててくださってたんですね。てっきり興味ないものかと」

「まぁぶっちゃけ退魔師の仕事には興味ないけど、月瀬さんは俺専属みたいなもんじゃん。他の受付は俺のこと無視したりするけど月瀬さんだけはちゃんと応対してくれるし」

「他の受付さんたちに無視されるのはことあるごとに『年増』とか『ババア』とか言うからですよ」

「だって皆成人してる癖に、俺の年収が1000万越えた辺りから露骨にアピールしてくるし」

「あはは……退魔師さんは高給取りですからねぇ。それに受付さんだって美人さんばっかりじゃないですか」

「俺は褪せたドライフラワーより、青いつぼみが花開こうとする生命の力強さに惹かれるタイプだから」

「そういうトコですよ。まぁでも、私も紺さん専属になって助かってますけど」


 鳴海は苦笑しながらも自らが担当するブースへと紺を誘導する。


「ここ最近、何故か年配の退魔師さん達に『お姉ちゃんって呼ばせて』とか『ママになってほしい』とか言われて困ってたんです。紺さんはそういうこと言ってこないので安心です」

「女子高生相手にオギャろうとか変態かよ……何で警察はそんな危ない奴を野放しにしてるんだ! 職務怠慢だろ!」

「警察が仕事熱心だったら紺さんも今頃シャバにはいませんでしたね」


 紺の対面に座った鳴海が、書類束を差し出す。


「さて、今日の御用件は『師弟登録制度』の説明と、お弟子さんの紹介でしたね。師弟登録というのは——」

一子相伝いっしそうでんが多い退魔師界隈で、秘匿されたり先祖代々受け継いだ術式が失われないよう、弟子を取って育てる制度、だろ? 人外の血を受け継いだ家系や、人社会で生きていくことを決めた無害な怪異を引き取って術式の制御や社会の常識を指導したりもする、と」


 当然のことながら、紺の狙いは後者——つまり人外である。


「しっかり調べて来られたようですね。特級退魔師である紺さんが弟子の募集を始めたことは非常に喜ばしいことですが、ちょっと問題がありまして」

「べ、別に俺は何もしてないぞ!? 女児アニメを録画して観るのは違法じゃないし公園でも変質者の被害に遭わないよう遠くから見守るだけに留めてる! 登下校中のロリへの挨拶だって地域貢献の一環としてだな――」

「新手の自白ですか? 警察呼んだ方が良いです?」


 ジト目になった鳴海は、そこじゃない――そこも問題ですけど、と言葉を続ける。


「紺さんの場合、実績が足りな過ぎるので認可が下りない可能性が高いんですよ。ホラ、ほとんどの依頼を断っちゃってるじゃないですか」

「こ、こないだ青木ヶ原樹海の依頼受けたぞ……!」

「散々ごねて、協会長にブチ切れられた後じゃないですか」

「ロリの絡まない仕事に意義を見出せって方がおかしいだろ!」

「おかしいのは紺さんの頭ですよ」


 鳴海の言葉に、紺はがっくりとうなだれる。ロリコンが純愛を貫くには、厳しい時代なのだ。


「だいたい、術式の相性やら家同士の関係なんかもありますからね。師匠側が募集し、弟子が応募するって形式ですけど、実際は事前に談合してるケースが大半なんですよ?」

「ちくしょう! 汚ぇぞ退魔師どもが!」

「紺さん、あなたはその退魔師で、しかも最高峰の特級なんですが」

「……弟子にはそういう大人の汚さとは無縁でいてもらおう……!」

「その弟子が取れないんですけどね。どうしても師弟登録制度を使いたければ、先に弟子を探した方が良いと思いますよ」


 それが出来ないから師弟登録制度を利用しようとしているのだ。

 弟子を見つけられるなら最初から協会に相談などしていない。


「ハァ……頑張ります……」


 すっかり肩を落とした紺さんが立ち上がったところで、ロビーに声が響いた。


「だ、誰かおりませぬかー! たのもーなのですー!」


 透明感がある、しかし幼さを残した甘みのある声だ。


「むっ? これはおそらく10歳後半から11歳前半の声……!」

「何ですかその気持ち悪い特技」


 鳴海の冷たい視線を躱すように声の主を探す。


「——っ!」


 そして、紺は呼吸することすら忘れた。


 ロビーの真ん中でオドオドしながら人を呼んでいるのは、一〇歳ほどの少女だった。

 

 服装は巫女装束みこしょうぞく——ただし緋袴ひばかまはぷにっとした太腿が覗くミニスカート丈で、厚底の草履ぞうりに合わせた足袋たびは、膝上までのオーバーニーソックスになっていた。


 如何いかにもコスプレのような服装だったが、どこか人間離れした端正な顔立ちのせいで神職と言われれば納得してしまいそうな雰囲気を持っていた。


 透けるような肌にくりくりの目。

 桜を思わせる艶やかな唇。

 見ただけでぷにぷにもちもちであることが確信できる頬。

 背中まで伸びた艶やかな栗色の髪。


 触るのをためらうような清冽せいれつさと、思わず抱きしめたくなるような愛らしさが矛盾せずに融合していた。


「ど、どなたか……どなたか居りませぬかぁ」


 少女は目に涙を溜め、不安そうに周囲を見回していた。

 そしてブースから顔を出した紺とばっちり目を合わせ――


「ひゃぁっ!? 退魔師! こ、殺さないでぇ! 小生しょうせいは無害です! 干し柿を勝手に食べたことは謝ります! 畑の芋を勝手に持っていったことも謝ります!! ですから何卒なにとぞ慈悲じひを!!!」


 尻もちをつきながらも、必死に命乞いのちごいを始めた。

 鈴緒すずお型の飾りで留めていた栗色の髪が乱れ、髪の合間からタヌキのような丸っこいケモ耳が現れた。


 人外化生じんがいけしょう——つまり、紺のいう所の人外ロリだった。


「なるほど、妖怪か……珍しいな」


 世界中には数多くの怪異が存在するが、人社会に溶け込もうとする怪異は数が少ない。師弟登録制度を使う人外も、吸血鬼や人狼など人社会に溶け込まねば生活が難しい者達が大半なのだ。


 対して妖怪は人間社会で過ごす必要がないものが多い。

 退魔師と妖怪との関わりと言えば、悪さをしたので討伐依頼が来たり、調伏ちょうぶくして式神しきがみとして使役するためであることがほとんどだった。


「こここっ、殺さないでくださぁい……!」

「殺さないって」

「嘘ですぅぅぅ――っ! そうやって油断させたところで後ろからズドンしてタヌキ鍋にするのが退魔師だって聞きましたぁ……!」

「どういう認知してんだよ……いやまぁ怪異側からすれば退魔師ってわりとそういうトコありそうな気がするけど……とりあえず落ち着け。チョコあるけど食べるか? それともぐーちょきぱーグミが良いか? ほら、シール付きウエハースもあるぞ」

「ちょ、チョコ? グミ!? ウエハース!?!?」


 当たり前のように子供向けの駄菓子を取り出し始める紺。たぬ耳幼女は怯えながらも差し出されたチョコを受け取る。


「はむっ……あ、甘いです……! はっ!? こ、この隙に小生の皮を剥いで肉を鍋にするつもりですね!?」

「しないから落ち着けって。そもそも人を呼んだのはそっちだろ。何か用があったんじゃないか?」

「はい紺さんそこまでですよー。この子が訪ねて来たのは退魔師協会ですし、職員の私が対応します」


 膝をついて幼女に視線を合わせた紺が訊ねたところで背後にいた鳴海が進み出た。紺の持っていたチョコを一つ摘まむと、屈みこんで幼女の顔を覗き込む。


「初めまして。おねーさんは月瀬鳴海って言うの。お名前、教えてくれますか?」


 スカートを押さえ、膝を抱えるような姿勢になったことで月瀬の胸部が潰れてとんでもないことになっていたが、中年退魔師のバブみを目覚めさせる母性は健在だった。

 あっという間に幼女の警戒心が下がっていく。


「ご、ご丁寧にありがとうございます……小生は狢ヶ原むじながはらまめと申します」

「可愛くて素敵な名前ですね。まめちゃんはどんな用事でここに来たんですか?」


 まめは跳ねるように居住いずまいを正して正座すると、三つ指をついて頭を下げた。


「無理は承知でお願いします! どうか小生を鍛えていただきたいのです!」


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