1-50.【潜伏者のひとり】ウイアーン帝国

 ウイアーン帝国。


 『始まりから終わりまでを統べ、終わりからもまた統べ始める帝国』


 御大層な名前だ。実態はひどいものだというのに。……いや、過去の遺産を食い潰してなおこれだけの大都を維持しているのだから、この国を起ち上げて発展させていた頃は偉大な帝国であったのだろう。


 建国から700年余り。最初は小国の一つに過ぎなかったが、宗教勢力と結託して魔法使いを組織化することで成り上がった。


 周辺諸国を併呑し、治め切れない土地は属国にした。西イェルヌ全土を支配下とした。そこまでは確かに名前の通りだった。


 以降はゆっくりと力を落とした。ひとつ、またひとつと属国に独立されても相手を再び抑えることが出来ず、衰退の一途だ。帝国の名も、もはや形だけ。


 軍費を削った結果だ。使う先が権力者の奢侈と享楽だというのだから呆れ果てる。奴らは東イェルヌ、つまりは『対岸』に資源を売りつけて金や宝石を貯める遊びに夢中だ。金遊びなら商人にやらせておけば良いものを。


 武官の無能と結論された負け戦は、物資が充分なら勝てていたものばかりだ。しかし予算は追加されず、むしろ削られた。


 嗚呼、ウイアーンが強くなければ周辺諸国は治まらぬというのに。




 しかし権力とは恐ろしい。過去に何度も奸臣、愚帝は暗殺された。だというのに尽きることなく愚かさを吐き出し続ける。


 私のかつての上司が神聖会議にて腐敗の糾弾を行なった。未来を憂えてのことだったが、首が飛んでひとつ席が空いただけだった。


 愚かさが変わらないままなのを私は諦めの気持ちで見ていた。私が死ぬまでに変わってくれることはないのだろうと。


 そんな折に声がかかった。上からの声ではない。どこからか知れぬ勢力から声。


 思想には共感しない。『管理・裁決』は続けるべきである。暴力的な革命は愚かだと思うし、『放任・執行』の無秩序さも好きではない。


 ……だが壊してくれるなら、もういい。下劣な奴らが私の頭の上にいるのが、今一番に我慢ならないことだ。




 ある程度、組織の行なう作戦の進行度が分かると、私は笑みを浮かべずにはいられなかった。思っていたより、壊れそうだ。


 久しぶりに楽しく思った。不変の憂鬱より、破壊の悲嘆の方が人生を楽しめそうだ。……これは悲劇になる。でもつまらない劇よりは何倍もマシだ。


 ホノペセタリク将軍は船90、魔法騎兵200魔法兵500歩兵1800工兵800後方支援2200を中間拠点に。既にこの兵站拠点への物資輸送体制は整っている。


 歩兵主力をウイアーン本土へ奇襲上陸させ、侵略を行ないつつ、海上からも支援攻撃・攪乱を行なう。


 さすがに全土を燃やすような兵力ではないとはいえ、この精兵たちが幾つの都市の穢れを掃うかが楽しみだ。


 そしてどれだけの人々が今の不満から解放され、新たな道を歩み始めるだろう。


 使節……いや『姫君』はこのウイアーン帝都に向かったという。


 あと少しだ。もう止まりはしない。誰が止められる?


 私の忠実な配下300騎。常日頃からよく手懐けた。ともに不満を持ち、それを打開せんとする勇士たち。ああ、君たちが無駄に死ななくてよかった。この内側からの毒はきっと効くだろう。


 ああ、意味のある死が訪れてくれる。もう、愚昧どもを生かすための歯車として生きなくていい。

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