第11話 どうしたらいいですか
「またね、草野さん」
「あ……水沢くん! お帰りですね。気をつけて」
放課後、なっちゃんとしゃべってたら、廊下から声をかけてくれた、水沢くん。
「へえ。なんだか、仲よさ気じゃん」
「まあ、あれですよ。友達ですから」
他の水沢くんファンの女子たちに対しても、優越感を隠しきれないのです。
「それに、ほら。彼女には別れがつきものだけど、友情は永遠に続くものだし。特別な存在っていうの?」
「最近、ケータイ小説読みすぎだよ、あんた」
そうとも言えます。
「試しに、聞いてみたいんだけど」
少し考えてから、再び口を開く、なっちゃん。
「どうぞ」
特別に、なっちゃんなら、何でも答えちゃう。
「水沢くんに抱かれたいとか思わないの?」
「な、な、な……!」
また、教室の真ん中で。
「水沢くんに対して、不謹慎極まりない問いかけかと」
信じられません。
「いいじゃん、べつに。どうなのよ?」
「それは……」
そこまで、突っ込まれてしまうと。
「正直に打ち明けます」
「うん。どうよ?」
「想像するだけで、鼻血が出そうです」
と、そこで。
「最近、度を超えてるぞ。おまえの変態さ加減」
この、どうでもいい声の持ち主。
「はいはい、達也ね」
わたしと水沢くんの間の涙なしでは語れないドラマを、何も知らないくせに。
「あ。どこ行くの?」
一応、聞いてあげましょうか。
「べつに。おまえには、関係ないだろ?」
質問にも答えないで、無愛想に教室を出て行った、達也。
「何? あれ」
スカしちゃって、わけがわからない。
「なんか、呼び出されてるらしいよ。違うクラスの女子に」
「呼び出し!」
達也のくせに、生意気すぎる。
「呼び出しか……水沢くんは、数えきれないくらいあるんだろうなあ」
ちなみに、このわたしは、一度もないけれど。
「まあ、あるだろうね」
「いや、自分をわきまえてる子が多くて、回数自体は意外と少なかったり……ということも」
達也みたいに、安易に手が届く感じじゃないもんね。
「ちょっとくらい、気にしてやったら? さすがに同情するわ」
「何のこと? あ、こんな時間! わたし、勤務開始時刻の30分前には、店に着くようにしてるの」
常に余裕を持ってないと、重大な失敗をしかねない。
「はいよ。行ってらっしゃい」
「行ってきます。わたしの分まで、南くんとラブで」
なぜか、あきれてるようすのなっちゃんと別れ、わたしは今日も店に向かう。
「お客様」
やはり、注意をしなければいけないレベルだ。しばらく、一人の男性の動向を見ていたわたしは、雑誌コーナーに近づいた。
「恐れ入りますが、雑誌の
折り目がつかない程度に、紐のかかっていない部分をめくるくらいなら、ご愛敬。でも、いくら好きなグラドルの掲載された雑誌を吟味するのに必死とはいえ、それはルール違反だろう。
「な……!」
「申し訳ありません。店内の貼り紙にも、注意として書いてあることでしたので」
柔らかい物言いを心がけたつもりだったのに、逆上させてしまった。ピンチです。
「なんて、失礼な店員なんだ。二度と来てやるもんか」
「申し訳ございません」
ペナルティーを犯したとはいえ、大事なお客様だったことに、変わりはない。
「また、お待ち申し上げております」
最後まで、自分なりの誠意を込めた対応を……と、そのとき。
「水沢くん!」
ちょうど、問題のお客様と入れ替わりに。
「買いにきたよ。約束どおり」
レジの前に立って、ニッコリと笑う、水沢くん。
「好きで……いえ、いらっしゃいませ」
こんな新たなシチュエーションの中での出会いに、またもや、危うく告白しそうになってしまった。
「何だっけ? この前、草野さんが教えてくれた……」
「グリーンカレーまん!」
うれしい。しかも、二度目の私服姿。今日は、上品なチェック柄のシャツに、やっぱりさらりと、カーディガン。
「えっと、グリーンカレーまん×4……と」
運よく、ちょうどいい数が残っていた。レジへの入力を済ますと、ポケットから財布を出した。
「だめだよ、草野さん。僕が払うから」
「いいの! 水沢くんが来てくれただけで、十分だし。それに、せっかくだから、皆さんで食べてほしいの」
ユウジくんと、お父さん、お母さんもね。
「ね? いいでしょ? 今日だけ。おいしいと思ってくれたら、今度は買ってね」
自分で会計を済ませて、品物を入れた袋を、水沢くんに強引に押しつける。
「……ありがとう」
「ううん」
大事そうに袋を抱えてくれる、優しい水沢くん。今日も、切なさを通り越しちゃうくらい、大好き。
「わたしの方が、ありがとうだよ。忙しい中、本当に来てくれたんだもん。それ食べて、ピアノと勉強の続きしてね」
実際に来てくれるか、疑わしく思っていただけに、すごく、すごく、うれしいのです。
「……でも、心配なんだ」
「はい?」
びっくりして、水沢くんを見上げる。
「いったい、何が?」
何か、わたしの不手際な点でも目についたのでしょうか。
「さっきから、店の前にいる男。ずっと、草野さんのことを見てる」
「ああ」
雑誌の紐の件で、わたしが注意した人。
「店員として、ある苦言を呈したから、気に障ったのかも。たいしたことじゃないから、そのうち帰ると思う」
水沢くんに、そこまで気に留めてもらえて、幸せ。顔が、自然とニヤけてしまいます。
「今日、草野さんの仕事が終わるのは、何時くらいなの?」
まだ、心配そうな表情。むしろ、思い残すことは、何もありません。
「うーんと……何だかんだ、8時半くらいかな。あ、ほらね。もう、いなくなったでしょ?」
いつのまにか、視界から消えていた、例の人。
「そうだね」
やっと、ほっとしたように、水沢くんが笑った。
「これで、安心して帰れるよ」
「うん。あ……今度は、雪乃ちゃんと来てね」
なんとなく、そんなことを言ってみたり。
「え?」
「あ、えっとね」
つくづく、わたしって、バカみたい。
「好きな人とは、なるべく一緒にいるべきだと思うから」
実際に雪乃ちゃんといるところを見ると、胸が痛んでたまらないくせに。それでも、水沢くん自身の幸せというものを優先させなければと、考えてしまうのです。
「……わかった。次は、雪乃も連れてくる」
「うん。きっとね」
複雑そうに反応した水沢くんは、おそらく、わたしの気持ちを、察してくれているのでしょう。
「じゃあ。帰ったら、ごちそうになるから。ありがとう」
「どういたしまして」
わたしの方は満面の笑みを向けて、あいさつを返した。だって、そんなことくらいしか、できないんだもん。彼女とか、そういう対象に見てもらえることのない、わたしには。
「それでは、お先に失礼いたします。本日も、ご指導ありがとうございました」
いつもよりもスムーズにレジ締めを終えて、店長にも丁寧なあいさつをして、わたしは帰路へ。
「うふふ」
今日は、少し失敗もあったけれど、いい日だったなあ。水沢くんが会いにきてくれたんだもん。
「心配なんだ、だって」
さっきの水沢くんを、うっとりと思い起こす。一応、こんなわたしでも、女の子として認識してもらえているということです。ありがとう、水沢くん。盆と正月がいっぺんに来るとは、うまい例え。昔の人は、よく考えたもので……。
「ん?」
この悪寒は、何だろう? 嫌な感じの気配が、背後に……。
「つ・か・ま・え・た」
「えっ?」
不意に、わたしの体をがっちりとつかんできたのは、聞き覚えのある声の、気持ち悪い息遣いの男性。
「俺に命令するなんて、生意気なんだよ」
「ひいいい……!」
やっぱり、熱心にグラビアを見ていた、さっきの人。
「おまえなんか、顔も体もミリちゃんの足元にも及ばないくせに」
「ミリちゃんと言われましても」
変態だ。それこそ、わたしなど足元にも及ばない、本物の変態だ。情けないことに、体が震え上がってしまい、まともに声も上げられない。
「どうせ、腐女子で、まともな男には相手にされないんだろ? 仕方ないから、俺がつき合ってやるよ」
「け、け、けっこうで……ぎゃっ!」
手が、水沢くんにさえ触れられたことのない、わたしの胸に。
「うれしいくせに、何叫んでるんだよ?」
「…………!」
今度は手で口をふさがれて、絶体絶命だと思った、そのとき。
「ん?」
突然、わたしから、気持ち悪い体が引きはがされた。
「いいかげんにしろよ」
「水沢くん……!」
気がつくと、水沢くんに組み敷かれている、目の前の変態。
「俺は悪くない。この女の方が、俺を誘ってきたんだよ!」
「言いがかりです。わたしが、いかなる理由で……」
「草野さん」
「は、はい」
一応、変態の言い分を否定しておこうとしたんだけれど、そんなことには耳もくれないようすの、水沢くんに呼びかけられた。
「こいつの上着に、財布が入ってる。それ、抜いて」
「えっ? あ、はい」
疑問に思ったけれど、押さえつけられた状態の変態男から、財布を抜き取った。
「免許証か保険証、入ってない? あったら、出して」
「入ってる! 保険証」
意図がわからないまま、言われたとおりにする。
「何す……」
「汚い口、開くなよ。あ、草野さん。携帯のライトで照らして、僕に見せてくれる?」
「うん」
そっか、そういうこと。水沢くん、抜かりがなさすぎです。
「ふうん……近所だね。もちろん、証拠の音声も取ってあるからね」
何気に、恐しいです。
「絶対に、二度としない! だから、
「これは返すよ。もう、全部覚えたから」
その水沢くんの日常会話みたいな口調が、寒気がするほど、恐しいです。
「このまま、二度と彼女の前に現れなければ、通報するつもりもない。家にも職場にもね。でも、わかってるよね? もし……」
「約束します」
地面に顔をこすりつけながら、懇願する変態男。
そうですよね、怖いですよね。
「わかったら、早く帰った方がいいよ。副自治会長のご両親の元に」
「勘弁してください……!」
力を緩めた瞬間、すごい速さで走り去っていった、変態男。最後のダメ押しまで、完璧でした。
「ごめん、草野さん」
「え……?」
あっけにとられてしまっていた、わたし。
「あれから、どうしても気になって、来てみたんだけど。店まで迎えに行くべきだった」
「そんなこと……!」
彼女でもないのに、謝ってもらう必要なんて、全然ない。
「とにかく、ありがとう。もう、なんて感謝したらいいか、わからないくらい」
本気で、わたしの貞操の危機を感じていました。
「大丈夫だった? いや、大丈夫なわけないよね」
「全然、大丈夫! や、胸をね、ほんの少し」
「胸?」
水沢くんの顔色が変わった。
「あ、本当に、たいしたことなくて……ちょっと、つかまれただけというか」
今でも覚えている、おぞましい感触はショックだったけれど、せっかく助けてくれた水沢くんを、心配させたらいけないのです。
「わたし、帰ります。こんな時間に、こんなところにいて、雪乃ちゃんに誤解されると悪いので。ありがとう。お礼は、また改めて」
深くおじぎをして、歩き出そうとしたときだった。
「草野さん」
水沢くんに、腕をつかまれました。強く。
「震えてるよ、草野さん」
「…………」
だって。だって、こんなわたしだけど、怖かったんだもん。あんな人に、どうにかされちゃうと思ったんだもん。
「本当に、ごめん。怖い思いさせて」
つかんだ手を、水沢くんの方に引き寄せられた。
「み……水沢くんのせいじゃないよ」
自然と、体が近づくかたちに。心臓が異常にドキドキしてるのは、どっちが原因なのか、わからなくなります。
「僕のせいだよ」
震える肩を、大きな左手で支えられました。
「水沢くんのせいじゃないけど」
つい、気が緩んでしまうのです。
「でも、怖かったの」
「うん」
つかんでいた手を離して、わたしの頭を優しくなでてくれる、水沢くん。
「水沢くんが来てくれて、よかった」
緊張の糸が解けたのか、涙も止まらない。そこで、水沢くんの手が、わたしの頭から離れたことに気がついた。
「わたし、持ってる」
また、ハンカチを貸してくれるつもりなのだろう。あわてて、しっかり用意しておいたハンカチを取り出そうとしたんだけれど。
「あ……」
思わず、小さく声を上げてしまった。予想に反して、ハンカチではなく、水沢くんの指で涙が
「無理はしないで、草野さん」
「無理なんか」
逆に、この状況で普通にいることの方に、無理を感じますが。
「水沢くんって」
「うん?」
いらぬドキドキが伝わらないように、少し視線をそらす。
「友達のわたしにも、こんなに優しくしてくれるんだもん。雪乃ちゃんのこと、溺愛してるんだろうね」
あ。雪乃ちゃんには、意地悪なんだっけ? さっきの水沢くんを見たら、ちょっとうなずけるような気も。
「…………」
「水沢くん?」
黙っちゃった、水沢くん。
「ごめんなさい。わたし、またもや、よけいなことを……」
せっかく、いい雰囲気だったのに。
「どうしてなんだろう?」
「はい?」
突然、疑問形で口を開いた水沢くんを、見上げる。
「自分でも、よくわからない。最近、草野さんといると、もどかしいような気持ちになるんだ」
「それは……」
水沢くんの気持ち、わかります。
「わたしといるとイライラするって、いろんな人に言われるの」
家族やなっちゃんを始め、達也にまで。
「でも、自分では理由がわからないから、対策の練りようがなくて。ごめんなさい」
しかしながら、水沢くんにまで面と向かって言われたとなると、いよいよ、わたしの今後の生き方について、考えなければいけない時期に来ているのかもしれない。
「違う。きっと、そういう意味じゃない」
「え……?」
いつになく、真剣な表情の水沢くんに、ドキッとした瞬間。
「優ちゃん……と、草野さん?」
どこからともなく、お姫様の登場です。王子様は、お姫様の手を取り、お城へ戻る時間なのです。
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