第10話 今度こそ友達なのです



「いらっしゃいませ。ようこそ……あ、なっちゃん! 南くんも」


「頑張ってるじゃん」


 勤務時間中に、うれしい来客。


「葵ちゃん、サマになってるよ」


「そうでしょ? デート帰りで、身も心も火照った恋人たちにオススメな、新発売のグリーンカレーまんなんて、どう?」


 きっちり、営業もしておくけどね。我ながら、見事すぎる販促文句。


「そんなことより、葵」


「はい?」


 眉をひそめている、なっちゃんに顔を近づける。


「昨日、南が見たって。雪乃ちゃん」


「あ、そう……なの?」


 そりゃあ、雪乃ちゃんは、どこにいても目立つでしょうから。


「続きは、はい。南から」


「ん。でね、葵ちゃん」


 見事といえば、なっちゃんと南くんの連携の呼吸も、見事だよね。このタイミングを取り入れられれば、わたしの接客のグレードも、さらに……。


「男と、いたんだよね」


「えっ?」


 何ですと?


「いや……普通に話しながら、歩いてただけなんだけど。なんか、親密そうな雰囲気だったというか。やたら、チャラチャラした感じの男と」


 まさか。


「それ、赤い髪の少年ではないでしょうね?」


 チャラチャラという語感から、連想するに。


「どうだろうなあ。帽子、被ってたから」


 いいえ。そうに決まってる。


「ねえ。どうにかならないの?」


「どうにかしたいです」


 ユウジくんと雪乃ちゃん、何を考えてるの? 水沢くんの気持ちも考えないで、二人で会い続けているなんて。


「とにかく、あんたに伝えておこうと思ってね」


「……しかと、聞き届けました」


 わたしの推測では、そろそろ、ユウジくんが姿を現すはず。今回ばかりは、この前みたいに、タバコだけ明け渡してしまうようなヘマ、絶対にしない。





 なっちゃんと南くんが店を後にした、数分後。


「こんばんは、臭野さん」


 早速、出た。


「臭野じゃなくて、草野です」


「どうでもいいよ。ほら。この前と同じの」


『永遠に、サヨウナラ』などと言っていたくせに、ふてぶてしくお札を差し出してくる、ユウジくん。


「はい。どうぞ」


 あらかじめ、用意しておいた包みを渡すと。


「何? これ。なんか、軽いんだけど」


 ユウジくんが、怪訝そうに、顔をしかめている。


「わたしだって、危ない橋を渡ってるんです。今日の分は、これだけ」


「何……」


「草野さん。レジ代わるんで、トイレの掃除をお願いできますか?」


 そこで、ちょうどよいところに、店長が顔を出してくれた。


「じゃあね、ユウジくん。わたしは、店長に命じられた、大切な任務を遂行しなければいけないので」


「…………」


 不本意そうに舌打ちしてから、店を出ていく、ユウジくん。これでいい。わたしの勤務終了時間に、怒り狂って、現れるだろうから。





「何、ふざけてんの?」


 仕事を終えて、外に出てみると、予想どおり、待ち構えてたユウジくんが、さっきの包みを下に叩きつけた。


「ふざけてません。中学生には、これで十分です」


 包みの中身は、一週間分の禁煙パイポ。ユウジくんの将来のため、自腹で買ったのです。


「調子に乗んのも、いいかげんにしなよ」


 鋭い視線で威嚇されても、わたしは負けません。


「調子に乗って、ふざけたことしてるのは、どっちなの?」


「何言ってんの?」


 しれっとしちゃって、生意気な。


「雪乃ちゃんと、コソコソ会ってるでしょ?」


 雪乃ちゃんのこと、そそのかして。


「水沢くんの気持ちも、考えなさい」


 ただでさえ、消せない過去があるというのに。


「水沢くんを裏切るようなことして、許せない」


「雪乃となんて、ここ最近会ってない。いったい、いつの話してんの?」


 いやに冷静な、ユウジくんの顔を見た。


「ご、ごまかそうとしても、ダメですよ?」


 裏も取れているんだから。


「昨日、雪乃ちゃんと渋谷らへんにいたでしょ? 帽子被って、その赤い髪を隠しても……」


「帽子なんて、1個も持ってないよ。頭締めつけられんの、大嫌いだから」


「え……?」


 あまりに落ち着き払った、この態度。ユウジくんは、白だ。


「気が済んだ?」


「う……」


 なんという、失態を。


「のどが渇いた。水」


「はい。ただ今」


 下僕のように、自販機で手に入れたペットボトルのミネラルウォーターを、差し出す。


「どうぞ」


「ん」


 当然のように受け取ると、キャップを開けて、優雅に口をつける、その姿。ある意味、水沢くん以上の王子気質かも。


「なんか、カン違いしてるみたいだけどさあ」


「……はい?」


 同じ顔の水沢くんと重ね合わせて、つい見惚れていたことは、誰にも内緒です。


「雪乃の相手してたの、俺だけじゃないから。あと、誘ってくるのは最初から雪乃の方で、俺も数回しかつき合ってないし」


「そ……」


 そうなんですか?


「俺と雪乃が特別みたいに思われんの、すごい迷惑」


「ちょっと、待って」


 ますます、疑問ばかり浮かんでくる。


「水沢くんは、どこからどこまで知ってるの?」


 いつかの水沢くんの口ぶりからは、わからない。


「どうだろうね。まあ、だいたい全部、把握してると思うけど」


「それなのに、なんで?」


 わたしには、わからない。


「なんで、水沢くんは、雪乃ちゃんがいいの?」


 そんな簡単に、何人もの人と関係を持つ女の子。水沢くんの気持ちなんて、全然考えない女の子。


「雪乃は」


 おっくうそうに、話し出してくれる、ユウジくん。


「両親共、仕事にしか興味のない人だから、小さい頃から、いつも家に一人で」


「…………」


 そういう話、あまり聞きたくありません。


「俺にしてみたら、だから何だって話だけど。ずっと面倒見てた優は、そういうのと結びつけてんじゃないの?」


「……そう、なんだ」


 幼なじみっていう響きは、苦手です。わたしには、そういう存在がいないからか、ものすごい疎外感を覚えるんです。


「さすがに、他の男とやってはないと思うけどね、今は。昔から、優のことは好きなわけだし」


「ありがと、ユウジくん。もう、わかった」


 また、何かを突きつけられた気分。タバコ用のお金をポケットから出して、ユウジくんに返した。


「やっぱり、タバコの密売は無理。バレたら、大変だもん」


 そして、しゃがんで、さっきユウジくんに投げ捨てられた、禁煙グッズを拾う。


「そんなわけだから。帰っていいよ、ユウジくん」


 この前ユウジくんに言われたことを、再確認した。わたしは、どこまでも部外者なのです。水沢くんの力になりたいなんて、おこがましいのもいいとこで……。


「少しは、根性見せなよ」


「…………?」


 そこで、耳に入ってきたのは、予想外の言葉。


「自分のやった女が、身内とつき合ってるとか。俺、そういう設定、全くそそんないから」


「はい?」


 あなたは、何が言いたいのですか?


「むしろ、面倒なだけだから。雪乃なら、あんたの方が全然いい」


「ユウジくん……!」


 さっきのが、わたしへの激励の言葉だったとは。なんて、よくできた弟。


「じゃあ、もしかして、協力とかしてくれるの?」


「まさか。そんなの、面倒極まりない。勝手にやりなよ」


「ですよね」


 なんとなく、水沢くんにも似た、かわされ具合。


「まあ、でもねえ」


 またひとつ、今ので悟りを開いた感じ。


「さすがに、みっともなく追い回すのは、やめようと思うよ。友達でいてもらえれば、それで……あれ?」


 いつのまにか、姿を消してる、ユウジくん。


「ユウジくん? あ、いた」


 辺りを見回してみると、少し離れたところで、彼女らしき女の子と。実に可愛いらしい、中学生カップルです。水曜日、毎週のように部屋でやっていることは、可愛くありませんが。


「これ! ちゃんと、持って帰りなさい」


 家への帰り際に、さっきの禁煙グッズを無理矢理受け取らせてから、電車に飛び乗った。なんとなく、ユウジくんに救われたような気もするけれど。


「友達、かあ」


 やっぱり、切ないです。ひたすら、切ないのです。でも、どうしようもないことって、あるもんね。





 ある日の放課後。


「あ」


 また、聴こえてきた。


「どうしたの?」


「ちょっとね。またね、なっちゃん」


 誰も気づかなくても、わたしには、わかるのです。これぞ、愛の力。A組女子に見つからないように、音楽室への階段を登る。水沢くんのピアノ、独り占めなのです。


「気持ちいいなあ……」


 音楽室の扉の前に座って、目を閉じる。外は、いい天気。今日の曲が、何ともまた、優しくて……。


「草野さん」


「は……!」


 いつのまにか、だらしのない体勢で眠っていた、わたし。


「また、聴いててくれたんだね」


 さっきの曲と同じように、優しく笑ってくれてる、水沢くん。


「いや、その……」


 いい気持ちで、熟睡してましたが。


「いいんだよ」


 やっぱり、うれしそうな水沢くん。


「今日ずっと弾いてたの、ショパンの子守歌だから」


「そうなんだ? どおりで」


 真っ暗になるまで、目が覚めなかったわけだ。


「いつのまにか、暗くなっちゃったね」


「そう……ですね」


 窓の外に目をやる、水沢くんのあごのラインに、ドキドキするのです。


「一緒に帰ろうか?」


「嘘みたい! いいの? やった……あ」


 しまった。水沢くんからのお誘いに、何も考えずに、つい興奮してしまいました。


「あ……そうだね、うん。帰りましょう」


 友達なのに、よろこびすぎたら、不自然だもん。成り行き上、普通だという態度でいないと。


「じゃあ、門の前で待ってるよ」


「はい。よろしくお願いします」


 うれしいけれど、悲しくて。でも、やっぱり、どうしても、一緒にいれるうれしさの方が勝ってしまうのです。





「学校のピアノ、よく弾いてるの?」


「先生に断って、たまに。好きなんだ、あのピアノの音」


「ふうん……」


 水沢くんの指から、こぼれ出る音なら、どんなピアノでも関係ないと思うけれど……。


「ん?」


「や、ううん……!」


 会うたび、大人っぽくなってる気がする、水沢くん。やっぱり、雪乃ちゃんの存在のせいなのかな。


「そうだ。弟が、草野さんに、また会いに行ったみたいだね」


「あ。何か言ってた? わたしのこと」


 好感度アップをねらえるようなこと。


「草野さんにもらったっていう、タバコの替わりみたいなものを口にくわえてたよ」


「よかった。一応、役立ってたんだ」


 よっぽど、口寂しかったんだろう。


「ありがとう。少し前、本物のタバコをケースで持って帰ってきたことがあったから、心配してたんだ」


「わ……悪い人も、いるんですね。そんなものを、中学生に渡しちゃうなんて」


 ごめんなさい。絶対に、もうしません。心の中で固く誓う、わたし。


「……草野さん」


「は、はい?」


 もしかして、わたしが犯人だと、とっくにバレていたとか。


「不思議な人だね。草野さんて」


「不思議?」


 それは、奇想天外という意味なのでしょうか? 何度か、言われたことはありますが。


「弟と、ここ最近、まともな会話をしたことなかったんだ」


「うん。そんな感じでしたね」


 寂しそうだったもん。


「でも、草野さんが僕たちに関わってくれたおかげで、少しずつだけど、話ができるようになってる」


「本当? うれしい」


 変態だろうが、トイレットペーパー女だろうが、この際、どうでもいいや。より話題性が高い方向で、好きなように扱ってもらえれば。


「草野さんには、感謝しっぱなしだよ」


「いえいえ。そんな」


 照れてしまいます。


「いや、本当に」


「そんなこと……」


 気を遣って、雪乃ちゃんの話は出さないでくれているのであろう、水沢くん。今は、その好意に甘えようと思います。


「何か、お礼できるといいんだけど」


「お礼だなんて。あ、そうだ」


 今なら、やはり。


「新発売のグリーンカレーまん、買いにきてもらえないかなあ」


「今度、必ず行くよ」


「やった……あ、ううん。ぜひ、ご賞味してね」


 なかなか、学習できない。また、よろこびの絶頂を、あらわにしてしまいそうになりました。


「相変わらず、頑張ってるんだね」


「うん。だから、きっと来てね」


 友達だから、こんなことも言えてしまうのです。


「将来は、売り上げ日本一のコンビニの店長になれるよ」


「どうして、わたしの夢がわかったの?」


 さすが、水沢くん。


「素直だからね、草野さんは」


「それも、数少ないとりえのひとつなので」


 でも、あとひとつの夢が、水沢くんのお嫁さんになることだという秘密は、もう墓場まで持っていく覚悟です。



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