第9話 わたしだって複雑です



「いやあ……なんだか、悪いみたい」


「悪いって言ってるわりには、全然遠慮してないじゃん」


「いいから、いいから。好きなだけ食べなよ、葵ちゃん」


 わたしは、実に素晴らしい友達を持ちました。開校記念日の今日、なっちゃんと南くんは、傷心のわたしをディズニーランドに連れ出してくれたのです。しかも、お昼は、二人のおごり……!


「だいたい、全く落ち込んでなさそうだし」


「なっちゃん、南くん様々です。おいしかったです。ごちそうさまでした」


 しっかりと手を合わせて、頭を下げる。


「達也でも呼んでやればよかったかな」


「なんで? やっぱり、わたしは邪魔者だったの?」


 なっちゃんの言葉に軽くショックを受ける、わたしです。


「そういう意味じゃなくって……あんた、気づかないの? 最近の達也見てて」


「達也? ここ数ヶ月、まともに見てないからなあ」


 いても、視界の真ん中には入ってこないというか。


「あっそ」


「や、達也なんかのことより……あそこ!」


 驚いて、向こうの行列に並んでいるカップルを指差した。


「え? 水沢じゃん、あれ。水……」


「だめ!」


 あわてて、普通に声をかけようとしていた、南くんを抑える。


「あ、ごめん。葵ちゃん、見たくないよね。彼女といるところなんて」


「そういうわけではないんだけど」


 悪そうにしている南くんに、説明する。


「雪乃ちゃん、試験だったから、デートするのはひさしぶりなはずだから。二人きりで、ゆっくりさせてあげないと」


 声をかけちゃうと、水沢くんは、こっちに気を遣いそうだし。


「ふうん。健気な心がけだわ。しかし、可愛い彼女だこと。王子と姫だ」


 なっちゃんも感心したようす。


「そうでしょ? お似合いなんだよ」


 あ。今、雪乃ちゃんが、水沢くんに腕を絡めた。仲良さそう。大変、よいことです。


「葵」


「…………」


 友達の恋は、応援してあげなくちゃいけないの。そうじゃないと、友達にすら、なれないもん。


「葵?」


「……あ、ごめん! 何?」


 なっちゃんの方に向き直る。


「あんまり、無理はしない方がいいよ?」


「べつに、無理なんてして」


 ちゃんと、思うがままに生きています。


「ただ、ひとつだけ、お願いが」


「何? 何でも言いな」


 むしろ、なっちゃんの優しさに惚れてしまいそう。


「もう一本、チュロスが食べた……」


 と、そのときだった。


「こんにちは。偶然ですね、草野さん」


 こっちに近づいて、声をかけてきたのは。


「こ……んにちは」


 相変わらず、天使のように可愛らしい、雪乃ちゃん。


「お友達と、いらしてるんですか?」


「そう。こちらは、年賀状のやり取りをするほど、水沢くんとも仲のいい南くん。そして、その南くんの彼女でもあり、わたしの親代わりでもある、なっちゃんです」


 そのあたりの人間関係は、誤解のないようにね。


「そうなんですか? 優ちゃんが、いつもお世話になってます」


「いやいや。水沢には、俺の方が世話になってる感じで」


 わたしを必要以上に気遣いながら、雪乃ちゃんに対応する、南くん。


「うれしい。こんなところで、優ちゃんのお友達に会えるなんて」


 わたしまでとろけちゃいそうな、ふわっふわな笑顔。


「水沢は?」


「今、飲み物を買いに。皆さんのお顔を見たら、すごくよろこぶと思います」


 …………。


 わたしは、ユウジくんにだまされたのでは? きっと、そうでしょう。セ○○なんて単語、この目の前にいる女の子に結びつきませんもの。


「優ちゃん、こっち」


「南……と、小池さん? 草野さんも」


 雪乃ちゃんに手招きされ、水沢くんも近づいてくる。初めて間近で見る、水沢くんの私服姿。夢にまで見た白シャツに、絶妙に着崩した、カーディガン。


(鼻血、出すんじゃないよ)


(全く自信がありません)


 なっちゃんと、そっと交わされた会話。が。


「ん。雪乃」


「ありがとう、優ちゃん」


 すぐに、現実に引き戻される。買ってきたドリンクを雪乃ちゃんに渡した、水沢くん。それだけの光景が、思った以上に胸に突き刺さる。


「本当に、偶然だね。隣、座っていい?」


 水沢くんは、どこまでも無邪気なのです。雪乃ちゃんが、さっき言ったとおり。南くんや、わたしがいたことすら、うれしそうに見える。


「えっと、あの……食べ終わったことですし、行きましょうか」


 正直、つらいです。


「それに、ほら。せっかくのデートなのに、中断させちゃ悪いですから」


 なんて、なっちゃんと南くんの邪魔をしているようにしか見えないであろう、わたしが言うのも何だけれど。


「うん。そうだ、そうだ」


 なっちゃんも、すぐに同意してくれて、立ち上がろうとしてたときだった。


「そんな……」


 悲しそうな雪乃ちゃんの声。


「せっかくお会いできたんですから、ご一緒しませんか?」


「はい?」


 雪乃ちゃんによって、まさかの流れ。


「そうだね。よかったら」


 水沢くんまで……!


「ひさしぶりに、南とも話したいよ」


「どうすんの? 南」


 水沢くんの無垢な笑顔と、なっちゃんの鋭い視線の間で。


「……じゃあ、ちょっとだけ」


 申し訳なさそうに、南くんが答えたのだった。





「優ちゃん、どんななんですか? 学校では」


 なんとなく、女子組と男子組に分かれて歩いてる、わたしたち。


「王子、王子って、学年中……いや、学校中の女子に騒がれてるよ。ね? 葵」


「水沢くんは、みんなの王子様です」


 大きく、力を込めて、うなずく。そう、わたしだけの王子様じゃないのです。


「嘘みたい」


 楽しそうに、雪乃ちゃんが笑う。


「優ちゃん、意外と意地悪だし、王子様なんかじゃないですよ? 本当の優ちゃん知ったら、草野さんも幻滅しちゃうと思います」


「…………」


 神様。これは、わたしに与えられた試練なのでしょうか?


(殴っていい?)


 雪乃ちゃんには聞こえないように、わたしに耳打ちする、なっちゃん。


「……意地悪じゃないよ」


 雪乃ちゃんが本気なわけでないのは、わかっているけれど。


「水沢くんは、意地悪じゃない」


「あ」


 と、そこで、小さく声を上げてから、あわてたようすで携帯を開いた、雪乃ちゃん。


「ちょっと、友達と話してきます。ごめんなさい。わたしには構わず、乗っててください」


「えっ? いや、構わずと言われても……」


 小走りに、遠ざかっていった雪乃ちゃんには、聞こえるはずがなかった。


「なっちゃん、葵ちゃん。これ、すぐ乗れそう」


 南くんが振り向いた。


 ちょうど、水沢くんと南くんの前方には、二人乗りのアトラクション。


「あ、えっと……じゃあ、わたくしめは、なっちゃんと。雪乃ちゃんは席を外しているので」


 反射的に、なっちゃんの腕をつかんだら。


「だめだよ。草野さんは、僕と」


「え……?」


 いたずらっぽく笑う、水沢くんを見上げた。


「少しくらい、南と小池さんも、二人きりにしてあげなきゃ」


「そう……です、よね」


 わたしは、自分勝手な人間です。普通なら、土下座なんかしてお願いした時点でドン引きされて当然なのに、こんなにも優しく、友達として接してくれる水沢くんを、残酷でひどい人だと思っている。





「わ……!」


「大丈夫?」


 動く床の上でバランスを崩して、乗る前に、すでに転びそうになっている、わたし。


「どこも、ぶつけてない? 草野さん」


「……平気です」


 真っ暗な中、水沢くんと二人だけで、つかの間の擬似空中旅行。楽しそうにしていないと水沢くんにも悪いとわかってても、やっぱり、はしゃぐような気分には……。


「そういえば」


「あ、何?」


 水沢くんから話を振ってもらえるのは、大変ありがたい。


「弟が、草野さんのバイトのシフトを知りたいって」


「……ヤニ切れか」


 タバコの在庫が、底を尽きたんだろう。


「え?」


「や、こっちのこと、こっちのこと!」


 結果として、未成年の喫煙を推奨するようなことをしてしまい、ヒヤヒヤです。


「ずいぶん、なついてるんだね。草野さんに」


「あ……なんか、身近な姉のように思ってくれてるみたいでね。うん」


 そういうことに、させてください。


「そっか、ありがとう。でも、気をつけて」


「何をです?」


 暗くて、あまりよく見えないけれど、水沢くんの方を向く。


「草野さんもわかってるとおり、ああいう弟だから」


 そんなふうに、心配してもらえるのは、うれしくもあるけれど。


「そんな言い方、しないであげて」


「え……?」


 よけいなことだろうと何だろうと、どうしても、わかってあげてほしいことがあるの。


「水沢くんの弟でいることは、大変だと思うの」


「弟が、そんなことを言ってたの?」


 真剣に、わたしの話に耳を傾けてくれる、水沢くん。


「ううん。でも、水沢くんと同じように頑張るのは、至難の技でしょ? 同じ結果を出したところで、二番目だと目劣りしちゃうし」


 わたしは、ユウジくんとは違って、あきらめちゃっているけれど。


「だから、彼女を部屋に毎週呼んでるのも、自分の存在を、あえてアピールしてるのかも……なんて」


 ふと、そんなふうに思ったのです。


「…………」


「や、あの、ごめんなさい! えらそうに」


 すぐ調子に乗るのが、わたしの悪いところ。


「何が言いたかったって、本当は、二人とも仲良くしたいんだろうなあって。見てると、わかるもん。なんとなくだけど……」


 あ。さらに、よけいなことを言っちゃっている?


「ごめんなさい。反省してます」


「反省だなんて」


 声だけで、わかります。どんなに優しい表情で、わたしを見てくれているか。


「ありがとう、草野さん」


「いえいえ。わたしは、べつに……」


 ただ単に、思いついたそばから、口から出てきちゃうだけで。


「いつも、草野さんは」


「えっ?」


「僕に、新しい物の見方を教えてくれる」


「…………」


 今、水沢くんの顔が見えてたら、きっと伝えていました。一生涯、水沢くんだけを愛し続けますって。でも、そうしたら、また困った表情で、水沢くんは「ごめん」と言うんだろうね。


「南と彼女の小池さんと、仲いいんだね」


「うん。特に、なっちゃんには、お世話になりっぱなしで」


 足を向けて、寝れないくらい。


「それに、憧れてるの」


 なっちゃんたちと、一緒に過ごすたび、再認識する。


「いつか、自分の好きな人と、なっちゃんと南くんみたいな関係になれたらいいなあって」


 自然で、無理がなくて、いつも二人で同じ方を見ているというか……。


「草野さんなら」


「はい?」


 嫌な予感がした。わたし、バカだ。


「きっと、すぐに見つかるよ。そういう人が」


「あ……はい」


 ほら。当然の流れ。


「見つかるのかなあ」


 水沢くん以上に好きになれる人なんて、現れるわけがないのに。


「もちろん。草野さんの一生懸命さに惹かれてる人、きっといると思うよ」


 それも、水沢くんじゃなくちゃ、意味ないのに。だけど、それは禁句なのです。


「いつか、水沢くんに紹介するからね。俺様でドSなのに、わたしだけに優しい彼氏」


「楽しみにしてるよ」


 やっぱり、暗がりでよかった。涙ぐんでるの、わかっちゃうもん。


「しかも、暴走族の総長なの。他人には言えない、つらい過去も抱えてて」


 そんな人、全然好きじゃないけれど。


「それは、ちょっと心配だな」


 楽しそうな水沢くん。これで、いいのです。


「わたしは、転校初日の初対面で、いきがってる総長に言い放つの。『あなた、目が死んでる。泣いて笑ってる』って。それがきっかけで、総長は、わたしに夢中になっちゃうの」


「草野さん、小説家になれるよ」


 今度は、水沢くん、素直に感心してる。もう、こんなに優しい水沢くんを困らせてはだめ。


「あ、出口だね」


 前方の扉が開いて、一気に視界が開けた。


「優ちゃん」


 出口で手を振っている、雪乃ちゃん。おしまいです。王子様は、お姫様の元に帰っていくのです。顔を見られないように、うつむいた状態で、船のかたちの乗り物を降りた。


「草野さんのおかげで、楽しかったよ」


「うん。わたしも」


 下を向いたまま、声だけ弾ませて、わたしも水沢くんに応える。


「草野さん、ありがとうございました」


 近づいてきて、お礼を述べる、雪乃ちゃん。


「いいえ」


 感謝されるようなこと、何もしていませんから。と、そこで。


「どうしたんですか? 気分でも悪いんですか?」


「えっ?」


 いきなり、雪乃ちゃんに、のぞき込まれた。


「や、べつに……!」


 動揺しながら、雪乃ちゃんの視線から、顔を背けた先には。


「草野さん?」


 驚いた表情で、わたしを凝視する、水沢くん。


「いつから……」


「や、ディズニーランドのアトラクションって、わけもなく感動が押し寄せてくるでしょ?」


 雪乃ちゃんが気遣ってくれたせいで、水沢くんに涙を見られてしまった。


「パレードなんか見た日には大号泣で、嗚咽が止まらな……」


「この子引き取って、そろそろ行くわ。ね? 南」


 そこで、先に降りてた、なっちゃんに腕を引っ張られた。


「ああ、うん。そうだね。じゃあ、このへんで」


 意図を察して、すぐに話を合わせる、南くん。


「草野さん……」


「では、そういうことらしいので。じゃあね、水沢くん、雪乃ちゃん」


 こうなったら、長居はもう無用。


「お邪魔しました。恋人同士、あとは水いらずで」


 何かを言いたそうだった水沢くんに背を向けて、振り返らずに、なっちゃんたちと歩く。


「やっぱり、片想いはつらいね。なっちゃん」


「……あの子が電話してた相手、男だったよ。絶対」


「そんなことないですよ」


 水沢くんが選んだ女の子だもん。わたしも、信じてあげなければ。


「なんか、気に食わないんだよね」


 納得のいかなそうな、なっちゃん。


「どっちにしても、わたしの存在自体が論外なわけだし」


「こればっかりはなあ」


 南くんも、ため息をつく。


「あ……そうだ」


 そういえば、ユウジくんが知りたがっていたという、わたしのバイトのシフト。結局、水沢くんに教えずじまいだったっけ。


「ごめん。ちょっとだけ、行ってくる」


「葵?」


 まだ、二人とも、あのあたりにいるはず。


「いた。水沢く……」


 だけど、とてもじゃないけれど、声をかけられる雰囲気では、なかった。しっかりと繋がれた手。周りを寄せつけない、二人だけの空気。


「……水沢くんを、幸せにしてあげてください」


 雪乃ちゃんに向けて、一人そっとつぶやく。


「お願いだから」


 どうして、わたしは、雪乃ちゃんになれないのでしょう?


「水沢くんを悲しませるようなことは、しないでください」


 過去に何があろうと、少しくらいなら、目をつぶります。だから、それだけは、約束してください。わたしは、水沢くんの悲しむ顔を絶対に見たくないんです。



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