魔物ジーナフォリオ
「結局同室かぁ……」
「変なところをこだわるんだな」
「全然変なところじゃないと思う。普通に気になると思う」
来客を泊めるための部屋は簡素な一人用のベッドが一つに机が一つ、椅子が一つ。
二人はひとまず荷物を下ろし、インニェイェルドはベッドに、男は椅子に座った。
「……そうだ、名前!」
「名前?」
「まだ自己紹介してないじゃん! 忘れてた!」
出会ってから数時間経過し、あまつさえパーティーに誘われていて、同室に寝る羽目になったというのに、お互いに名前を知らなかった。
「私の名前はインニェイェルド。キミは?」
「いんにぇ……? なんだその珍妙な名前は」
男は怪訝そうに眉根を寄せる。
「珍妙!? 珍妙じゃないし、うちの地元じゃ割とよくいる名前だから!」
「覚えられる気がしないから、インって呼ぶことにするか」
「省略された……」
「僕の名前はエルリクだ。省略してもいいぞ」
「それくらいフルで覚えられるよ」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮してない!」
なぜか彼と話しているとペースを乱されてばかりだ。インは深呼吸して、冷静になろうと努めた。
「それより、さっきの言いかけてたことのほうが気になるんだけど」
「さっき? なんだ?」
何も心当たりがない顔で首を傾げるエルリク。
「この村にも落ち度があるってやつ!」
「ああ」
「忘れてた顔だ」
「どうでも良すぎて忘れてた」
「私はずっと気になってたんだけどね」
「……ははぁ、さては村側の悪いところを掘り出して、嘘をついて報酬を多く受け取った後ろめたさを少しでも埋めようとしてるな?」
「嘘ついたのはそっちでしょ!」
図星をつかれて、インは顔を赤らめ声を荒げた。
「そうムキになるなよ。村の落ち度について教えてやるから」
「うぅ」
一つ質問するだけで、倍おちょくられている気持ちになる。インは不満を小さく唸って吐き出した。
「ターシトンは耕地を増やしたいがために年々少しずつ近隣の森林地帯を切り開いている」
「それって悪いことなの?」
「近隣の森林は特に保護されていないし別の村や町の領分ではないから、別にとがめられることはない。だがそれに調子づいた結果、加護を越えた」
「えっ」
加護とは魔物避けの力や、その効果範囲内の土地のことをそう呼んでいる。
伝説によれば、大昔の勇者が二度と人々が魔物に苦しめられないようにと、魔物避けの杭を各地に打ち込んだ。
杭を中心に人類は生活圏を構成し国ができた。
杭から離れれば離れるほど加護の力は薄まっていくため、加護の強い中心部には王族や貴族の住む王都が、外側に行くほど身分の低い人間が住むようになったとされている。
ターシトンはそんな加護の効力の届く境に位置しており、もともと魔物に接近されやすい村であった。
しかし加護の範囲外に生活圏を広げたということは、それまでとは比べ物にならないほど魔物の襲撃に遭うはずだ。
そこは本来、魔物の領分だったはずなのだから。
「……もともとスティンガーの縄張りだったのかな」
「だろうな。自業自得だ」
ふん、とエルリクは鼻を鳴らした。
「これからどうするんだろう。いくら退治しても原因がそれじゃ焼け石に水だよね」
インは怪我をしたという人や連れ去られて捕食されただろう鶏のことを思う。今後も似たような被害は免れない。
「まあ、今回と同じように被害が出たらその都度冒険者を雇うだろ。広げた分の農耕地の収益で充分おつりが来るからな」
「そういうもんかぁ」
インは釈然としない気分でベッドに突っ伏した。
二日間野宿だったので、久しぶりのベッドは柔らかく気持ちが良い。
「でさ……もう一つ聞きたいんだけど」
「なんだ」
「怪異、ってなに?」
インをパーティーに誘った理由。怪異をさがしていると、エルリクは言っていた。
しかし肝心の怪異がなにか、インは知らなかった。
「怪異は怪異だ。簡単な言葉で言うと、お化け。お前も幼いときに親に脅されなかったか? 早く寝ないとお化けがくるぞって」
「あるけど……」
「それだ」
「はぁ?」
ふざけているのかと思ったが、男の表情は何一つ変わらない。
今一つ何を考えているのか分からない暗い瞳で、ぼうっと中空を見ている。
「そんなの子供だましの作り話で、元ネタがあったとしても魔物とか魔法の効果とかじゃん」
「大体はな。でも僕はその中に、本物の怪異が紛れ込んでいると思っている」
「はぁ……」
荒唐無稽な話しにインは疑いの目を向けた。
こんなことを大真面目に………本当に真面目かは分からないが、もっともらしく言う男が輪にかけて胡散臭く思えてきた。
「ギルドで見なかったか、魔物ジーナフォリオの常駐クエストの張り紙を」
「ジーナフォリオ……? あ、見たかも」
それはインが仕事を求めてクエストボードを見ていた時にあった年季の入った張り紙だった。
普通クエストは受付で手続し受注しなくてはならないが、その魔物のクエストに限っては、誰でもいつでも挑戦でき、討伐したものには法外な報酬が与えられるというものだった。
「クエストっていうか、指名手配犯みたいな感じになってたけど……」
「そう。冒険者は日々仕事をしながら、こいつを探している。特に中級以上の冒険者はジーナフォリオの討伐を目標にしているやつらばかりだ」
張り紙の古さからしても、長い間討伐されていないことが伺える。倒せば大金とそれ以上の名誉が得られるのだろう。
英雄譚に憧れるインもその話を聞いて、ジーナフォリオに興味が出てきた。
「へぇ。それで、そのジーナフォリオとお化けになんの関係が?」
「僕はこのジーナフォリオを怪異とみて探しているんだ」
「いやいや、”魔物”ジーナフォリオって書いてあったじゃん」
初心者向けのクエスト出ないことは一目で見て取れたので、内容をしっかりと読んでいなかったが、少なくともお化けの類という文言はなかった。
そもそもギルドは仕事を斡旋する真面目な国の機関だ。荒唐無稽なお化け退治など扱うわけがない。
長らく誰にも倒されていない魔物。それこそ竜や巨人のような強大なモンスターをインは想像した。
「ジーナフォリオは今までに、目撃情報が一つもない」
「ど、どういうこと?」
「そのままの意味だ。誰も見たことがない。襲われた村は全滅。前兆もなければ、痕跡もない。それが半年から一年の間に、どこかで起きる」
「……そんなことある?」
「あるから、多額の報酬……懸賞金がかけられているんだ」
インはごくりと喉を鳴らした。
予兆なくどこからともなく現れて、村人を皆殺しにし誰にも見られずに去っていく。
確かにその話が本当なら化け物じみている。
「どんな姿をしているのか、一匹なのか複数いるのか、どんな能力をもっているのか、何一つわかっていない」
「それじゃ探しようがないんじゃ……」
「僕は手がかりを持っている」
「嘘っ」
「見るか?」
エルリクはおもむろに、鞄の留め具を外し中に手を突っ込んだ。
誰も見たことがない化け物の手がかり。一体なんなのだろう。
インの好奇心が彼の手元に集まった。
「……見せてもいい。ただし、パーティーメンバーにだけだ。保留にしていた返事を聞かせてもらおうか」
エルリクは動作をぴたりと止めて、インに秘密を見せる条件を告げた。
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