勧誘と初報酬

「48本……ってことは24匹も倒してたんだ……」

 すべての鎌を切り取り終えて、インニェイェルドは溜息をついた。

 男が死骸に水をかけフェロモンの飛散を防いだことで、新たなスティンガーは現れなくなった。

「ありがとう、助かったよ」

「……」

 男は礼を言うインニェイェルドをじっと見つめている。

「あ、ええと……実はこれが初クエストで……謝礼金はこいつの報酬を受け取った後でもいいかな?」

「……」

「もちろん、キミが倒した分は払うしそれとは別に――」

「獣人か?」

「えっ」

「その耳、趣味で付けてるわけではないよな」

 しばらく黙っていたのは無言で報酬を要求していたのではなく、こちらを単に観察していたらしい。

「い、今気づいたの?」

「さっきは薄暗くてよく見えていなかった」

「そうなんだ……。初対面の人にはほぼ言われるんだけど、この辺で獣人ってそんなに珍しい?」

「珍しい。冒険者で時々見るくらいだ。定住者はほぼいない」

「へー」

「冒険者でも大体の獣人はあっという間に上位ランクに行ってしまうから、こんな初心者でしかも死にかけてるとは思わなかった」

「……悪かったね、ド素人で」

 命の恩人ではあるが、ちょいちょい毒舌というか容赦のない発言が気になってきた。

「いや、恩を売れたことで交渉がしやすくなった」

「交渉……?」

「僕とパーティーを組んでくれ」

「パ……!?」

 突然の男の申し出に目を丸くする。

 冒険者で固定のパーティーを組むのは強敵に挑む一部の上位ランカーと、友達同士でゆるくやっている趣味を兼ねたような道楽者だけだ。

 多くの冒険者はクエスト毎に同行者を募り、クエストが終われば解散する。

 インニェイェルドは言うまでもなく初心者だし、男の方も装備からして上位ランカーには見えない。となると――

「それは私が獣人だから?」

 道楽で傍に置いておきたい、という動機しか思い浮かばずインニェイェルドは警戒した。

「そうだ」

 男は悪びれずにそう答える。

 どうやら異人種が趣味のヘンタイ野郎だったようだ。恩を盾にどんな要求をされたものか分かったもんじゃない。

 インニェイェルドは一歩下がって、どうやってここから逃げ出すか考えを巡らせた。

 冒険者の技量は未熟な彼女だが、単純な腕力では人間に負けるはずがない。いざとなったらぶっ飛ばして逃げよう。

「あ……聞き忘れていた。お前は鼻が効くか?」

「え?」

 予想外の質問に思考が中断された。

「大事なことなんだ」

「そりゃまあ、人間よりは……?」

「良かった。獣人と言っても個人差があるらしいからな。そこが人並みじゃ仲間にする意味がない」

「どういうこと?」

「探し物をしているんだ。お前にはそれを手伝ってもらいたい」

 ヘンタイ野郎は誤解だったようだ。一安心して、インニェイェルドは彼の話しを詳しく聞いてみることにした。

「探し物ね。それなら私にも出来そうだけど、普通に犬でも使えばいいんじゃ?」

「動物はだめだ。怖がって使い物にならない」

「動物が怖がるってことは、探し物は魔物?」

 自分より大きな獣にも立ち向かう勇敢な犬でも、魔物には近寄らない。動物は魔物を忌避する本能がある。

「魔物……いや違う」

 男は目を細め、否定した。

「僕が探しているのは、怪異だ」

 


「お帰りなさい冒険者の方……と、そちらの方は?」

 村長の家のドアを叩くと、区長のオークスが迎えてくれた。

 送り出した新人冒険者が、謎の男を連れ立って帰ってきたのだ。怪訝な顔をするのも無理はない。

「ええと……」

「僕も冒険者だ。群で現れたスティンガーに手を焼いていたようだったから、少し手伝った」

 なんと説明したものか迷っていたインニェイェルドの横から男が割って入り、ポケットから冒険者証を出してオークスに見せた。

「そうでしたか。……ではお二人とも中へ」

 オークスは納得したように頷き、冒険者たちを家の中に招く。

「あれ、村長さんは?」

「先に休みました。帰ってくるまで起きていると息巻いていましたが、歳ですね」

 

 ふ、と苦笑するオークスの表情になにか親し気な空気を感じ取ったインニェイェルドは彼女の顔を見つめた。

「もしかして、オークスさんって村長さんの娘さん?」

「えっ……どうして分かったんですか」

「雰囲気と、匂い?」

「あはは、すごいですね。父とは全然顔がにていないのに、分かっちゃうものなんですね」

「楽しく雑談するのもいいが、仕事の成果を確認するためにこんな夜更けまで待機させてたんじゃないのか?」

 和やかな会話には露ほども興味がないらしい男が口を挟んだ。

「あ、そうだった。これこれ」

 背中の袋を下ろし、床にスティンガーの鎌を並べる。

「24匹倒してきたよ」

「お、多いですね。思ったより」

「実は倒してたら――むぐっ」

 経緯を話そうとした瞬間、男に口をふさがれた。

「そうなんだ。この数がまとまって村に向かって行くところを、この初心者が食い止めていたんだ」

 離せと意思を込めた視線で男を見上げたが、男はインニェイェルドのほうを一瞥もせず、虚偽の報告を始める。

「僕が通りかからなければあっさり負けて、村の子牛がみんな奪われるところだった」

「そんなに危機的な状況だったとは……、お二人ともありがとうございました」

「……ぷはっ」

 やっと開放され大きく息を吸い込む。

「お支払いは小銀貨2枚、大銅貨4枚でよろしいでしょうか? すべて大銅貨でお支払いすることも可能ですが……」

「あっ、小銀貨入りで大丈夫です」

「かしこまりました。ご用意するので少々お待ちください」

 オークスはそう言って、部屋を出て行った。

「……なんで嘘ついたの?」

 オークスの姿が見えなくなってから、インニェイェルドは小声で男に訊ねた。

「討伐数が増えすぎたのは、お前の無知が招いたことだからだ。そこを正直に話せば、本来狩らなくてよかった分を差し引かれるぞ」

「う……でも、それは本当のことだし、報酬が減ってもしょうがないんじゃ」

「命がけで戦ってるのに、足元を見られていいのか?」

 浮世離れしているように見えた男だが、意外と現実的な視点を持っているようだ。

「なんか騙したみたいで、後ろめたいなぁ」

「そんな風に考える必要はない。お前だけじゃなく、この村にだって落ち度はある」

「えっ、それって――」

 どういうことなのか聞こうとしたが、扉の向こうから足音が聞こえてきてインニェイェルドは言葉を飲み込んだ。

 オークスは銀銅貨を乗せたトレーをインニェイェルドに差し出す。

「お待たせいたしました。こちら、ご確認ください」

「いちに……うん、間違いないよ」

「ではこちらにサインを」

 報酬を自分の財布にしまい、不慣れなサインを書く。

 実際に手にすると、思った以上のコインの重みにドキドキと胸が高鳴った。

 安価な防具なら購入出来るだろう。王都に戻りちょっと贅沢な外食をするのもいいかもしれない。親に何か贈り物を買うには――少し足りないか。

「お部屋なんですけど、一部屋しか空きがなくて――」

「一緒でいいぞ」

「へっ!?」

 お金の使い道にあれこれ思いを巡らせているうちに勝手に話が進んでいた。

「いやいやいや、急に同室で寝泊まりってありえないでしょ!?」

「パーティーを組むんだから、普通にあり得る。むしろ別々にする理由はなんだ?」

「理由ってそれはぁ……そのぉ、見知らぬ男女が同じ部屋だなんて……ううん、それにまだパーティーを組むって決めたわけじゃ……!」

「はぁ。何を警戒してるのか分からないが、魔物知識はともかくお前の方が僕より強いだろ。僕になにかされたとて、簡単に返り討ちにできる」

「……毒とか盛らない?」

「そんなことしたら一撃ライセンス剥奪だからしない」

「寝込みを襲ったりとか」

「その用心深さを対スティンガー戦で発揮して欲しかったね」

「あのー、お話はまとまりましたか?」

 会話に置いて行かれたオークスが、眠い目を擦りながら答えを急かした。

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