第2話

「名前も知らないオメガとやっちまった上に、うなじを噛んだ⁉」


 王太子の執務室に、オズワルドの声が響き渡った。


「声が大きい、大きいからっ」


 慌てて制止する王太子を、オズワルドは横目で睨んだ。

 執務机の前に座ってはいるが一向に仕事を片付ける様子のない王太子にイラついたオズワルドが、理由を問い詰めた結果がソレだった。

 キラキラした金髪碧眼の美形王太子が執務机に突っ伏して沈み込む様は一見の価値がある。

 だからって、王太子という身分のある者が、勝手に種まき散らしていいわけじゃない。

 それに聞けば相手のオメガからの了解も取り付けていなかったようだ。

 

(そんなのレイプみたいなもんじゃないか)


 オズワルドはぞっとした。

 臣下となる身分ではあるが、ここは友人として怒るべき場面だろう。


「なにやってんですかっ。そんなの逃げられるに決まってるじゃないですかっ」

「あれは私の番だ。運命の番を手に入れて何が悪い」


 ぶすくれた美形は、やっぱり美形なうえに、不器用な可愛さが付け加えられて始末が悪い。


「ハイハイ、運命の番ね。それ言えば切り抜けられると思ってんですか? アンタはバカか⁉」

「……」


 流石の王太子も、ちょっとしょげた。

 悪いことをしたという自覚はあるようだ。


「運命の番なら、よけいに気を遣うべきでしょ? まずは口説けよ、このバカがっ!」

「……ハイ」


 縮こまる王太子を見てオズワルドはため息を吐いた。

 ここはどう処理していくべきか?

 話を聞くところでは、少なくとも貴族の令息のようだから、身分についてはあまり心配しなくていいようだ。


「相手は男オメガだったんですね?」

「ああ。付いてた」

「言い方ぁ~」


 オズワルドは王太子に突っ込みながら考える。


(男オメガか。どこの令息だろうか?)

 

 オズワルドは貴族の息子たちの姿を思い浮かべた。

 下位貴族であれば、上位貴族の養子にしてから迎え入れればよい。

 王配にしようと思うと難しいが、アルファとオメガのことだから側室にするのであれば難しくはない。

 問題はむしろ相手オメガがどう思っているかだろう。


「会うなりやっちまったわけですか?」


 アルファとオメガに関しては、特殊な事情があるから婚前交渉に関してうるさく言われることはない。

 だから、問題はそこではない。

 王太子だろうと、アルファであろうと、相手の同意がなきゃダメだ。


「アレは同意だ」

 

 オズワルドの心配をよそに、恋に浮かれる王太子はうっとりとした表情を浮かべて言う。


「匂いが……」

「匂い?」


 オメガの匂いのことだろうか。

 劣性アルファであるオズワルドには分からないものだ。

 どうしても態度がトゲトゲしくなってしまう。


(匂いがなんだっていうんだ。野獣か何かなのかアンタは)


 オズワルドは、そう言いたいのをグッとこらえた。

 キラキラした王太子は昨夜のことを思い返すようにしてつぶやく。


「オメガの匂いがして……爽やかなミントの香りに柑橘類の香りが混ざったような、良い香りだった。まるで青春の香り」

「アンタの場合は性春だな?」


 オズワルドの容赦のない突っ込みに、王太子はイラッとした表情を浮かべて彼をキッと睨んだ。


「たまらなかったんだっ! お前だって、あの香りを嗅いだら分かる」

「はんっ。あいにく、オレは劣性アルファなんでねっ」


(本当にコレだから、アルファってヤツは!)


 自らもアルファであることは棚に上げてオズワルドは思う。

 アルファの身勝手な振る舞いは、たひたび悪評と共に耳にした。

 運命といったって、相手の同意がとれないならレイプと同じだ。

 そもそも運命とやらが何人も現れたら、不誠実なことこの上ない。

 アルファは番を何人でも持てるが、オメガは1人に縛られる。

 

 アルファとは業の深い生き物なのだ。

 オズワルドは劣性アルファで良かったのかもしれない、と心の底から思った。


「香りでとんじゃったってことは、発情しちゃったってことですね。それだと孕んじゃった可能性もあるのでは?」

「ん……」


 王太子が分かりやすく落ち込んでいる。

 そもそも野獣アルファと被害者オメガの組み合わせであっても、それなりの手回しをしてから番うものだ。

 運命の番と呼ばれる相手に出会ったときは、発情を伴う。

 その状態で性交に及べば、孕む可能性は高い。

 仮に王太子の子を孕んだのだとすれば……。


 これは逃げてしまったオメガを探すしかないだろう。

 オズワルドは仕方なく聞いた。


「手がかりはあるんですか?」

「ん。これを落としていった」


 王太子は得意げに髪飾りを差し出した。


 オズワルドはそれを見て、頭をこん棒でぶん殴られたような衝撃を受けた。

 見覚えがあったからだ。


 もしやもしやと思うけれど。

 その可能性はあるけれど。

 彼は屋敷の奥に隠されていて、王太子と出会う可能性などないはずだ。


 冷静を保とうと必死になっているオズワルドに、王太子が気付く気配はない。


「激しく交わった朝、目覚めると枕元にコレが落ちていた。彼を探して欲しい。私の運命の番を」


 王太子はうっとりとした調子でこう言って、オズワルドに運命の番探しを託した。

 それがどんなに残酷なことかも知らずに。

 

「コレを……少々お借りしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。これは落とし物だから、彼が見つかったら返しておいてくれ。私が欲しいのは、彼だ」


 オズワルドは震える手で、見覚えのある髪飾りを受け取った。

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