第4話 失意の奏
「俺と別れてくれ」
賢治の言葉に、奏は目の前が暗くなる感覚を味わう。
(なに? 賢治は何を言ったの?)
「え?」
ショックのあまり、奏の口からは言葉が出てこない。
しかし、きちんと話を聞かないといけないと思い、聞き直す。
「け、賢治、なんて言ったの?」
「別れて欲しいんだ」
「ど、どうして……」
「……」
賢治は言いにくそうに口をつぐんだ。
しかし、奏だってこのまま、『はいそうですか』と、引き下がるわけにはいかない。
「なんでそんなこと言うの?」
聞きたくないが、聞かなくてはならない。
(苦しい…でも、ここで引けない)
息苦しさを感じながらも再度答えを促す。
「お願い、賢治。私だってこのままじゃ納得できないの。
なんでそんなことを言うか、教えて。」
「ああ、分かったよ……実は、好きな人ができたんだ」
「そんな……」
奏は直感で、引き留めることはできないと感じた。が、受け入れることを感情が拒否する。
(どうにかして、考え直してもらわないと)
「い、いやよ。だって、これからもずっと一緒にいるって言ってくれたじゃない。高校生の間に行きたいところも、二人で色々決めたじゃない。」
「もうこれからは、いつもは一緒にいられないし、行きたいところも全部は一緒にいけなくなる」
「私に悪いところがあれば言って欲しいの。
お弁当だってもっと美味しく作れるように頑張るし、私と一緒にいて賢治がもっと楽しくいられるようにするわ」
「奏、別れたと言っても俺たちが幼馴染っていうことは変わらないんだよ。
これからも、遊んだり出かけたりすることはできるんだ」
「でも、その好きな子と付き合うんでしょ」
「まあ、そうだけど」
「あ、そうだ。その子とうまく行かなかったらどうするの。
そうしたら賢治が彼女いなくて寂しい思いしちゃうじゃない。
そんな賢治、私はみていられないわ。」
(私、なんでこんなに必死なの? でも言わずにいられない)
奏は自分の未練がましさに呆れつつ、どうしても諦めきれずに賢治に縋り続ける。
「そうだ、賢治が告白してもうまく行かないかもしれないんだから、それまでは私が付き合ったままでもいいわよね。
もしうまく行かなかったらこのまま私と」
「ちょっと待て、奏!」
「な、何」
賢治は一度目を瞑り深呼吸をする。
奏はそんな賢治を固唾を飲んで見守る。
「もう、その子と付き合っているんだ」
「そ、そんな」
「だから、告白が失敗することはないし、失敗した時のために奏に恋人でいてもらう必要もないんだ」
実のところ、賢治は少し前から奏と二股をかけるという形で付き合っていた。
奏と付き合ったままでいることを相手に知られて、別れるように言われたから、別れを告げることにしたのだった。
奏の心は暗雲に包まれたように暗くなった。
「嘘だよね…」
「嘘じゃないよ。もう彼女はいるんだ」
「…私の知っている人?」
「……ああ、同じ1年の稲田瑠美」
「あの子なのね。よく一緒に出かけてたのは彼女?」
「ああ、最初はみんなで出かけてたんだけど、そのうち二人で出かけているうちに好きになったんだ」
(ああ……理解のある彼女を演じたせいで、こんなことになるなんて。もうダメなのかしら)
奏は過去の自分の行動に激しく後悔する。
悔しくて悲しくて、涙が滲んでくる。
(だめ、今泣いちゃだめ)
喉の奥が詰まるような感覚を感じながら、声を振り絞った。
「もう……私とは終わりなの?」
「ああ、これからは元の幼馴染に戻ってほしい」
「でも、元に戻るって辛いわ」
「大丈夫だよ。付き合っていた時よりも幼馴染で過ごした時間は長いだろ」
「そうね」
(賢治が都合よく私を繋ぎ止めようとしてるのはわかるけど、それでもそれに縋りつきたくなっちゃう……)
「じゃあ、そういうことで。これからは元の幼馴染としてよろしくな」
(元の幼馴染に戻るっていうのは、賢治にいいように扱われているみたいで悔しいけど、それでも拒否できないのがもっと悔しい)
「……もう行くの?」
「ああ、瑠美を待たせているからな」
(別れ話の後に他の女性と会わないでよ)
自己本位な考えの賢治に奏はより一層悲しさが増す。
「そうなのね」
「ここの支払いはさっき言ったように任せるよ」
なかなか最低なことを言ってしまう賢治にも戻ってきてくれる可能性に一縷の望みを賭けている奏は、涙を堪えて笑顔を返す。
「分かった。私はもう少しここにいるわ。体には気をつけてね」
「ああ、サンキュ。じゃあ、またな」
賢治は手を挙げて去っていく。
振り返ることのない背中を奏は見えなくなるまで見つめていた
奏は、それから15分ほど身じろぎもせず無表情で窓の外を見つめている。
しかし、内心はぐちゃぐちゃになっていて、今すぐに泣き喚きたい気分だった。
(だめ、ここでは泣けない。お店から出ないと)
おぼつかない足を引きずって、会計を済ませファミレスを後にした。
アテもなく街を歩く奏。
普段の颯爽と歩く奏を知っている人が見たら驚くくらい、足取りは重く歩幅も小さく、まるで老婆になったように歩いている。
(こんなにゆっくり歩けるものなのね)
どこか人ごとのように今の自分を見ている奏。
(私の何が悪かったのかしら……)
答えの出ない思考に嵌っていく。
(今頃賢治はあの子と……)
そう考え始めると限界だった。
「うっ、くっ……」
涙が流れ出し、一度流れ出すととめどなく溢れてくる。
もう周りを気にしている余裕もない。
「けんじー、なんでぇ」
どれくらい歩いただろうか。もう限界だった。
歩くこともできず、見慣れない繁華街から少し離れた駐車場の膝の高さのブロック塀に腰掛けて泣き始めた。
「うっ、うっ、うっ」
すると、すぐ近くから声をかけられた。
奏は、人の足音にも気づかない状態だった。
「あれぇー、どうしたのー、泣いちゃって」
軽薄そうな声に、あわてて涙を拭いて取り繕い顔をあげる。
そこにはチャラそうな大学生らしき3人の男性がいた。
「なんでもありません」
「ねぇ、ねぇ、彼氏と喧嘩でもしたの?」
「泣いちゃってかわいそー」
「あれ、君かわいいねぇ」
あわてて奏は立ちあがろうとすると、押し留められた。
「まあ、まあ、まあ、落ち着いて。俺たち君みたいな泣いてる子ほっとけないんだ」
「大丈夫ですから」
「よかったらさあ、俺たちと気分転換に遊ばない? きっと楽しいよ」
「いえ、その気は無いので」
「そんなこと言わないでさあ、いいじゃん少しくらい。楽しいからさ」
「いいです! もう帰ります」
早く離れようと、無理やり離れようとするが男性の囲みは抜けられない。
(どうしよう。なかなか通してくれない。なんでこんな時に)
「ほら、じゃあ行こうか」
大学生が奏の左手首を掴み引っ張る。
「やめてください」
奏は逃れようと相手を押すと、大袈裟に尻餅をついた。
「いったー」
「ああ、ひどい」
「なんてことすんの?」
「え、いや、私は」
3人組がいやらしくニヤニヤと笑う。
「君、暴力を振るうなんてひどいよね」
「いてーなー。ちょっと遊びに誘っただけなのに。怪我してたらどうしようかな。ねえ」
「これってさあ、どう責任とってくれるのかなぁ」
「そんなに強く押して無いです」
「って、言ってもさあ、こっちは転んでるんだよねえ」
「そうそう、どうしてくれるの?」
「じゃあさ、その制服は大嶺高校でしょ。暴力振るわれたって連絡しようか。
すぐに先生に来てもらおう。外部の人に暴力振るったんだから、停学くらいにはなると思うけど、仕方ないよね」
奏の顔が青くなった。
それを見て、3人組はますますニヤニヤする。
(どうしよう)
「ごめんなさい。どうか許してください」
「うーん、どうしよっかなあ。そうだ、それならさ、俺たちの遊びに付き合ってよ。それならいいよな」
「そうだな、それなら許せるかな」
「おっ、いいねえ。それでいいよね」
奏はますます焦って、なんとか行かないで済むように話す。
「それは家に帰らないといけないので、ちょっと無理です」
「そう言わずにさあ。こっちも遊びに付き合ってくれれば水に流すって言ってるんだよ」
「そうそう、付き合ってくれたら、暴力振るってきたこと忘れるよ」
「ちょっとだよ、ちょっと遊びに付き合うだけで、学校にも言わないんだよ」
奏は逃げられないと感じてきて、少し付き合うだけならいいかと思い始める。
「ちょっとだけですか?」
「ちょっとでいいよ。俺たち嘘つかないし」
「そうそう、楽しく遊んだらもう終わりだから」
「いいでしょ。ちょっとだけ遊ぼうよ」
奏はこの状況から逃れるために、ちょっとだけならいいかと考え始める。
普段の奏なら、間違いなく突っぱねていたが、賢治に振られたことで心が弱っていて、判断力が鈍っていた。
3人はニヤけ顔をより深くして見合わす。
「わか「おい、何やってるんだ!」」
奏が返事をしようとすると、それに被せるように別の方向から声が聞こえた。
一瞬、自分たちと関係のない人たちが喧嘩でもしているのかと思った。
「一人の女子高生相手によってたかって何やってるんだ!」
もう一度聞こえてきた。
全員がそちらを向くと、喪服を着たオールバックの顔立ちの整った少年が立っていた。
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