第3話 奏、失恋。

 5月ももうすぐ終わりという頃、奏はあるファミレスで賢治が来るのを待ちながら、物思いに耽っていた。


(賢治、話があるって言ってたけど、なんだろう。最近妙によそよそしい感じもしているし、あんまりいい予感しないな)


 最近は恋人の賢治とうまくいっているとは言えない状況だった。

一緒に帰ろうとすると、用事があると言い、休みの日も部活の休みの日も用事があったようで、ここ2週間は放課後に一緒に過ごしていない。


 奏と賢治の出会いは幼稚園の年中にまで遡る。

当時から活発だった奏は、幼稚園でもいつも子どもたちの中心にいた。

いつもと同じように遊具で遊んでいたら、砂場で遊んでいる子たちが騒がしい。

なんだろうと近づいてみると、脅しているような声が聞こえてきた。


「おまえ、なまいきなんだよ。ここで遊ぶな! あっちいけ」

 

 どうやら年長らしい体の大きな子が、その取り巻きらしき2人を連れて小さな子を取り囲んでいる。

体の大きな子が、少し小さな子に向かって怒鳴っていた。

体の小さな子は怖くて動けなくなっている。

奏は周りを見回すが、先生はいない。

(せんせいいないな。とめてあげないと、あのこかわいそう)

と、思っていたら、それが起こった。


「あっちいけっていってるんだよ!」


 大きな子は砂を投げつけた。

砂まみれになった小さな子は、びっくりして泣き出した。


「うわーん」

「こいつよえー。みんなでやっちゃえ」

「やっちゃおうぜ」


 3人が砂を手に持とうとしゃがんだところで、奏が飛び出して体の大きい子を思い切り突き倒した。

ちょうど砂を持って立ちあがろうとしていたところで、体勢が悪かったため大きい男の子は思い切り尻餅をついた。


「うわっ!」

「やめなさい!」


 奏も突き飛ばすつもりは最初はなかったのだが、また砂を投げようとしていたので、止めないといけない一心で動いたものだった。


「いってーな! なにすんだよ」

「砂を投げちゃいけないって先生が言ってたもん。それにいじめちゃダメなんだよ」

「うるせーな、そいつがシャベルつかってたのがいけねーんだよ」

「まてばいいじゃない」

「そんなによわいやつ、またなくていい」


 と、大きな子は小さな子に指をさした。

すると、小さな子はビクッと体を震わせている。


「よわいのなんか、かんけいないじゃない」

「うるさい。おまえもやってやるぞ」

「やってみなさいよ。よわいものいじめするこになんかまけないんだから」

「なにやってるの!」

 後少しで、奏と大きい子との喧嘩が始まってしまうところで、先生がやってきた。


 先生は当事者と周りの子の話を聞いて、大きい子を叱っていた。


 奏は、小さい子に向き直り、


「ねえ、すなだらけだからすいどうにいこっか」

「……うん」


 水道に行き手と顔を洗ったら、今まで黙っていた小さい子が口を開いた。


「……助けてくれてありがとう」

「気にしないで。また何かあったら助けるから」


 奏は満面の笑みでそう返すと、小さい子は奏に見惚れてしまった。


「? どうしたの?」

「!? なんでもない」

「そうだ! わたしのなまえはくりやまかなで。おなまえは」

「ぼくは、おおやまけんじ」

「なかよくしてね。けんじくん」

「うん」


 これ以降、奏と賢治は一緒に行動することが多くなった。

体も小さく引っ込み思案の賢治はいじめられることが多かったが、その都度奏に守られるということが小学校卒業する頃まで

続いた。


 中学生になって、体も大きくなり始めた。

バスケでも活躍できるようになってきた頃から、自信がつき始めいじめとも無縁になるようになった。


 そして、中学2年の時に賢治が奏に告白をした。ただ、この時は賢治のことを弟のように感じていた奏が賢治を振っている。

それでも諦めず繰り返し奏にアタックしていたら、中学3年の初め頃、奏が折れる形で交際を了承した。

当時は学年一の美少女と顔はある程度整っているが、それでも奏とでは見劣りしてしまう賢治とのカップル成立に学校中で騒がれた。


 付き合い初めの頃は、奏にとって弟のような賢治のことを、異性として好きという気持ちにはなれなかったが、奏なりに好きになろうと努力をした。

休みの日にはデートに行ったり、賢治の好きなことを自分も体験してみたり、毎日LINEを欠かさずにしたり、賢治の友人とも交流を持った。

できるだけ、賢治のことを考えてみる時間を作ったりもした。

そのおかげか、賢治のことに関しては、かなり詳しくなった。

手を繋いだり、腕を組んだりと積極的にスキンシップもするようになった。

キスはまだする気にならなかったが、ハグくらいまでならするようにした。


 そうした努力の甲斐あってか、中学3年の頃にはいつの間にか本当に賢治のことが好きになっている自分に気づいた。

一緒にいることが心地よく感じるし、ドキドキするようになってきたのだ。

それからは、恋は盲目というが賢治のためになんでもしてあげたいと思うようになった。

高校に上がってからは、お弁当を毎日作ってあげたり、モーニングコールも欠かさず毎日し、家まで迎えに行ったり、

勉強を教えたり、夜ご飯も作ってあげることもある。


 元々他の男子に興味もなかったが、疑われるのも嫌なので、男子との連絡先を交換することも全て断り、カラオケやボーリング、もちろん合コンなども軒並み断っている。

彼氏がいるのにも関わらず告白してくる人には、手痛く断ることもしばしばある。


(そんなに私が軽い女に見えるのかしら)


 奏は中学時代は女子バスケ部に所属していたが、二人とも部活に入っていると、すれ違ってしまうと言う理由で賢治から部活に入るのはやめるように頼まれた。

悩んだが、検事のため部活に所属するのは諦めた。

ちなみに賢治は中学に引き続いてバスケ部に入部した。


(我ながら、彼氏の都合中心になってしまうのはどうかとも思ったけど、色々やってあげたいこともあるしね)


 最近は、キスもしてみたいと思っていたが、想像するだけで恥ずかしくなってしまって、自分からすることはできそうになかった。

しかし、賢治がキスをしたがっているようなそぶりをしていたので、近いうちにすることになるだろう。

その時のことを考えるだけで、奏の顔は真っ赤になってしまう。


(恥ずかしい。私耐えられるかなぁ)


 ただ、高校に入学して以降、賢治には仲の良い同級生の女子ができた。

たまに二人で遊びに行っている様子なのだが、本音を言うと行ってほしくない。

でも、賢治に笑顔で「出かけてきてもいいよね」と言われると、文句を言えなかった。


(私たち付き合っているんだから大丈夫だよね。私は賢治のこと信じているし)


冷めてしまった紅茶を飲みながら、ほうっと息を吐く


(賢治まだかしら)


 ファミレスの時計を見ると、約束の時間から30分過ぎている。


 流石に遅いと思い、チャットアプリのWINEを立ち上げ連絡を取ろうとすると、ファミレスの扉が開いた。

 

(あ、賢治。良かった)


賢治は奏を見つけると手を挙げて近づいてきた。


「ごめんごめん、遅れちゃって」

「なんかあった? 大丈夫?」


奏が心配して尋ねると、


「いや、ちょっと話し込んじゃってさ」


 悪びれずにいう賢治。


(賢治から言ってきたのにな。でも、昔からそういうところもあるし仕方ないか)


「もう、しょうがないわね。何か頼む?」

「あー俺さあ、財布忘れちゃったんだよね」

「いいわ、奢る。何にする?」

「サンキュ。じゃあ、チーズケーキセットで紅茶」

「わかった。相変わらずチーズケーキ好きなのね」

「ああ、一番好きだな。」


奏がテーブル上の呼び出しボタンを押して、店員に注文を告げる


注文したケーキが届くと、食べながら今日のクラスであったことなどの雑談をする。


(賢治の様子はやっぱり少しおかしいわね。なかなか切り出せないみたいだし、こっちから聞こうかしら)


「それで、賢治。話ってなんなの?」

「ああ、そうだな。」







「俺と別れてくれ」








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