第二十一話 友達の在り方

「もう二時......か」


 スマホで時間を確認すれば、もう時刻は午後二時。

 

 友利はトイレの鏡の前で手を洗った後、髪を整える。

 鏡に映る自分はいつもよりずっと笑顔で普段見ることがない顔だった。


 楽しい時間の流れというのはどうしてこうも早いのだろう。

 しばらく水槽を見て回った後、アシカのショーを見に行った。

 

 水を泳いだりフラフープの穴に向かって飛んだりするアシカは可愛いかった。

 意外なことに天音がアシカに夢中になっていてアシカにハートを射抜かれていた。

 

 その後はご飯を食べたり、また水槽を見て回ったり、三人で写真を撮ったりして今に至る。

 

「ごめん、お待たせ」


 トイレから出ると瑞樹が近くの水槽の魚をじっくりと見ていた。

 友利の声に振り返った瑞樹にニコッと笑顔を振りまかれる。


「天音もさっきお手洗い行った」

「じゃあまだ魚でも見てようかな」


 友利もそうして近くの水槽を見ることにした。

 パッと目に入った水槽の元に行き、特に何も考えずに上から魚を見下ろす。

 

 友利の腰ぐらいの高さの蓋のない水槽だったので魚がよりリアルに見える。

 少し奥を見れば岩と植物で装飾されていて綺麗な水槽だ。


 (この魚、なんていう名前だったっけ......)


 そんなことを考えていると友利の右斜め後ろからシャッター音が聞こえた。

 反射的に見てみれば瑞樹がスマホをこちらに向けて立っていた。

 

 さらに振り向いた途端にもう一枚写真を撮られてしまう。


 瑞樹はスマホを持ちながらニヤニヤと見ていた。


「ふふ、皆原の写真二枚ゲット」

「なっ、恥ずかしいから消してくれるとありがたいんだけど」

「うーん、ちょっと無理かも」


 自分の写真を他人に取られるのは少々恥ずかしい。

 というより盗撮ではないのだろうか。


「そもそも僕の写真撮って需要ある?」

「あるある、だって皆原可愛いもん」

「可愛いって......男子だし結構傷つくんだけど」

「あれ、皆原って男子だったっけ」


 瑞樹からそんな言葉を浴びせられる。

 どうやら瑞樹に舐められているらしい。


 友利は写真を消そうと瑞樹の元に寄って、スマホを取ろうとする。

 しかし瑞樹はスマホをひょいと遠ざけて後退りした。


「嫌です、皆原にはこの写真を消させません」

「こっちも嫌です、消させます」


 それからはスマホの奪い合いが始まった。

 友利から瑞樹は逃げ、友利は瑞樹を追いかける。

 

 無論、水族館内でやることではないが周りに人はいなかったので良いだろう。


 しばらくして友利は瑞樹の隙をついてスマホを取った。


「ぬあっ、泥棒っ!」

「僕が泥棒なら早坂は盗撮犯だね」


 友利はスマホを開いて写真を消そうとする。

 ただ、スマホのロックがかかっていてホーム画面を開けることはなかった。

 

「早坂、パスワード教えて」

「嫌ですー、消されたくないもん」

「......じゃあ強制的に開けさせよっかな」

「み、皆原? ちょっと怖いんだけど......え、何を......ぷふっ、あはは、ちょっ」


 瑞樹は頑なにスマホを開けようとしないので開けさせることにした。

 友利は瑞樹の横腹を軽く摘み、そしてそのまま揉む。


 効く人には効く技なので瑞樹は笑いながら抵抗し始めた。

 もちろん瑞樹は逃げようとするが途中で柱にぶつかり逃げられなくなる。

 

 友利はそんな瑞樹に対して容赦なくこちょこちょを喰らわせた。


「あはは、ま、待って、わかった、わかったから。ぷはっ、あ、開けるから開けるから」


 瑞樹がようやくそう言ったので友利は手を離した。

 そしてスマホを渡して写真を消してもらった。


 終始、瑞樹は頬を膨らませてふてくされていた。


「まったく、女子の横腹触るとかセクハラでしょ」

「うっ......それはごめん。けど早坂って女子だっけ?」

「ひ、ひどくない!? 立派な女子ですー! 可愛く見せようと頑張ってますー!」

「じゃあ僕も男子です」

「皆原は......うん、男子とは思えない」


 瑞樹に割と本気のトーンでそう言われて友利は心にダメージを負う。

 否定したいが自分で否定できない。

 なので友利は話を変えることにした。


「......ていうか先にやったのどっちだっけ?」

「別に盗撮じゃないから。たまたま皆原が写真に映っただけだから」

「結局、それ盗撮だから」


 何を言おうと盗撮は盗撮である。

 

 しばらく瑞樹とそんなやり取りをしていると天音の姿が目に映った。

 いつからいたのか、ジト目でこちらを見ていたことに気づいた。


「如月さん......?」

「げふん、変なもの見せないで欲しいんだけど〜?」

「あ、天音? いつからいたの?」

「皆原くんが瑞樹を襲っているところあたりから」

「うっ、人聞きの悪い......」


 友利はそう言いかけたところで事実なので何も言えなかった。

 気まずい上に普通に恥ずかしい。


「瑞樹が先に盗撮してきました」

「なっ......皆原が私の体触ってきました」

「はいはい、早く行こ? まだ見に行ってないところあったでしょ?」


 天音に諭されてこの一件は終わった。

 なだめられる子供のようで羞恥が出てくる。

 しかし瑞樹とのやり取りは友利にとっては何だか新鮮で口角が下がらなかった。


 そうしてそのまま残ったエリアに行って、お土産を買って楽しく終わった。

 しかし帰り道のことだった。


「皆原、あのさ、今日はごめんね」


 天音とお別れをして、少しだが途中まで二人で帰っている時。

 友利は瑞樹に突然謝られた。

 

 今日と言っても身に覚えがないわけで全部楽しい思い出である。

 謝られるようなことはなかったはずだ。

 

「えっと、謝られるようなことしたっけ?」

「うん......その、盗撮したり、嫌がってるのに写真消さなかったり、女子っぽいって言ったり」

「あー、謝るようなことじゃないし気にしてないよ」

「ううん、天音に言われて気づいて......私そういうところあるから、調子乗ると人の気持ちとか考えなくなっちゃう。本当悪い癖、ごめん」


 瑞樹は申し訳なさそうにしながら下を向いている。

 何も謝るほどのことではない。

 いじったりいじられたり、より友達みたいなそういう関係になったんだなって思ったし、それが嬉しかった。


「大丈夫、気にしてないよ。ていうか僕の方こそ女子に向かって女っぽくないとか酷いこと言っちゃった。ごめん」

「皆原は謝らなくていいよ。それは全然気にしてないから」

「いや、よくよく思えばだいぶ失礼だなって......別に本当に思って言ったわけじゃないからね? その場の冗談っていうか......何より早坂は結構可愛いと思うし」

「別にいいんだよ? ていうか男っぽいって自覚あるし」


 瑞樹はそう言って「あはは」と笑った。

 しかし到底男っぽいとは思えない。

 

 友利から見てみれば瑞樹は十分可愛いし、何故モテないのかわからない。

 たしかに周りから見たら天音の方が可愛いのかもしれないが匹敵するくらい可愛いと思う。

  

「いやいや、早坂だいぶ可愛いよ? 笑ってる時の笑顔とかも可愛いし」

「え......あ、ありがとう......そ、そんなこと言うの皆原くらいかも」


 瑞樹の頬は心無しか少し赤くなっていた。

 そして暗い顔も晴れている様子だった。


「とりあえず仲直りってことで......喧嘩してたのかさえ分からないけど」

「ありがとう、これから気をつけるから」

「ううん、気をつけなくていいよ。僕は気にしないし、早坂とはラフな関係でいたいから」

「そっ......か、わかった。じゃあ月曜からもよろしくね、皆原」

「こちらこそよろしく」


 友利と瑞樹は二人で笑い合った。

 瑞樹との仲がまた一つ深まった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る