第六話 好きな人

「皆原、今日も一緒に食べよ」


 昼休み、四時間目が終わってすぐに瑞樹は友利の元に弁当を持って来た。

 もはやそうすることが日課になっていた。


 友利は昨日の放課後の一件を思い出して浩也の方をチラッと見る。

 すると、睨んでこちらを見ていたことに気づいた。

 

 瑞樹とこうして接していればまた恨みを買うかもしれない。

 いや、もうあいつのことなど放っておこう。


 友利は瑞樹から弁当を受け取って席に座った。

 瑞樹も前の席の人の椅子を友利の机に弁当を置く。


「ふふん、今日はハンバーグです」

「いつもありがとうございます......」

「趣味だからね。それにいつも美味しそうに食べてもらって作り甲斐があるよ」


 友利が弁当を開けるといつも通り美味しそうな料理が弁当に入っていた。

『いただきます』と二人で言ってその料理を口に運ぶもやはり美味しい。


「そういえばさ、浩也のやつ、今日酷くなかった? 友利、大丈夫?」

「ああ、うん、いつものことだから平気」

「それでも流石に酷いよ」


 瑞樹はそう言って口を尖らせる。


 昨日の一件があったからか浩也の友利に対するいじりは加速していた。

 強く反抗できないのをいいことに先生に当てられて教壇に行く時に転ばされたりギャグを強制されたり。

 たしかに少し酷かったような気もする。

 危機から逃れる悪運だけは強いので何とか乗り切ったが、読書中に水をかけられた時は流石にキレた。

 しかし浩也はのらりくらりとかわすだけ。


「でも何も知らないと皆原がただのドジっ子に見える」

「あはは、たしかに、クラスでそういう位置付けだしね」

「多分さ、あいつ天音のこと好きなんだよね」

「......浩也が?」


 友利は瑞樹から意外なことを聞いて目を丸くする。

 浩也に好きな人がいるとは到底考えられない。


「めっちゃ私たちに話しかけてきてさ。ほら、私、天音と仲良いじゃん? だから私にも話しかけてくるんだけど目線とかそういうので天音見てるんだなってわかるんだよね」

「なるほど、如月さんのことが好き......か」

「うん、だから天音含むみんなの目を引きたいんだよ......って私は思ってる」


 瑞樹の言う話は一理あるかもしれない。

 天音に近い瑞樹と仲良くなった友利にイラつくのもギリギリ理解ができる。

 

 二人はセットなのだ。

 だからそのうち天音とも仲良くなってしまうのではないかと危惧しているのだろうか。


「私はあいつ嫌いだから軽くあしらってて、天音も本当は苦手してる。それなのに構ってもらおうとするなんて哀れの他ないよね」


 瑞樹はそう言ってクスリと笑った。


 やはり昔から浩也は変わっていなかった。

 あの一件以降、何も変わっていない。

 もちろん、友利も変わっていない。

 だから昔の幻想を追い求めるのはやめた方がいいかもしれない。


 昔は浩也と仲が良かった。

 幼馴染だし、浩也のことはよくわかってる。

 だからこそまた仲直りして浩也と仲良くしたかった。

 交流を自ら望まない友利が幼馴染だからか浩也とだけは心の底では仲良くしたいと思っていた。

 

 そう思うのも昔に取り憑かれているからだろう。

 もう高校生、そろそろ変わらなければ。


「ちなみに早坂は好きな人いるの?」


 友利は疑問に思ったので聞いてみた。

 男女関係なく友達の距離で接しているので好きな人がいるのか気になったのだ。

 

「え、何? 私のこと好きなの?」

「......そんなんじゃない」

「わかってるわかってる。別に私は好きな人いないよ」


 瑞樹はそう言ってケロッと笑った。

 

 やはり好きな人はいないようだ。

 しかし恋愛経験の方はどうなのだろうか。

 ボーイッシュでクール系と周りに言われているが友利にとっては普通に可愛い部類にも入る。

 彼氏ぐらいいてもおかしくはない。


「恋愛経験はあるの? 彼氏とか」

「そんなに私の恋愛事情気になる? じゃあ当ててみ、彼氏何人いたか」

「えー、二人以上はいたんじゃない? 早坂、可愛いし」

「なっ......か、可愛いって......初めて言われたわ。ありがと」


 瑞樹はそう言って友利から目を逸らす。

 

 急な乙女の一面に普段とのギャップで不覚にも友利はドキッとしてしまった。

 そしてさらっと自分が言ったことが羞恥となって押し寄せて来たので咳払いで誤魔化した。


「で、あってる?」

「残念、惜しくもない。ゼロ」

「ゼロ? 全くないじゃん」

「別に欲しくないからね。そういう皆原は?」

「同じくゼロ。理由は同じく」

「あはは、できないからの間違いでしょ」

「......おいおい」


 友利がジト目で瑞樹を見るも、瑞樹は笑っていた。

 

 とはいえできないからというのもあながち間違いではない。


「じゃあ皆原はデートとか行ったことある?」

「ううん、今まで一回も行ったことない。まずそういう女友達いなかったし」

「かわいそう」

「憐れまれても困る」

「じゃあさ、私とデートしない? 今週の土曜日」


 友利は瑞樹にそう言われて動きを止めた。


 瑞樹にデートに誘われたという事実があまり現実的でなく、受け入れられなかったからだ。


「え、僕と?」

「うん、皆原と二人で」

「......僕でいいの?」

「もしかして何か用事ある?」

「別にないけど......」

「じゃあ決まりね。時間はまた決めよ」

「ちなみに行き先は?」

「ん、特に決まってないよ? 二人で決めればいいんじゃない? どっか行きたいところあるなら言って」


 瑞樹は軽い口調でそう言う。

 しかし友利としては「デートの相手が自分でいいのか」という思いでいっぱいだった。

 

 デートと言っても遊ぶだけだが友利はインドアだ。

 誘ってくれることは嬉しいし、楽しみだが、一緒にいて瑞樹は楽しい思いができるだろうか?


「僕、インドアだし、いいの? つまんないかもよ?」

「友達と遊びに行ってつまんないとかある?」

「......そういうものなのかな」

「うん、そういうもん」


 瑞樹にさらっと友達と言われて友利は嬉しくなる。

 そして自然と笑みが溢れていた。

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