第30話 欲求
今日も日中は夏日となるなか、一翔は午後もイラストの参考書を読み進めながらペンを動かしていた。
流し聞きしているプロ野球中継ではポストシーズンの勝ち上がりを掛けた
マッチングアプリ『
そんな
まるで最初からそこが彼女の定位置であるかのような振る舞いであったが、特段話しかけられなかった一翔は視線を気にすることなく机に向かっていた。だが1つだけ違和感があるとすれば、気にしていないはずなのに彼女の姿が見え続けていることであった。
その日の夕飯は、ハンバーグを作っていた。刻んだ
そうして弱火でじっくり蒸し焼きにしていると、カウンターキッチンに寄りかかりながら観察していた『天使』が話を振ってきた。
「君は料理を趣味に挙げてたけど、レシピを書いたりしないの? ネットとかでよく見かけるみたいにさ」
またしても余命宣告を回避するための提案を投げ掛けて来たのかと、一翔は一瞬身構えた。だがそこに今までのような反射的な抵抗感はなく、
「どうだかな。慣れて来ると調味料なんかも
「でも君は
「それはそうだけどさ…まぁ、気が向いたら考えてみるよ」
そうして焼き上がったハンバーグのうち小さい
『天使』は欲しがるような素振りは見せず、食べ始めた一翔の
だがいくら彼女が食事を必要としないとはいえ、一翔は彼女を差し置いて黙々と箸を進めることに
——なんで今日はこんなに『天使』が見えているんだ? 別に何も気を掛けているわけじゃないはずなのに…。
以前『天使』は
更に振り返れば、こうして終日アパートで過ごすのも彼女が見えるようになった初日以来であり、少なからず積もった関係値がこの閉鎖的な一室における生活を変容させていることが考えられた。
——これじゃあまるで、
その不用意な発想は、明らかな失態であった。食器をキッチンに戻しながら内心
改めて見る彼女の
「どうしたの?」
『天使』は一翔の視線に気付いたのか、足音が止まったことを気にしたのか座ったまま振り向いた。
「いや、その…あんたの翼って、突然生えたり消えたりしてるけど…どういう理屈なのかなぁと思って」
その疑問自体は以前から
他方の『天使』は特段
「本当は広げている方が、
『天使』はそう言って立ち上がると、翼を再び収納しながら一翔の方へ歩み寄った。そうしなければ
「君がどこか広い所に連れて行ってくれたら、ちゃんと羽を伸ばせるんだけど」
そして一翔に対して、
これ以上は目に毒でしかないのだが、彼女は自覚して迫って来ている気がしてならなかった。
「じゃ、じゃあその
「ああ、これ? 何だろうね。触ってみる?」
「いやいいよ!? なんで今日はそんなに食い気味なんだよ!?」
だが『天使』は
彼女は本物の人間ではないと頭で理解していても、だからこそ行き過ぎた関係に
「君の方こそ、私の身体に興味があるんじゃないの?」
その衝動を察してか、『天使』は両手を広げながら尋ね返してきた。悪意があるのか
「やめろよ! 欲求不満みたいに言うのは…!」
「でも君、ずっと我慢してるんじゃない? 私が見えるようになってから、してないみたいだし…」
「だから! おまえをそんな目で見るわけにはいかねぇから! そんな手助けなんていらねぇから!!」
否定も
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