第19話 死に方について


 祖父母が礼拝を捧げていた三日原みっかばら教会は、日本全国規模のプロテスタント教団に属す中で100年近い歴史を持っていた。

 その半分以上の年月にわたり会員として携わってきた祖父の葬儀は、元よりその教会でり行われることが決まっていた。


 袴田はかまだ家を訪ねた黒装束の中年は佐伯さえきという名の牧師であり、昨日病室でり行った聖餐式せいさんしきに続けて枕頭ちんとうの祈りを捧げた。

 母も伯父おじ夫妻もクリスチャンではなかったがその姿勢にならっており、一翔もまた幼少期以来の見様見真似みようみまねで両手を組み、目をつむって祈りの言葉に耳を傾けた。



 その後は葬儀社とおぼしき人物も訪れ、祖母と伯父おじと母、そして佐伯牧師を交えて葬儀全体の打ち合わせが進められた。

 一翔はと言えば、来客対応を担う義伯母ぎおばに代わって近隣のスーパーへ昼食の買い出しに派遣されていた。


 牧師らの分も含めておにぎりや助六すけろく弁当などを適当に購入し、戻る頃には義伯母ぎおばが台所でお吸い物を用意していた。車を出せる若者がいて助かったなどと、乾いた微笑を向けられた。



 午後になると葬儀の詳細が決まり、納棺式のうかんしき・前夜式・出棺式しゅっかんしきといった予定が一翔にも共有された。

 世間一般で言う通夜や告別式といった表現とは違うためにいささか呑み込みづらかったが、一先ひとま伊熊いぐま部長に聞いた通りの段取りを報告した。


 少しずつ祖父の家系など血縁の離れた親族も訪ねてくるようになり、母も伯父おじ挨拶あいさつやら様々な手続きやらで慌ただしくなったため、一翔は2階の空き部屋に一時避難するようにして電話を掛けていた。

 恐らく母か伯父おじが昔使っていた部屋だと思われたが、整然としていて少しほこりっぽかった。



——明日が納棺式のうかんしきと前夜式、明後日が出棺式しゅっかんしき…週末も合わせたら実質6連休になったのか。



 通話を終えた一翔は、ぼんやりとカレンダーを思い浮かべながら窓の外をながめた。空はだ一面雲におおわれており、なんとも味気の無い景色であった。



——突然これだけ仕事を休んでも、大した皺寄しわよせを掛けることもない……まぁ、身内の葬儀に文句を付けられる方が理不尽なんだろうけど。



 それでも東京で働く父と妹は明日の納棺式のうかんしきまでに来られるよう、今頃は仕事量を調整しているのだと想像すると、こうして時間を持て余している自分がわびしかった。

 階下でせわしくする母らも一翔には手際良てぎわよく段取りを進めているように見えて、かえって邪魔であるとさえ思わされた。



——多分、みんな少しずつ準備していたんだろうな…祖父じいちゃんの死に対して。


——勿論もちろん誰もが割り切れるわけではないし、ショックの引きり具合もそれぞれなんだろうけど…高齢で末期がんわずらっていたと元より知っていれば、っすらと覚悟が出来できていたとも言えるんだろう。



 一翔は窓辺にもたれかかりながら、暗転したスマホの画面に反射する悄然しょうぜんとした自分の顔を見つめた。



——もし俺が来月、本当に死ぬことになったとしたら……きっと同じようにはならない。




 すると視界の隅でちらりと動く何かが見え、一翔は顔を上げた。


 『天使』が両手を後方で組みながら、棚に飾られた昔の写真を順にながめていた。ほとんき出しの背中からは腕の長さ程度の翼が生えており、薄暗い室内でほのかに青白く光っていた。


 唐突とうとつに『天使』が見えても一翔はもうあまり驚かなくなってきており、むしろ自分が部屋から動かないことでやや退屈している雰囲気さえ感じ取れるようになっていた。

 後者に関しては不本意な傾向であったが、その退屈に付き合わせるように彼女へ尋ねたい話題が生じていた。



「なぁ、1つ気になったことがあるんだが…俺がもし余命宣告の通りに死を迎えるとして、一体どういう風に死ぬことになるんだ」



 はたから見ればひとごとになる一翔の問いかけに『天使』はぐに振り向いたが、その内容を聞くと窓の外に広がる天気のように表情をっすら曇らせた。



「君には死に方よりも、生き方について考えて欲しいんだけどね」



「だからもしもの話だって言ってるだろ。俺は祖父じいちゃんのように徐々に衰えていって…例えば病にむしばまれるとかで、30日後に事切れるわけじゃないんだろう。それならタイムリミットを迎えると同時に心臓が止められる…急性心筋梗塞こうそくみたいな症状におちいるってことなのか」



 宣告された死についてつまびらかにするよう求められた『天使』は、明らかに気が進まない様子だった。だが閉口へいこうすることなく、静かに言い聞かせた。



「君がタイムリミットまですこやかに生きられることは間違いないよ。でも、死因までは決まってない…というか、私は知り得ないし予見も出来できない。ただ1つ言えるとしたら…君が死ぬことで遺族が誰かをうらむとか、そういうことにはならないと思う」



「そういうことって…何か事件や事故に巻き込まれて命を落とすようなことはないって意味か」



「さぁね。必ずしもそうとは言い切れないかな。仮に君がアパートの自室に身を隠していたとしても、他所よその火災が延焼して出火元の住人諸共もろとも死んでしまうことだってあり得るかもしれない」



「…そんな極端で理不尽なケースがあるのか? 命を奪う対象は俺だけのはずなのに、まったく無関係の他人が巻き添えになるなんてことが…」



「昨日も言ったけど、神様に『理不尽』は通用しないからね。まぁ、そういうケースでも君が諸悪の根源だと問い詰められることはないだろうけど」



 『天使』の口振りは、どこかとげがあって突き放すような物言いであった。自分の死よりも見知らぬ他人の二次被害をうれいていることが不服なのだろうと、一翔は推しはかっていた。


 それでも一翔は、もしもの悪い展開について思案を止めることが出来できなかった。



「でも仮に火災ではなく心筋梗塞こうそくひとり倒れたとしたら、借上げ社宅なんだから当然会社に迷惑はかけるよな。家主に対しても…最悪事故物件扱いになるかもしれないし…」



「死に方がどうであれ、君には迷惑をかける人が必ず出て来るよ。そして相応の重さの悲しみが生まれる。それらをどうすれば軽く出来できるのか…それを君は昨日今日で知ったんじゃないのかな」



 そう言って『天使』は、毒にも薬にもならない問答を締めくくった。最初から結論は出ていたも同然であり、一翔は彼女との会話が文字通りの暇潰しにしかなり得なかったことを察した。



 都内で生活していた頃は、屡々しばしば駅のホームから走行電車に身投げし、鉄道会社に加えて計り知れぬほどの無関係な乗客に迷惑を及ぼすニュースを見聞きしたものであった。

 一翔もまた、他人の迷惑にならないよう死に場所を選んで欲しいものだとあきれていたが、今ならその自殺志願者の心境が少しわかるような気がした。


 もっとも、一翔自身は死に際して一瞬たりとも不特定多数の他人に迷惑をきたしたくなかったし、そのような思考を『天使』にのぞかれることも流石さすが不味まずいように思えた。

 宣告された死に対して、これ以上リスクヘッジとき違えた憂鬱ゆううつひたることには何の意義もないと、みずからを納得させなければならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る