第12話 看板娘
その日の午後は、結局現場や取引先からの問い合わせが電話で数本掛かってきたのみであった。
一翔はいつどこで使うかも
『天使』は相変わらず社長の机の上で置き物のように退屈そうに居座っていたが、あれから特に何を話し掛けてくることはなかった。
そして一翔は時計の針が17時半を指すと同時に事務所を閉め、タイムカードを打刻して早々に退勤した。
だが月曜と金曜の帰路は食材の買い出しを済ますルーティンとなっており、アパート近くの大型スーパーに自家用車を停めた。
夏から秋への変わり目の季節はあまり買い得な野菜が少なく、
浜松では
そうして購入を済ませて持参したエコバッグに商品を詰め、自家用車の助手席に
そのスーパーから大通り沿いに歩いて程ない距離にあるパン屋『
11時から20時まで営業しており、18時を過ぎると売れ残りの商品が割引になるという小さなパン屋の存在は、1年程前に
一翔は淡泊で
特別病みつきになっているわけではないが、単純にベーカリー独特の
食材の買い出しのため必然的に来店が18時過ぎとなる一翔は、ここで夕食のデザートと翌日の朝食分で計3種のパンを選ぶのだが、毎度5分近くは悩んで
だが最近は18時台でも
「お買い上げ3点で、560円になります」
「…あれ、割引になってなくないですか?」
「え? …ああ、もう6時か! し、失礼しました…少々お待ちください!」
一翔にぽつりと指摘された女性店員は
彼女は一翔が初めて来店したときから接客しており決して新人ではなく、レジの計算も単に合計額から一括で割引処理をすれば済むと思われるのだが、どうにも彼女はケアレスミスに
だがゴルフ場の現場でサービス業を経験した一翔にはそうして慌てふためく気持ちはよく
「あはは、別に構いませんよ。ゆっくりやってください」
「いえいえ、毎週お越し頂いているのに…お客さんに甘えるわけにはいきません」
「毎週って言っても、割引の時間帯にしか来ない
「とんでもないです。売れ残りを買って下さることはとてもありがたいですし…」
そうして会話をしながら女性店員が
「お客さんは売れ残った商品でもじっくり見て選んで下さるので、嬉しい限りです。…
その
確かにスーパーでも目当ての商品に割引シールが貼られるのを待機して、他者の購入を妨害するような悪質な客が出没するケースをネット上の記事で見かけたことがあった。
似たような客がこのパン屋でも迷惑を働いているかと思うと、彼女の心境を察して案じずにはいられなかった。
だが、かといって自分が何か
「それは……大変ですね」
「はい、季節限定商品を並べてるときは特に…。でも本当に悪質な方は店長さんがしっかり閉め出してくれますし、お客さんは地元の方が大半なので…」
すると玄関扉に付いた鈴が鳴り、別の客人が来店した。
女性店員が
「あ、じゃあ僕はこれで…」
「はい、ありがとうございました! またお越しください!」
結局そのまま会話は終わり、女性店員は
だが一翔は
この日の夕飯は、安売りしていた国産牛の切り落とし肉を野菜と共に赤ワインで煮込み、粉チーズを
必ずしも
今度は忘れず弁当容器に牛丼の一部を詰め込み、夕食分を居間のローテーブルに並べて箸を手に取った。
「美味しそうだね」
そのとき、
一翔はどうにも自分が簡単に
彼女が牛丼とデニッシュのどちらに言及しているのか
「何だよ、用があるなら手短に済ませてくれよ」
「君、いつも寄っているパン屋さんにいる女性のこと…意識しているんでしょう」
だがその何気ない質問を至近距離で耳にした一翔は、呑み込んだばかりの食事を盛大に
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