第10話 そのまま直帰になるから
一翔は大学4年生の夏、毎年お盆の時期に家族で訪ねていた浜松市にある母方の実家に同伴しなかった。
就職活動が難航しているからという理由だったが、それを母から聞いた祖父の
当時のオサカベコーポレーションは新卒採用に積極的ではなかったが、
そして
他に受験したい企業があれば就職活動を続けても構わないという配慮まで下されたものの、結局何に引っ掛かるわけでもなく消去法的に入社承諾の手続きを進めた。
祖父には一言電話で礼を伝えたのみで、実際に顔を合わせたのは浜松市で単身生活を始めてからであり、以降も市内の案内や自家用車購入の仲介など様々な援助をしてもらっていた。
だがそんな祖父も現在は
一翔は都内で暮らす家族よりもずっと祖父に近い場所に住んでいながら、コロナ
「社長、こちら営業報告になります。」
一翔はメールボックスに届いていたゴルフ場6社の営業報告を取り
パソコンの使えない匂坂社長にはメールで連絡のしようもないので、各社から届く営業日報も一式印刷し
とはいえ売上予測や過去実績対比等の集計は
「伊熊君、俺はこれから代表のとこ顔出してから浜名レンジ行ってくるけど、代表には三島富士の件、追加で資料を
浜名レンジとはオサカベコーポレーションが浜名湖の近隣に保有するショートコース付きのゴルフ練習場であり、匂坂社長はその施設のオーナーを兼任していた。
そして三島富士とは新規の買収案件として先月よりブローカーから提示されていた静岡県東部にあるゴルフ場の名称であったが、伊熊部長は
「いや社長、その案件は先週のうちに断ったじゃないですか。設備投資と預託金償還の両立が困難だし、借地の権利問題も動向が不透明だし、あと富士山も大して見える立地じゃないからってこと代表と話し合ったじゃないですか。」
「そうだったっけか? 先月視察行ったときちゃんと見えてただら。」
「確かに見ましたけど、進行方向とは逆向きだったでしょう。それじゃあなってことで代表も難色示してたじゃないですか。」
その後
義兄である匂坂社長はその希望に
「やっぱり匂坂社長はもう厳しそうだよなぁ、先週話したこと全然
これまでも
ゴルフ場の買収案件に関しては伊熊部長が最も深く情報を把握しているが、代表への窓口は定期的に匂坂社長が
それでも立場や
一翔はこれを
すると不意に事務所に内線が掛かり、一翔は受話器を取った。発信元は階下にあるオサカベコーポレーションの総務課であり、年配の女性事務員からやや
「ちょっと手違いでお昼のお弁当1食多く頼んじゃったもんでさ、そっちで誰か食べる人いない? お代はこっち持ちでいいから。」
「お弁当ですか?……あ。」
匂坂社長も伊熊部長も昼は基本的に外食であり、一翔も普段は前日の夕食の残りを弁当に詰めて持参していた。
だが昨夜は飲み会だったため作り置きがなく、『天使』の出現も相まってすっかり失念していた。
仕方なく余分な給食弁当の受け取りに応じて内線を切ると、その応対を珍しがった伊熊部長が
「どうした? 昼飯忘れたんか?」
「ああ、昨日の夜友達と飲み会があったんで…以前部長達と行った店なんですけど。」
「あそこ行ったのか。
「いや、夜8時には解散ですよ。友達は静岡とか名古屋から来てたんで。」
「なんだ、最近の若者は
伊熊部長の言う『遊び』の意味を適切に受け取りながら、一翔はまた
「…それじゃ俺もそろそろ出るから。昼飯食いながら豊橋の現場行って業者と打ち合わせして…そのまま直帰になるから、後は頼んだで。」
そうして伊熊部長もまた
時計の針は
昨夜の飲み会が
——やることをやってればそれで評価されるし、給料も少ないわけじゃない。でも求められることが最低限過ぎて、タカやシュンと比べたらキャリアと呼べるものが
——それにも
「退屈そうだね。」
一翔が
その方をちらりと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます