第7話 唐揚げの摘まみ食い


「それにしてもこの揚げ茄子なす美味うまいなー。カズトはここの店よく来るのか?」



 満悦まんえつそうに口元を動かすタカが不意に話題を切り替えて来たので、ぼんやりしていた一翔は若干じゃっかん虚を突かれたように応じていた。



「え? ああいや、大分だいぶ前に1回だけ上司に連れられて来たことがあるだけだよ。普段はみんなも俺も車通勤だし、浜松駅の方に出て来ること自体まれだから」



「へぇー、じゃああまり飲み会とかやらないんだ?」



「そうだな…浜松では年末か年始にやるくらいなのかな。まぁ泊りがけの出張があるときにはやってるけど、それも1年に数えるほどだし」



「そういうもんなのか。あれ、カズトってどういう仕事してたんだっけ」



 タカが間髪かんぱつを入れずに話題を振り続けるかたわら、シュンも出汁巻だしまき卵をつつきながら聞き入っていたので、一翔は渋々しぶしぶ口を開かざるを得なかった。



「あー、勤めてるのはゴルフ場のホールディング会社でさ、傘下さんかのゴルフ場の予算とか売上を管理したり雑多なことを色々と…あとは自社の経理もやってるし、新規の買収案件があれば視察に行ったりとか…一応不動産事業って奴だよ」



 みずからの仕事内容を打ち明けたことは初めてではなかったが、思いつくままに並べ立てたことでかえってつかみどころのない返答になっていた。

 そうして虚栄きょえいを張らないことには2人のキャリアには対抗出来できないと、漠然とした焦燥しょうそうが一翔の内心ににじんでいた。



「ああ、そういえばゴルフ場だとか言ってたっけな。色々とって…何だか忙しそうだな」



「いや、そうでもねぇよ。何もない日はマジで何もなくて、8時間潰すのが苦痛だったりすることもあるしなぁ」



「えーそうなの? でもホワイトなだけまだマシじゃね?」



 一翔は苦笑を浮かべながら、案のじょう仕事内容をいまいち呑み込めていないタカに対して自虐的に答えていた。

 すると、いつの間にかタッチパネルでひとり追加注文を済ませていたシュンが会話に加わってきた。



「いや、俺もホワイト過ぎるのは無理だな。名古屋移ってしばらくリモートワークだったときとか、退屈で仕方がなかったわ」



「うわ出たよリモート否定派。てかシュンおまえ、そう言っておきながら随分ずいぶんとスタストやり込んで仕上げて来てたじゃねぇか」



「退屈だから遊んでたみたいに言うなよ。ちゃんと規定時間仕事したうえで、外出出来できず持て余した時間と金が一時的に投入されただけだ。大体タカだってこの前の限定キャラをさぁ……」




 愚痴ぐち混じりだった仕事の話題が流行はやりのソシャゲへと流れ、タカとシュンの応酬おうしゅうが次第に白熱していった。

 スターダスト・ストラテジー、通称スタストというプレイヤー同士の対戦に力を入れたゲームなのだが、ソシャゲを一切遊んでいない一翔はその話題に加わる余地がなかった。


 腐れ縁の3人といえども、そのうちの2人にしか共通項がない話題というものは往々にして生じるものである。

 一翔は気の進まない仕事の話が断ち切られて少し安堵あんどした反面、ジョッキを少しずつ傾けながらその場に居る振りをし続けることに気怠けだるさをいだき始めていた。



——べつにこういうのは珍しいことじゃない。疎外そがい感にはむしろ慣れている。また入れそうな話題に切り替わるまで、適当に相槌あいづちでも打っていればいいだけだ。



 2人との間に透明な壁が映ったような気がした一翔は、若干じゃっかんのほろ酔いを覚えながら、正面でほとんど誰も手を付けず放置されていた鶏唐揚げの盛り合わせに箸を差し伸ばした。


 だがまもうとしたはずの唐揚げは、不自然に奥の方へと引っこ抜かれた。



 咄嗟とっさに嫌な予感がした一翔がその先を視線で追うと、唐揚げは目の前の座席に座っていた『天使』の口元へと運ばれていった。

 


——こいつ、いつの間に…!?


——いや、またしても今の今まで俺が認識出来できていなかっただけなのか!?



 『天使』はタカと隣り合っていたが、当の本人はまったく気付く様子はなかった。


 それよりも一翔は、彼女が手掴てづかみで唐揚げをさらっては黙々とかじり付いていることに驚愕きょうがくしていた。

 よく見れば6個ほどあったはずの唐揚げはもう1個しか残されておらず、大半を『天使』が横取りしていた。


 とはいえ追及しようにも声を発するわけにもいかず、一翔はとがめるような視線で自重じちょうを訴えかけるしかなかった。

 だが『天使』は一翔に向かってまたたきを繰り返すのみで、何食わぬ顔で咀嚼そしゃくを続けていた。



——いや、外で話しかけて来るなよって言ったのは俺の方だけどさ…まさか料理を食べあさるとは思わなかった。今まで自分の食事が不自然に減ったことなんてなかったし…。


——てか何で勝手に食べてんだよ!? 幻覚みたいなこいつが食べた唐揚げは、一体どう消化されるんだよ!?




「あれ、カズトおまえいつの間に唐揚げ食べ尽くしてんだよ?」



 すると異変に気付いたタカが、半笑いを浮かべながら小突こづくように一翔に言い寄って来た。それでも隣に座っているはずの張本人には、依然として気付く気配もなかった。



「いや、別に俺が全部食べたわけじゃ……」



「何言ってんだよ、おまえ以外に食べる奴なんていねぇだろ」



 タカにもっともな突っ込みを返された一翔は、しどろもどろになって返答に詰まった。

 唐揚げを食べ尽くしていないことは腹の具合からしても確かなのだが、何を証明することも出来できず客観的な真実が確定していた。



「悪い、もう1回同じやつ頼むからさ」



「いや、いいよ。別のやつ頼んだから俺はそれで終わりでいいわ」



 奇妙な雰囲気をシュンがフォローすると同時に、店員が新たな料理を運んできた。


 だがその店員も、一翔には認識出来できていないはずの『天使』をけるようにして配膳はいぜんをしているように見えていた。


 『天使』はだ少し動かしている口元を右手でおおいながら、テーブルに置かれる新たな料理を目で追っていた。さながら4人で料理を囲んでいるようであった。



「おおー、これがうわさに聞く遠州焼えんしゅうやきか。普通のお好み焼きと何が違うんだっけ?」



 一方のタカも唐揚げのことはして気に留めなかったのか、出来立できたての一品に箸を伸ばしながら一翔に問いかけていた。



「あ…えっと、沢庵たくあんとかが入ってる…らしい」



 一翔はぽつりと答えながらも、その遠州焼えんしゅうやきも確かに狙っているであろう『天使』の眼差まなざしが気になって仕方がなかった。

 だがその動揺を隠せていなかったのか、隣からシュンがにやつきながら肩を叩いてきた。



「何か知らねぇけど気にすんなよ。俺らが新幹線で往復する以上、飯代めしだいは全部おまえのおごりなんだからよ」

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