第34話 おそるおそる
(今、私は……何を目にしているの……?)
膝上には、可愛い子犬が座っていて――横には地面に無造作に座る……冷酷王と呼ばれる美しい夫が「頭を撫でろ」と要求しながら、堂々と座っている。
私は信じられない光景を目にし――思わず、パチパチと何度か瞬きをし……。
一度、子犬から手を放して――両手で、自分の両頬を思いっきりつねった。
(――痛い! 夢じゃない!)
ありえなさすぎる……自分の夫の行動に、思わずいつもよりも力を強めにして、確認をしてしまった。
(本当に……本当に、撫でろってこと?)
ユクーシル国の……しかも、誰よりも権力が強く、権力のありかたを気にしていた人物が……そんなまさか……。
私の頭の中では、頭を触った瞬間に不敬罪だと断じられて処刑される未来がよぎる。
そんな嫌なイメージもあって、触ることにためらっていれば……。
「……まだか?」
「えっ、あ……本当に、その本当に撫でてよろしいのです、か……?」
どうか聞き間違いであってくれと願ったものの、その願いは空しく。
「撫でろ」
「アッ……ハイ……」
しっかりと聞こえた、彼からの言葉に――しかも、先ほどよりも不機嫌そうな彼の声に……もう戸惑っている場合ではなかった。
(ジェイドが言ったのだから、これは不敬罪ではない、不敬罪ではない……)
そう呪文のように、心の中で唱えながら――私はおそるおそる彼の頭へと手を伸ばす。
私が手を伸ばしても、ジェイドは嫌がらず……頭を差し出したままだ。
(も、もう……あとは勢いでどうにか……っ)
国の王の頭に触れるなんて、大それたことをするには――精一杯の勇気が必要だった。
えいやっと、手を下降させて――もうどうにでもなれ……といった気持ちで、彼の頭に手をポンと置くと。
(な、滑らかだわ……! イケメンは髪のキューティクルでさえ、イケメンっていうこと……!?)
そう、私が心の中で意味不明な感想を持つほどに……彼の髪は触り心地が最高だった。
もちろんふわふわな子犬ちゃんには、癒されるほどの最高の心地になったが――ジェイドの場合は、人間の髪でこんなに素敵な髪質があるのか……という感動に近い。
最初の恐怖はどこへやら、私はジェイドの髪の触り心地に夢中になっていた。
ガシガシと触るのではなく、ゆっくりと摩擦をつけすぎないように触る。
指の間からスッとほどけるように、こぼれていく髪に目が奪われた。
(人の髪なんて――前世でもあまり触ったことはないけれど……でも、前世の私やレイラよりも、圧倒的な触り心地の良さだわ……っ!)
勝手にそんな感想を心の中で語っていれば、近くにいるジェイドは――今の触り方では物足りなかったのか、私の手にさらに頭をすりよせるように近づけて。
――スリッ。
手に強く――頭ですりすりしてきたのだ。
そんな彼の態度に、私は思わずピシッと身体が驚きで硬直してしまうものの。
この行動をした彼自身が満足そうに、目を細めているので――。
(まるで大型犬の……ようね……?)
だんだんと、陛下として冷たい雰囲気のジェイドではなく――大型犬のような様相に見えてきたのだ。
彼が犬に見えてきたのをきっかけに、少しずつ遠慮をなくして……私は、彼の頭を先ほどよりも強めに撫でていく。
するとやはり、嬉しいのかより頭を私の手に押し付けてくる。
「……」
「も、もし、不快でしたら言ってくださいね?」
「……不快ではない」
「よ、良かったですわ」
そう問いかければ、問題なさそうな返事をもらったので――無心に私は彼の頭を撫でていく。
さすがに大型犬に見えてしまったものの、イケメンオーラは消せない。
そのため、大型犬に接するような無遠慮さは出せない――が、マッサージをするような心意気でなでなでと撫でていった。
(……この撫でるのは――いつが終わりなの、かしら……?)
ふと、そんなことを気にしていれば。
「くぅ~ん」
「え? まさかあなたも撫でてほしいの?」
「わんっ!」
「……」
膝上に乗っている白い子犬が、甘えたような鳴き声で――胸元にすり寄ってくる。
ジェイドは何も言わずに、私に撫でられるがままなので……。
(子犬ちゃんも撫でていいってことよね?)
先ほど、ジェイドが子犬を撫でているところを見て、驚いていたこともあって――念のため私は彼に確認することにした。
「へ、陛下……その、子犬を……撫でてもよろしいですか?」
「……ああ、好きにしろ」
「っ! で、では……」
「ただ、俺を撫でるのも忘れるな」
「……ん?」
ジェイドからの許可も貰ったことだし、早速とばかりに子犬の方へ集中しようとすれば、彼は待ったをかけた。
(え? ジェイドはまだ……撫でられたりない……ってこと……?)
現在は彼の頭を撫でているのだが、ジェイドの真意を確かめるように彼の瞳を見つめれば。
私の方をじっと見つめて、先ほどの言葉は言い間違いではないのだと――強い意志を感じた。
そんな彼の瞳を見た私は、一度庭園から見える空へ顔をあげて、スゥと息を吸ってから。
(つまりは、二匹を撫でればいいってことね……!)
どこか吹っ切れた感じで、気合を入れ直して。
片手はジェイドの頭へ、もう片方は子犬へ手を伸ばして――彼らの頭を撫でた。
もしここに、使用人や執事たちがいたら仰天してしまう光景だったことだろう。
誰もいないことに救いを感じながら、私は撫でる専門の王妃(?)として――撫でることに集中するのであった。
◆◇◆
大型犬と小型犬の二匹を十数分ほど――ひとしきり、撫でたあと。
膝上にいた子犬は、撫でられれて睡魔がでてきたのか……私の膝上でスヤスヤ寝ていた。
一方のジェイドは満足したのか、その場から立って――何事もなかったかのように、先ほど座っていた椅子に腰かけて、紅茶を優雅に飲み始めた。
「……」
「……」
(き、気まずいっ!)
またもや、変な空気が庭園内を包んでいたのであった。
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