第33話 もふもふとした
膝上に、あの白い子犬がいる。
私は目をパチパチと瞬きさせて、何度も見てみる。
なんなら夢じゃないかを確かめるために、頬に手をやる動作で自身の頬をつねってもみた。
結果――やっぱり、座っている。
(つまり、幽霊じゃないってことなの……? いえ、でも……私にだけ……?)
ちらりと、ジェイドの方へ視線をやれば。
「……今日、お前をここに呼んだのは――先日、言っていた……その……話し合いのためで……」
「あ……そうなんですね」
彼は、私の方をチラッと見てから――あまり私と視線を交わしたことがないため……気まずいのか、庭園の花の方へ視線をそらした。
そうなると、私の膝上に乗っている子犬が彼の視界に入らないわけで……。
(も、もしかして、私にだけにしか見えない……妖精じゃなくて、幽霊でしたっていうパターンが……ある……!?)
以前の審問会では、大きな狼から子犬へと変わったところを見てはいたものの……妖精とやらをきちんと認識したことがないため、自信がない。
だからジェイドに確認してほしいと思うのだが――もしここで、「自分の膝上に子犬がいる」と伝えて……いないと言われたら。
(確実に、私に対して変な偏見が生まれるわ……っ!)
私の視界にはバッチリ見えているのだが、ジェイドがそうとは限らない。
もし違った場合の私へのダメージが大変に大きいのだ。
「……ユクーシル国は、王族の成り立ちが他国と異なり――特殊なんだ」
ジェイドは私と話し合いのためという名目で、ここへ呼び出したため――先ほどから、ユクーシル国の「王族」の成り立ちを教えてくれているようなのだが……。
(今は――そんな難しいことを考えられないわ……っ!)
私の頭は絶賛、子犬ちゃんの存在でいっぱいだ。
だって幽霊が膝上にずっと乗っていたなんて、あまりにもホラーすぎるだろう。
できればこの子犬ちゃんは、幽霊じゃないと証明したい。
ジェイドには申し訳ないが、子犬をじっと見つめてみれば――白い子犬は、きゅるんとした目で私を見つめ返してくる。
(こんなに可愛い子が、幽霊なんて……っ。うそよ……っ)
恐る恐る、私は子犬の存在感を確かめるために手を伸ばす。
私の手が近づいても、目の前の子犬は逃げることは無く――興味深そうにスンスンと匂いを嗅いでいるようだった。
そして白い子犬の頭に、ポンと私の手を置くことができて――。
(ふ、ふわふわだわ……っ!)
あまりの毛並みの良さに、感動してしまった。
この世界に前世と同じ動物がどれほどいるのかは、不明だが――現在、子犬に限っては……癒しパワーがすごくある動物なのだと感じた。
もふもふとした毛並みの癒しパワー……恐るべし。
今までの緊張感や、これまでの疲れが取れていくようなそんな感覚になった。
初めて会った時や審問会の時とは違って、子犬の可愛さを享受している気がする。
しかも撫でられるのが気に入ったのか、子犬は私の膝上から登って……私の顔までやって来る。
そしてペロッと、頬を舐めてきた。
「ふふ……っ」
(私が一方的に構えすぎてしまったわね……こんなに可愛い子犬ちゃんを幽霊だと恐怖していたなんて)
すっかり、目の前の子犬の可愛さに――メロメロになってしまっていれば。
「おい、何を笑って――」
「あ!」
完全に、子犬に気を取られてジェイドのことを放置してしまっていた。
(緊張感から逃げたくて……いえ、それは言い訳だわ……っ、ジェイドに失礼な態度を取ってしまったわ……!)
目の前の子犬の存在を確かめるだけのはずが――すっかり、可愛がっていた。
言い逃れなんてできないし、なんならジェイドから見れば……子犬は見えずに、虚空を撫でる変人に見えている可能性だってある。
それはかなりヤバい。
すぐにジェイドに謝ろうと――口を開く。
「本当に申し訳ございません……っ。その、つい出来心で……私がわる――」
「どうして王妃の膝上に乗っているんだ……っ!」
「わんっ!」
「え?」
私が謝りきる前に、ジェイドが慌てたように声をあげた。
そんな彼は、少し頬を紅潮させながら――私の胸元に顔をうずめる子犬に目がいっていて……。
「今すぐ下りるんだ」
「……わふんっ」
「あ、私は大丈夫ですから……」
ジェイドは子犬の行動を咎めるように、そう言葉を紡ぐも――子犬はジェイドの言葉など知らないとばかりに、そっぽを向いていた。
そんな彼に、別に子犬は重くないので……今の姿勢のままでいいと伝えようと――。
「膝上で暴れずに……こんなにもいい子ですから、私はこのままでも大丈夫なのですが……」
そして可愛い子犬の頭を、優しく撫でれば――。
「なっ……! お前、人の……俺の妖精を撫で……っ」
「え?」
「そんなこと……く……っ」
ジェイドは困惑したような声を出した後に、さらに顔を真っ赤にさせて――椅子から立ち上がった。
そして使用人や執事たちに「この庭園内から出て行け」と命じる。
彼らは、一瞬驚きを表しつつも……ジェイドの命令に従い、庭園から出て行った。
(え!? 子犬を撫でたら、ダメだったのかしら……!?)
ジェイドの態度を見て、血の気が引いていく。
まさか子犬を撫でることにも、私の知らない王族ルールがあったのかもしれない。
立ち上がって謝ろうにも、現在――私の膝上に子犬がいるため、すぐには立ち上がれない。
どうしようどうしよう……と最善策をぐるぐると考えながら、段々と青ざめていく私の方へ、ジェイドはズイッと近づいてきて――。
あろうことか、座っている私の隣に――庭園の地面に、無造作に座ったかと思えば。
「……撫でろ」
「え?」
「王妃レイラ……お前が責任をもって――俺の頭を、撫でろ」
そして彼は、自身の頭を私に向けてくるのであった。
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