第32話 庭園にて
■セイン視点■
「殿下……」
「どうか、お母様には――僕は強いから、もっと頼れることを……セインから伝えてほしいな」
そう不敵に語ったノエル殿下の後ろに、逞しい獅子が佇んでいる。
そのことが分かった瞬間、大きな火球がすさまじいスピードで私の方へ来た。
――ゴオッ。
「……よく、防いだね」
「……っ」
火球はすんでのところで、私には当たらなかった。
というのも、すぐさま土壁をつくり防いだのだ。
しかし先ほどの火球の威力が強すぎたのか、土壁はボロボロと崩れてしまった。
(……なるほど、こうした妖精の攻防をしながら――剣の相手もするのは大変だな)
先ほど、ノエル殿下を心配していたが――今は全くそんなことはない。
むしろ、嫌な汗が額から流れる。
「ふぅん。君の妖精は――土をつかさどる馬なんだね。僕とは有利も不利もなさそうだ」
「……そのようですね」
「じゃあ、鍛錬を始めようか」
ギラッとした闘争心を、殿下の瞳から見えた気がした。
そんな彼の姿を見て、はじめは戸惑ったものの。
(レイラ様を守りたい……そのために、私は強くなりたい)
自分の迷いを振り払って、剣で地面に燃え移っていた火を消す。
「では、よろしくお願いいたします。殿下」
今度は私の方から攻撃をしかけるように、ノエルの方へ剣を構えながら――踏み込んだ。
妖精と剣技の戦い――その火蓋が切って落とされたのであった。
■レイラ視点■
(セインがノエルの側に居れくれるから、安心ね)
先ほど訓練場で分かれた時のことを、私は思い出す。
本当ならば、時間……そしてノエルが許してくれるのであれば――ずっとノエルの側にいたい願望がある。
ちょっとした成長一つをとっても見逃したくないのが本音……なのだが。
(もしそんなことをして、うっとおしがられたら……もう立ち直れないわ……)
嫌な想像をしてしまった私は、自分が暴走しないようにと自戒をしつつも――前を歩く……わが夫・ジェイドの様子を見る。
彼の宮殿へ向かうため、歩いているのだが――気まずい。
(何をしゃべればいいの!? いえ、しゃべらないのがベスト……!?)
彼と和気あいあいに話す話題などもなく、ただ無言で彼の後ろをついていくことに集中してしまっている。
(あ……そういえば、まだあの時の敬語のことを謝っていなかったわよね……それを――待って)
ジェイドと話すことをうんうんとひねり出そうとしていれば、謝らなければいけないことを思い出す。
しかしそれと同時に。
(私を宮殿に呼んだのは――このことを直接言うため……!?)
恐ろしい予感が脳裏をよぎる。
以前もたしか――マイヤードの苦情の際に、彼は自身の執務室に私を呼んだのだ。
あの夜の訪問から、少し時間が経ったので……どうしようもできず、頭の隅に追いやっていたが――。
(早く謝らなかったがばかりに、そんな……本当に? 今から逃げるなんてことは……無理よね)
先ほどまでは、ジェイドが子育てに――そして家族との会話に前向きになってくれたと思っていたが。
無表情で前を歩く彼を見ていると、不安になってくる。
彼は前向きになったのではなく、罪を償わせるために……。
どんよりとした暗い気持ちを抱きつつ、かといって何か反抗するのは得策ではないと思っているため――トボトボと俯きながら彼の後をついて行けば。
「着いたぞ」
「本当に申し訳……え?」
思わず謝罪が口から出たのと同時に、ジェイドの案内が終わったことに気づく。
そして前の方へ視線を向ければ。
「す……すごい……!」
思わずそう言ってしまう程、花々が美しく咲き誇る――花に圧倒される庭園があった。
こんなに花があるのに、枯れないように手入れをされているのは、もちろんのこと。
生き生きと満開に咲く、薔薇の種類が豊富で……目を奪われてしまったのだ。
「……ここに」
「え?」
ジェイドは私にそう声をかけると、テラス席のように配置された――意匠が込められた洋風の白いテーブルと椅子が数脚あるところを指さした。
「……座ろうか」
「は、はい」
ジェイドが言ったのと同時に、この宮殿に仕えているのであろう執事が現れ――椅子を引いてくれる。
対面でジェイドとどう話せは、というか早く謝らないと……という気持ちでいっぱいな私は――椅子に座りながら、変な緊張感に包まれていく。
ジェイドも着席したようで、やっぱり先に謝ろう……そう思った矢先。
――モフッ。
(……もふ?)
ドレスを着た膝の上に、手を置いていれば――そこに、柔らかな毛並みの感触があった。
加えて、何かが乗っているような存在感。
不自然ではない範囲で、チラリと膝上の方を見やれば。
(こ、子犬ちゃん~~~~!)
いつぞやに見た、モフモフとした可愛い白い子犬が――私の膝上にちょこんと座っていた。
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