第31話 見えたもの
ジェイドが言った言葉の意味に、首を傾げているのもつかの間。
すぐに、彼が自身の宮へと案内するとのことで――この疑問を追究するのは、止めにした。
(きっと男同士だからこそ分かる……褒め方……なのよね?)
そんなことを考えながら、ノエルとセインの見送りを受けて――訓練場を後にした。
■セイン視点■
訓練場に残されたのは、ノエル殿下と彼の執事であるセス――そしてセインのみだった。
陛下について行く王妃様……レイラ様の後ろ姿を、見えなくなるまで見つめた。
(先日のこともそうだが――私は無力だ)
私の頭には、審問会の出来事、そして審問会の夜に訪問しに来た陛下の姿を思い出す。
あの日は王妃様が日中から、かなり動かれていたから……相当な疲れがあると思っていた。
だから、彼女に何も心配なく安心して眠ってもらおうと思い――夜の護衛を申し出て、彼女にとっての煩いを極力なくそうと思っていた。
もしあの日に来たのが使用人や侍女だったら、急務でない限り……休息を邪魔させないようにしたかったのだが。
(陛下が訪れた時、私はレイラ様の体調を優先することを……伝えられなかった)
もちろん、伝えようとすればできるのだが――そのことを伝えた結果、陛下が機嫌を損ねてレイラ様の煩いになってしまう……など、様々なことを考えてしまったのだ。
そして彼女が、陛下を扉から迎える時へとなったのだが……。
(そもそも朝まで陛下と過ごされていたようだから……私の心配は杞憂なのかもしれない)
王宮では陛下と王妃が不仲だという噂が広まっている。
だからこそ、そうした噂を払拭する姿は……本来ながら望ましいこと。
子ども想いなレイラ様としても、その方がいいことに違いない。
けれど、自分の脳内で陛下と仲睦まじく過ごすレイラ様を思い浮かべると――胸の中に不快感が生まれるような気になり……。
(……何を考えているんだ、私は)
今考えたことを振り払うように――自分の手を見つめて、グッと握り力を入れていれば。
「セイン! 僕と剣の鍛錬をしてくれないかい?」
「ノエル殿下……」
私は背後から声をかけてくれたノエル殿下に目を向ける。
そこには、先ほどレイヴン団長に飛ばされてしまった木剣を回収して――剣技を高めることに前向きな姿勢を見せる殿下がいて……。
(きっとレイラ様が、彼の表情を見たのなら――ほほ笑まれるのだろうが……)
あいにく私には、殿下が純粋な気持ちだけのようには見えない。
先ほど陛下も意味深なことを言っていたが……同様のことをセインも思っていた。
(レイラ様には、優しい表情を見せられているが……)
私は、レイヴン団長が残していった木剣を手に取り――ノエル殿下に近づいていく。
「剣の鍛錬――ぜひお相手できましたら、嬉しいです」
「うん! 僕も嬉しいよ!」
「その……失礼ですが、一点よろしいですか?」
「? どうかしたの?」
私は、思ったことを伝えるべく――ノエル殿下に向き合い。
「殿下は、無理に愛想を振りまいておられませんか?」
「え?」
「今は私と殿下――そしてあなたの側近にもあたる執事だけですから、気を張らずともいいと思っております」
ノエル殿下を見ていると、幼い妹のことを思い出す。
私の妹も、彼と同じくらいの歳で――前までは病に伏せており、騎士団で稼いだ給金を貯めて治療費を工面しようとしていた。
(しかし、この懸念はレイラ様のおかげで……助かった)
高額な治療費に、全く活路が見いだせなかったのだが――レイラ様の専属騎士になったことをきかっけに、妹の治療が進み……完治にまで至った。
レイラ様には頭が上がらず……きっと先ほどの胸がモヤッとしたのも――恩義を返せないチャンスがないゆえに、変な想像をしてしまったのだ。
そうした妹の一件もあって、レイラ様が目をかけている殿下にも……自分ができることを何かできないかと――そう思ったのだ。
なにより妹と同じく、幼い彼を助けてあげたい気持ちのような。
「気にかけてくれて――ありがとう。セイン」
「……」
「けれど、僕は無理はしていないよ。それよりも、お母様の専属騎士である君に……僕が強くなったことをお母様に伝えられるくらいになりたいなぁ」
殿下の反応を見て、セインは眉間に力を入れる。
幼いながらに、冷静で姿勢を変えない――彼の態度に、苦々しい気持ちになった。
(王族で生き残る……ゆえに、なのか?)
セインの問いかけに表情を崩すこともなく、しかも「お母様」という言葉を使って――レイラ様のことをにおわせて来て、それ以上聞けなくしてくる。
つまりは、レイラ様の側にいる私に不都合なことを見せて……報告されたくない――といったところなのだろうか。
「それに、僕らは――審問会の日に、今よりも強くなるって決めただろう?」
「ええ、そうですね」
「今はお父様に何も言えないけれども……僕は今以上に強くなりたいんだ」
「……」
「だから、セイン」
ノエル殿下は、私に向き合って――木剣を構える。
「本気で、来てほしい」
「っ!」
「セインは妖精は見えないから、妖精の力はなしでいく?」
「……いいえ」
私も殿下の方を見つめて、木剣を構え……。
「もう“妖精”は見えるようになり、力も使えます」
「……ふぅん」
「私も王妃様をお守りしたい気持ちに、偽りはありませんから――しかし……本当に、本気でよろしいのですか?」
相手はまだ成人もしていない子どもであり、まだまだこれから剣技を高めていくはずだ。
大人であり、剣の鍛錬は――殿下よりも長くしている身からすると……。
そんな私の気持ちが分かったのか、目の前の殿下は……挑発するようにニヤリと笑みを浮かべて。
「なら、ちょうどいいね。妖精の力はまだまだこれから、扱っていくんだろう? 僕の剣と同じようなものだ」
「……」
先ほど見せなかった殿下の表情を見て、ざわつく気持ちが生まれる。
私の無言を肯定と捉えたのか、彼はレイヴン団長と向き合っていた雰囲気と随分変わって――彼の周囲にはメラメラと火の粉が舞っている。
「ここには、僕とセイン、そしてセスしかいない――とても良い空間だね」
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