第35話 壁
無言の静寂が庭園内を包み込む。
(ジェイドが撫でろって言ったから、私は撫でただけなのに……)
だって国のトップが……ましてや、ノエルの父親として仲良くしておきたい人物が、そう言ってきたのだから、私が拒否をして関係が悪化するのはマズイと思ったのだ。
それなのに、撫でたあとも――なんとも言えない空気。
(確かに、今までの彼からは……全く予想できない発言だったけども……)
まだジェイドとの心の距離は……互いに遠い関係だ。
それなのに、先ほどの発言のせいで――さらにややこしい空気感になってしまった。
さて、いったいどうやって話を切り出そうか……そう迷いながら、ジェイドの方をチラッと見やれば。
彼はおもむろに、何かを確かめるように言葉を紡いだ。
「……守護妖精は――主人以外が触ることはできない」
「……え?」
ジェイドの話に、私がキョトンとした反応を示せば――彼はため息をついてから。
「王妃、お前は……この国の血が入っていないだろう」
「え、ええ……そう思いますわ」
「そして妖精も見えてなかったはずだ」
「そ、そうですわね」
彼の質問に、即答で返していれば。
「お前の膝で、寝ている――狼は……俺の守護妖精だ」
「っ! でも確か……審問会では大きな姿でしたよね?」
「……その姿も見えていたのか。そうか……」
ジェイドは私の答えを聞いてから、思案するように手を顎に置いてから。
「よその国の民なのに、妖精が見え……あまつさえ、触ることができるのは……」
「……」
「――ありえない存在だ」
彼からの言葉を聞いて、私は無言になってしまう。
確かにレイラはヨグド国の人間で、妖精は見えなかった。
そんな私がこうなってしまった理由に、首を傾げる。
実はレイラは妖精が見えるイレギュラーな存在だったから?
それとも……私が――レイラに転生したというイレギュラーが発生したから?
(そんなことで、急に体質が変わったということ……?)
他にも……以前のレイラではしなかったことを、現在の私は行っている。
ノエルの生活改善に全力で尽くしているし、専属騎士だってできたし……こうしてジェイドと話すことだって、以前のレイラはやらなかったことだろう。
(もしくは、物語とは違うことをやりすぎたせいで……? エラーが起きたとか……?)
原因を色々を考えてみるものの、やはりこれといった正解は分からない。
それに自分の行動が原因で、こうなってしまったから――既定のお話通りに進ませないといけないと言われても……ノエルが悲しい目に遭うことは、到底看過できない。
(そもそも、妖精が見えて、触れることって――別に不利益そうには見えないけど……)
ただでさえ、「妖精が見えない」ことでレイラはこの国で――「無能」の烙印を押されている。
だからこれは、レイラが周囲を見返すチャンスのようにも思うのだが……。
色々な考えが頭を巡りながら……うんうんと唸っていれば、ジェイドはつづけて言葉を出す。
「もしお前に――守護妖精がいたならば、状況は変わっていただろう」
「私に……?」
「ああ、以前にも……ユクーシル国の民がよその国へ嫁ぎ、血筋が薄くなっても守護妖精が現れた事例がある」
「!」
「妖精が見えることは大前提だが……そのうえで、守護妖精がいることを――この国は重視する」
ジェイドの話を聞き、私は――ユクーシル国がいかに「妖精」を重視しているのかをあらためて感じた。
(前世の――妖精なんておとぎ話の存在だと思っていた私からすると……ギャップを感じてしまうけれど……)
そうだとしても、レイラに転生した時から感じていた――この国の妖精文化は、非常に根深いのだろう。
「守護妖精がおらずして、妖精を触れるのは……普通の国民ならば、尊敬を通り越して恐怖を感じてしまうかもしれない」
「恐怖を……?」
「ああ――自分たちとは遠い存在のはずなのに、そんなことができるのは……認められない――といった感情だ。まだ、断定はできないが……国の混乱を引き起こす可能性すら、ある」
「そうなの……ですね」
「そもそも、俺の妖精以外は触ったことはあるのか?」
「い、いえ……それに陛下の妖精以外は見たこともありませんわ」
「……その狼だけ、か」
「はい」
「――俺だけ……それは……」
ジェイドは、「俺だけ」という言葉を呟いた時、なんとも言えない複雑そうな顔をしていた。
まるで彼がやらかしてしまったかのような……悲しそうなというか。
(え!? 私に見られて触られたのが――それほどショックということ……!?)
彼とは少し話せるようになったかと思えば、こうして想像以上の心の壁を感じると……グサッとくるものがあった。
「私に妖精――この子犬ちゃんを見られてしまったのが、嫌でしたか……?」
つい、彼を責めるような言葉も出てしまい――そう彼に話せば、ジェイドはハッとした表情になり。
「いや、お前を非難するつもりはない。確かに、国でこの事実を――今は公表することはできないが……お前が不正をしたわけでもないのだから。勘違いさせたのなら、すまない」
「……い、いえ」
「俺の欠陥ゆえに、もしかしたらお前を巻き込んだのかと……」
ジェイドはそこまで口にしてから、「力の大きな妖精なんて、良くないことばかりが……」と言った。
その内容を聞いた私は、子犬ちゃんに視線をやってから思わず――。
「力のある妖精?」
「……」
「もしかして、あなたの妖精が姿を変えることと――何か関係があるのですか?」
彼が口にしたことを尋ねてみれば、ジェイドはバツが悪そうに口を閉じた。
「どうやら――気が緩んでいたようだ。気にしないでくれ」
彼からそう言われてしまい、私はまたもや――モヤモヤとした壁を感じた。
私と話をしたいという割には、彼の心の壁はデカそうだ。
ここまで言ったのに、言わない彼の態度にやきもきする。
(確かに、私が一番守りたいのはノエルだから……ジェイドの全てを知る必要はないわ)
そう、あくまでノエルにとっていい影響なのかどうかが――私の中での問題だった。
しかし言えないことを隠してしまう関係は、どうにも……いい関係だとは思えない。
(もちろん、言えないことを無理に話すことはないけれど……)
現在の妖精のことや、私の体質に関わることは――知らないと、万が一のことに関わる。
(今の私の状態が、国の混乱の要因になりそうなことだって――ジェイドから言われなきゃ、分からなかったわ)
知らないまま、地雷を踏んで――自分が大変になってしまうのは嫌だ。
(ジェイドは、私にとっても国にとってもベストな落としどころを模索してくれている。だから、互いに疑心暗鬼になり続けるのは、良くないわ)
私が知らなかったことで、ジェイドの目の敵にされるのはごめんだ。
ただ――彼の立場の複雑さがきっと、なんでも言える関係を難しくさせている。
国のトップだからこそ、慎重になるのは――分かる。けれども。
彼の立場だけで完結する話ではないからこそ、私は……彼に声をかけた。
「――まだ私を信じられないのは分かります。けれど……私の問題については、私も当事者にしてくださいませんか?」
私はジェイドの目をしっかりと見つめて――そう言った。
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