第28話 現れたのは
■マイヤード視点■
目の前の上皇后がマイヤードを見て、悲しそうに顔を歪めた。
「まぁ……伯爵家の花であるあなたが、投獄されたと聞きましたけれど……まさか本当だったのですね」
上皇后にそう声をかけられたマイヤードは、隅から牢の手前にまで素早く移動する。
「こうして礼を欠いてしまったこと、大変申し訳ございません。上皇后様……っ!」
「いえいえ、大変な目にあってしまったのだから……気にしないで」
牢の近くを見張る衛兵は、額から汗を流しながらも上皇后を止める気配はない。
そうした現状の空気を読んだマイヤードは、藁にも縋る勢いで上皇后へ、猫なで声を出した。
「こうして、お気遣い下さる上皇后様がいなければ……私は、今すぐにでも心労で死にそうなのです」
「まぁ……可哀想に……」
(上皇后様がこの場に来てくださるなんて……! やっぱり私の行いは間違ってなかったんだわ……!)
マイヤードは、目の前の上皇后の登場に胸が躍っていた。
というのも、上皇后は妖精が見える「先代女王」だったからだ。
ユクーシル国では、基本的に嫁を他国から貰う形をとっているが――先代は、イレギュラーの代だったのだ。
他国から「婿」を募集し、婿入りをする。
そしてユクーシル国の王位継承権第一位だった上皇后が、「女王」として君臨した。
今は、現国王であるジェイドに王位を譲っていた。
上皇后は夫とすでに死別しており、彼女自身の生活のために隠居したのでは……と噂され、政局の盤面から姿を消してはいたが……。
(こうして現れてくださった……ということは……!)
マイヤードは、上皇后に全幅の信頼を向ける。
この国の者であれば、現国王と等しく……上皇后のことも重視しているのだから――当然のことだ。
「あなたのように、未来のある――ユクーシルの素晴らしき令嬢が、このような扱いを受けるのは見過ごすことはできないわ」
「上皇后様……!」
「私の息子が決めたことだけれども……間違いを正すのも――母の役目だわ」
上皇后の言葉を聞いて、マイヤードは目に光を取り戻す。
これでここから解放されるのだと、疑いない目で上皇后を見つめる。
「ねぇ、マイヤード嬢。こうした母の気苦労のために、お手伝い願えないかしら?」
「もちろんです! なんなりとお申し付けくださいませ!」
「あら! 本当? とても嬉しいわぁ」
上皇后は前のめりで言葉を紡ぐマイヤードに、微笑みながら。
「私を手伝ってくれるマイヤード嬢に、真摯に向き合いたいから……妖精の誓いにおいて――約束をしましょうか」
「はい! 妖精の誓いにおいて!」
マイヤードは、上皇后に跪きながら胸に手をあてて――自分の守護妖精を出現させる。
すると、彼女の周りにはそよそよと風が吹いた。
(あれ? 確か私を慮って出してくれると……そう思ったけれど、妖精の誓い……?)
妖精の誓いとは、この国に生まれた人間が行う――破れない約束だ。
相手との約束を違えたら、自分の命を失うことになる。
そのためこの誓いは、最大の敬意でもあるのと同時に――滅多に行うことはしない。
しかしマイヤードとしては、上皇后は最大の敬意を払うべき存在だと思っているので……。
上皇后から言われた内容に、マイヤードは少し頭に疑問を浮かべたものの。
(いいえ、きっと上皇后様にお考えがあるんだわ! それに、ここから出られるのなら何でもするわ!)
すぐに上皇后を肯定する気持ちでいっぱいになった。
素直に従うマイヤードの姿を見て、上皇后は笑みを深くする。
「約束をありがとう。こんなに可愛いマイヤード嬢をここに閉じ込めておくのに理由はないわ。衛兵、ここを開けなさい」
「は、はっ……」
「上皇后様……! 本当に本当にありがとうございます……っ!」
「ふふ、良かったわ」
「私、能無しの王妃様に、ずっと不遇に扱われて……あっ……」
マイヤードは自分の言った「能無しの王妃」という言葉に焦る。
現時点では、レイラは上皇后の義娘だ。
しかも同じ王族という身でもあるから、失言してしまったと――そう、慌てていれば。
「まぁ……! あなたは、見えない王妃にいじめられていたのね。娘の不始末を……ごめんなさいね」
「い、いえっ! 上皇后様は何も悪くありませんので……っ!」
「優しい言葉ありがとう。そう、今回の件は息子だけでなく――レイラも……」
上皇后は何かを確かめるように、一度口を噤んでから。
「ねぇ、その王妃の振る舞いについて……よく知りたいから、私の宮の庭園で話してくださらない?」
「も、もちろんです!」
「ありがとう」
上皇后は満足そうに、そう言葉を紡いでから……マイヤードの方を、じっと見つめて。
「けれど、今のマイヤード嬢には疲れが見えるわね。一度、自宅に戻ってゆっくりと休んでから――その後、私の宮へいらっしゃい」
「は、はい……!」
「あなたの父にも事情は伝えておりますので、きっとあなたに早く会いたがっているわ」
まるで実の娘かのように、マイヤードを気遣ってくれる上皇后に――マイヤードは、うるうると涙を浮かべる。
そんなマイヤードを安心させるかのように、上皇后はほほ笑んでから……侍女を呼んで、マイヤードを自宅へ送る準備を命じる。
「分かっているとは思うけれど、今のマイヤード嬢は過敏な時だわ。だから、衆目に触れない――あの道を使ってね」
「はい、かしこまりました」
「よろしくね」
侍女は慣れたように、マイヤードを案内しようと動く。
そしてマイヤードは、家に帰ることができる嬉しさで足早に歩き、その侍女について行った。
地下牢には、マイヤードを解放した衛兵と上皇后が残る。
「衛兵よ、今日のことを陛下に伝えるつもりかしら? 私は、このまま秘密にしてほしいのだけれども」
「……っ! も、もちろん、上皇后様の意のままに……!」
「あら、ありがとう」
上皇后はきびきびと返事をした衛兵にニコッとほほ笑み――「けれど」と言葉を紡ぐ。
「私、嘘をつく方は嫌いなの」
「え……」
衛兵が、驚きを表したのと同時に――彼は、ドロッと形を崩し……透明な液体となってしまった。
床にたまる水たまりを見て、上皇后は残念そうにため息をつく。
「私を欺き、陛下に報告をして功を成すつもりのようだったけれど……思惑が筒抜けだったわ」
そして水たまりを背にしてから。
「忠義が厚い衛兵を、一人ここに配置しないと……ね」
上皇后は一人そう呟いて、ニヤリとほほ笑むのであった。
◆レイラ視点◆
ノエルのマナー講師が代わった日以降、穏やかな日が続いている。
というのも、新しい講師を念のために確認しに赴いたら――好々爺のような紳士が、ノエルに優しく語り掛けていて……直感的に安心感を覚えたのだ。
しかし念には念をと、何度も見学に行ったり、扉越しに授業内容を聞いてみたりした。
その結果、全くノエルを不当に扱うことがなかったので――今の講師にノエルのマナー授業を任せたいと、心から思ったのだ。
(ノエルが伸び伸びとできるのが、一番よね)
そう嬉しさがつい、表情にも表れたのか――側に控えているセインから「ご機嫌ですね」と言葉を貰った。
「問題が落ち着いたのが――うれしくて、そのつい……」
「ええ、表情が出るのが王妃様の良さですから」
「……? それっていいことなの、かしら……?」
「おや、そろそろ殿下の剣の稽古を始めるようですよ」
「! ノエルの剣の稽古……!」
本日は王宮にある訓練場に赴き、レイヴンがノエルに指導しているという剣の稽古の授業を見に来たのだ。
きっかけはノエルから、「もしよければ……」と上目遣いで言われたことだったが……。
その後、ジェイドにもレイヴンにも問題ないと言葉を貰ったこともあって、本日剣の稽古の見学に来ていた。
(ノエルが活躍する場面は、数分……いいえ、数秒だろうとも見逃せないわ……!)
訓練場にあるベンチに座りながら、訓練場の中央に立つノエルに熱い視線を送るのと同時に。
ノエルは木剣を構えて、レイヴンと対峙した。
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