第27話 陽のもとで
ジェイドの顔色が変わったのを確認していれば、彼自身がハッとなったように、ベッドから立ち上がって……私から距離を取った。
「なっ……これは……」
彼は慌てながらも周囲をぐるっと見渡して、状況を把握しているようだった。
起きたばかりの私も、段々と頭が覚醒していき。
(あっ……! ジェイドに、今の状況は不慮の事故だったことを伝えなきゃ……!)
「その……っ! このベッドで眠り込んでしまったのは、意図的ではなく……その……私としては、陛下を起こそうとしたのですが、起きる気配がなくて……」
「……俺が、寝ていた……?」
「え、ええ……ぐっすりと……私の声掛けにも反応なく」
「……そんな、俺が、本当に……」
「あ! 私は陛下に何か盛ったりなどはしてませんので……! 何も危害はしておりませんので……!」
「……」
ジェイドは信じられないと言わんばかりに、自分の身体を見つめていたので、自分は何も悪いことをしていないと彼に伝えるも……。
(こんなにも言い募ると、逆に怪しくなってしまったわ……)
本当にジェイドが眠ってしまった件に関しては、無実だったのだが……ジェイドから鋭い視線が飛んでくることになってしまった。
「確かに、陛下の首に手が触れてしまったのは……申し訳なかったのですが……」
「……お前が何もしていないと、俺も思っているから……そんなに慌てるな。逆に疑ってしまう」
「……すみません」
「あの時は、姿勢が崩れたのがきっかけだろう。誰しも支えを取ろうとするのは自然だ」
「……!」
自分がしてしまった行いについて、ジェイドは気にしていないようで良かった。
先ほどよりも落ち着きを取り戻したジェイドだったが、今度は顎に手を当て悩んでいる様子だった。
「睡眠なんてとれるはずが……なぜ……」
「え?」
「……こちらの話だった。今回のことは、お前は何も悪くない――だから気にしないでくれ」
「は、はい……」
「俺は政務があるから、これで失礼する」
どこか疑問が残った様子のジェイドだったが、窓から差し込む太陽の光を見て、意識を切り替えているようだった。
そして扉の方へ近づき、出て行こうとする。
(さっきは、ジェイドの顔が近すぎて気づかなかったけど――クマが少し薄くなったようで良かった)
彼と話している間に、彼の顔を確認すれば……くっきりと刻まれたクマがほんの少しくらいだが減ったような気がした。
あれだけ声をかけても起きなかったので、十分に睡眠がとれたのかもしれない。
彼としては、睡眠に思うところがあるようだったが……。
(睡眠時間を削って働くのが普通で、こんなにも寝てしまったことに罪悪感でもあるのかしら……?)
ブラック企業に勤めていた私も、よく睡眠時間は削ってなんぼのものだと思っている節があった。
ジェイドも過去の自分と同じ状況にいたと思えば、なんだか親近感が湧く。
私が一方的にそう思っている中、ジェイドは部屋から出ようと扉に手をかけた――その時。
「ああ、それと――」
「は、はい?」
「ノエルのマナー講師は別の者が担当することになった。フォン伯爵家とは遠い関係の貴族に、な」
「!」
「もし心配ならば、いつでも見に行っていい。俺からすでに言伝は済んでいる」
「え、あ……ありがとうございます……!」
彼は淡々とそう告げてきたが――昨日の話もあって、彼なりにノエルのことを想ったがゆえの采配のようにも感じた。
冷酷王と表されてはいるが、ジェイドなりの行動が見えて……私は胸の中が温かくなった。
扉に手をかけた彼は「では」と声をあげて、出て行こうとした時――私は、声をかけた。
「政務、いってらっしゃいませ!」
外見は全く似てはいないが、仕事に向かう彼を見て……つい、言葉をかけたのだ。
そんな言葉を聞いた彼は、一度私の方に視線をやってから。
「……ああ、いってくる」
そう返事をしてくれた。
つい声をかけた理由は、私の――過去にこうして見送ってほしかったという願望ゆえにだった。
一人暮らしで、起きて出て行くときも、帰ってきても誰も反応はない。
そんな生活を過ごす中で、もし見送ってくれる人がいたら……なんて思っていたのだ。
(つい、過去の自分に声をかける感じで……)
ジェイドにそう声をかけていた。
そして彼は返事をしたのち、すぐに扉から出て行き――バタンと扉は閉まった。
昨日から今日にかけて、ジェイドと話したのは最長だったかもしれない。
彼のこと分からないことだらけだけれども、ノエルのためにも何か家族としての架け橋ができたらいいなと思った。
(ふぅ……これで、ようやく一息がつけるわ……あれ、そういえば――)
ベッドの上で一人になった私は、ようやく伸び伸びと休憩できると思った矢先――あることが脳裏によぎった。
(ベッドで眠ってしまったことは謝ったけれど――敬語を使わなかったことは……謝れていないじゃない!)
昨日、一番謝りたかったのは、「不敬」に関することだった。
夫婦と言えども、お互いに冷めきっている設定が物語にはあり……陛下に対して礼儀を尽くすのが、この国でのルール。
そうした身分のルールを、無視した直球の言葉を昨日はさんざん言ったわけで……。
(もしかして、後から罪状を付きつけられたりはしないわよね……!?)
休憩しようと身体から力を抜かせようとしたのもつかの間。
私は再び、緊張を持ちながら今後の憂いについて、考え込んでしまう。
(今から、ジェイドのところへ走る……? いや、それはあまりにも悪目立ちか……どうすれば……)
行動を起こせないまま、うんうんと唸りながら私は悩み続け――。
昨日から夜通し、扉で警護をし続けてくれたセインに朝食のことで声をかけられるまで……ずっと悩み続けるのであった。
■マイヤード視点■
光が差し込まない地下牢にて、一人の女がうなだれるように縮こまっていた。
数時間前には、地下牢を守る衛兵に「自分は無罪」だと声高に主張していたのだが、一向にこちらを見ない衛兵の態度に心が折れてしまったのだ。
由緒正しき、伝統がある伯爵家の令嬢なのに――この扱いは不当だと。
そう思うのに、先ほどから何も変わらない現状に……絶望が増していく。
(うそよ……だって、伯爵家の娘なのに、極刑なんて、陛下のご冗談なのよ)
どうにか現実逃避をすることで、自我を保っていた。
そして良くない現実から目を背けるように、頭の中ではムカつく「あの王妃」のことでいっぱいになる。
「……許せない……」
どう考えても、あの王妃は下賤で――ユクーシル国では地位を認められない者のはずなのに、上から目線で自分に命令をしてきた。
そんなのは看過できない。
だから、身の程をわからせてやろうとしたまでなのに……王城内では、誰もが嫌う「あの王妃」なのに……。
奥歯をギリッと噛みしめる。
いくら腹が立って仕方なくても、自分は今、地下牢に閉じ込められてしまって――何もできない。
悔しい現状と、到底認められない現実に……うつむきながら、自身の手の爪を噛んでいた時。
「あ、あなた様は……」
「……?」
衛兵が強張った声を出した。
何事かと、疑問に思い――マイヤードは上を向けば。
「じょ、上皇后様……」
彼女の瞳には、白髪交じりの金の髪色を持った一人の――貫禄のある女性が映る。
そう、彼女はジェイドの母親であり……こうして、地下牢に来ても誰も咎める者はいない――実質的に王宮内の権力を手にしている女性だった。
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