第26話 どうして




いい大人が二人――ベッドの上にいる。

しかもジェイドが、私の上に覆いかぶさるように……。


完全にヤバいということは分かっているが、頭はフリーズしてしまったかのように思考停止してしまった。


(待って待って、待って、私はただ謝ろうとしただけで……決してジェイドに何かしようなんて、なかったの……っ)


倒れてしまうから、咄嗟に自分を支えようと……手が掴んだのがジェイドだったのだ。

彼の首を抱きしめるように私の両手があり、私の胸元でホールドしている……状況。


不幸中の幸いなのは、倒れた先にあったベッドのおかげで怪我はないことだが――ベッドのせいで状況がややこしくなる。


しかし、これはいわば、不慮の事故であり……と言い訳を頭にいっぱい浮かべる。


(はっ……! というか、早く謝らないと……! 敬語のことも相まって、ヤバいかしら……!?)


不慮の事故というだけなのに、彼の首を抱きしめてしまった自分の方が悪いような気もしてきて、急いで彼の方へ顔を向けて。


「へ、陛下……その、これは、故意じゃなく……その本当に……っ」


冷酷王もろとも、ベッドにダイブしてしまったのだ。


未だに彼から何の反応もないということは、もしかしたら怒り心頭で言葉が出てない可能性すらある。


もし彼が不敬罪だと言ってきたら、私は太刀打ちができない。

そもそも、彼の妻なのでこれが不敬罪なのか怪しいところだが……。


ひとまず言葉を尽くして、誠心誠意謝ろう。


「本当に、申し訳ございませんでした……! もう二度と……」


もう二度とこんなことはしないので許してください、とそう言おうとした矢先。


「すぅ……」

「……ん?」


私が言葉を言い終える前に、彼から不思議な声が聞こえた。

まるでこれは……そう思って、彼の首から手を放し上体を少し起こした私は、彼の方へ視線を向けて――よく見てみれば。


「ね、寝てる!? えっ……!?」

「……」

「へ、陛下、本当に寝たんですか?」


私の視線の先には、スヤスヤと静かに眠るジェイドの寝顔があった。


こんなに普通に話しかけているのに、全く起きる気配がない。


(急に深い眠りに入ったの!? どうして……)


まさか、何か良くない病気でも発症したのかとも心配になってしまう。


(人を呼ぶ……? 扉の外にはセインもいるし……でも待って、この状況で人を呼んでジェイドを剥がす……? 見ようによっては私がジェイドに何かしたと、疑われる可能性すら……? セインはそんなことしないけれど、他の騎士も来たら……)


頭がぐるぐると混乱でいっぱいになる。


いったい何が最善手なのか、考えてみるも――まだ王宮で認められていない、しかも嫌われている王妃がこんな珍事を起こしたら、いらぬ誤解が広まりそうだ。


それにジェイドがすんなりと起きればいいけれど――。


試しに、起こそうと背中をポンポンと軽く叩いたり、ゆすってみるものの……。


「スゥ……」

「全く……起きないわ……」


どうしてこんなに眠りがいいのか、分からないほど寝ている。


これで人を呼んで、ジェイドが起きなかった場合……いよいよ私の評判の具合が悪くなりそうだ。


(今日はただでさえ、大変だったのに……これ以上、もう考えられない……)


そう、今日は審問会を終えて、ジェイドが急に訪問してきて……色んな事がキャパオーバーなのだ。


せっかくベッドの上にいることだし、ジェイドを掛け布団として寝よう。

それくらい、今日の私の疲労感は半端なかった。


いくらブラック企業あがりのOLといえども、生死がかかった裁判沙汰や国王からの尋問に対する緊張には慣れていない。


(ジェイドもさっき、これからは周囲をよく見るって言ってたのだから――きっと、全て私のせいじゃないって、分かってくれる……わよね?)


少しの不安はありつつも、先ほどのジェイドの言葉を思い出し――確認するように、彼の方へ視線を向ける。


相も変わらず、寝入っている美しい尊顔を目にして、キラキラとした美の波動に圧倒されながら……ふと、彼の目元に視線がいく。


「クマが……すごいわ」


視界に入ってきたのは、目元にくっきりと刻まれた濃いクマだった。

心なしか、頬も少しやせているように見える。


(普段の政務も忙しい中、今日は突然の審問会があったから――彼にも疲れがたまっているのね)


自分と同じく疲れが、大きかったゆえにこうなった……とするには、大分彼の様子は変だが……。


(もう……私も寝よう……睡眠が大切だわ……)


これ以上考えたところで、最善策は思い浮かばないと踏んで――というか、考えを放棄して。


私はジェイドをだいぶん重い掛け布団として思いながら、ふかふかのベッドに身を預けて、まぶたを閉じるのであった。


◆◇◆


――チュン、チュン。


耳元に外で鳴く小鳥の声が聞こえてきた。

そして、自分の上にあった重い存在が徐々に少なくなっていく感覚。


ベッドの布がすれる音も聞こえてきて、私の意識は覚醒する。


ゆっくりと目を見開けば――。


「……」

「……」


ジェイドは、身を起こしてベッドに腕を置いていたようで――まだ姿勢はうつ伏せに近い状態だった。


そのせいもあってか、私が目を開けると――。


ジェイドとバッチリと目が合ってしまった。


彼は自分が寝ていたであろう場所や、現在ベッドにいることを確認しているようだった。


ふとこの状況を理解するのに、少しの沈黙があったのち。


「……っ!」


目の前のジェイドの顔が――真っ赤に染まった。



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