第25話 時間
「互いを知る、時間……」
私が真っすぐとジェイドを見つめながら、そう話しかければ――彼は、言葉を口に出して考えているようだった。
「ええ。そしてあなたが、ノエルとも過ごす時間も――必要だと思うの」
「……」
「ただ、あなたは……政務ですごく忙しいでしょうけど――」
「いや、その提案は――善処する。俺は、今日のこともしかりだが……現場を見ずに進んでしまっていた――申し訳ない」
「!」
まさか彼が素直に謝罪をするなんて思っていなかったため、私は目を見開く。
ジェイドは、視線を下に少し向けながら――私の肩に置いていた彼自身の手をそっと下ろす。
そして再び、私の方を見つめてから。
「……今日、ここに来たのは謝ろうと思ったからだ」
「あ、謝る……?」
「ああ……お前――いや、レイラに罪はなかったのに……結果として今回の件では、詰問してしまっていた」
「……!」
「俺の至らなさゆえにのことだ。すまなかった」
小説では冷酷王と呼ばれ、他者に歩み寄るなんて考えられなかった人物がこうして――謝ってきたことに、私は驚きで身体が固まってしまっていた。
先ほどは、こちらに反対意見を強く言っていた彼の印象があることもあり……かなりの衝撃を受けてしまった。
(でも、ジェイド自身も思うところがあるってことなの……よね?)
驚きは大きいものの、こうした状況は良いきっかけのような気もした。
というのも、ノエルにとって父親は彼一人。父親としての愛を与えられるのは、ジェイドなのだから。
もし彼のこれからが変わりそう……というのなら、ノエルにとって良いことであるのは間違いない。
(まだ分からないことは確かにある……けれども)
ユクーシル国が取り巻く王宮の現状やしがらみについては、小説では触れられていない闇がありそうな気がする。
だとしても……ここで諦めるなんてことはできない。
彼がこうして気持ちを伝えてくれたのだから、ノエルのためにも――自分の将来の人生のためにも、前向きにとえらえていきたい。
「謝罪のお言葉、ありがとうございます。陛下のお気持ちを、受け取り――今回の件は、これ以上追及する気持ちはありませんわ」
「そうか……感謝する」
彼に今の気持ちを伝えれば、わずかだが――ジェイドの目尻が和らいだように感じた。
先ほどの張り詰めた空気感がようやっと収まったと実感し、身体から緊張が少しずつ抜けていく。
頭の中では、今一度状況を整理するために、ジェイドとの会話を思い出す。
(ふぅ……一時は、パニックになりかけていたけれど……どうにか安全に……あれ?)
ふと彼との会話を思い出していれば、そういえばジェイドに対して……私は敬語を使い忘れていたような……。
(え、待って、待って……あの時は咄嗟に口から出たのもあって、まったく敬意とか考えてなかった……っ)
チラリと、彼の方へ視線を向ければ――特に怒ってはいなさそうな、いつも通りのジェイドがいる。
つまりは無表情だ。
(も、もしかして――私が自発的に謝るのを待っているの? これが貴族のマナーってこと?)
ジェイドの上場が読めなさすぎで、どんどん思考が混乱していく。
しかし相手は陛下、この国のトップなのだ。
念のため、敬語を使わなかったことを早めに謝れば――今のこの雰囲気なら不問にしてくれかもしれない。
(善は急げって言うし、ね……!)
「そ、その……陛下……!」
「ん? なんだ」
早めに謝ろうと思った私は、深くお辞儀をして謝るべく――今の彼との距離を取って、頭を下げようと思ったのだ。
そして、一歩、後ろに足を引こうとした瞬間。
――ゴツ…ッ。
「え? うあ……っ」
「お、おい……!」
まさか、自分の背後がベッドに迫っていたなんて知らなかった。
先ほど、ジリジリとジェイドに距離を詰められてしまっていたため、そこまで来ていたのだろうが……。
突然の衝撃に、つい身体は後ろのほうへとよろめいていく。
きっと私が体勢を崩したのを見て、ジェイドも焦った声を出していた。
宙に行き場を失った両手で、何かを掴もうと……身体を支えようと、どうにもならないもがきをしていた――そんな時、不意に自分の腰に支えてくれる感触があった。
(ジェ、ジェイド……?)
彼の手が自分を支えてくれることに、驚くのもつかの間。
ジェイドが近づいてきたため、私の両手のテリトリーに彼が現れる。
どうにか支えを欲していた私の手は、近くにあった彼の首を抱きしめるようにぎゅっとする。
「な……っ」
その瞬間、ジェイドが目をまんまるく見開いて私を凝視する。
私に触られるとは思ってなかったのか、その驚きようはすごく――。
せっかく私の身体を支えようとした彼の姿勢を崩してしまうほどにすごく――……。
――ボフンッ!
ジェイドに押し倒されるような形で……。
私とジェイドは背後のベッドに、倒れこむことになってしまったのだ。
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