第24話 互いの想い



ジェイドにじっと見つめられる。


彼の瞳からは、嘘を許さない鋭さがあった。


ジェイドに言い訳は通用しない。もちろん、安易な嘘も命取りだ。


(正直に、実はOLの記憶があって――ここはずっと読んでいた作品の世界なのって言えたら……)


本音をそのまま話せたら、楽なことは無いが――リスクが大きすぎる。


もしかしたら、荒唐無稽な話を信じてくれるかもしれないが――。


(今後、一生……信頼が得られない可能性だってあるわ)


相手が真剣であればあるほど、現実味を感じられない話は避けた方がいい気がしたのだ。


ノエルやセインだったら……もしかしたら、話せば信じてくれるかもしれないが――それは、ようやっとくだけて話せるようになった関係ありきだからだ。


だからジェイドに話すためには……。


「ノエルを守りたいから」

「……」

「私は、ノエルを守りたいと思うから――今に至るまでの行動をしているわ」

「……ほう?」


私がそう言えば、ジェイドは眉をピクリと動かした。


「守りたい……そう言うにしては――長いこと、不遇な立場に追いやっていなかったか?」

「それは……そうですね」

「あまりに態度が急変しすぎている。何か思惑が無ければ、こうはならないはずだ」


ジェイドは冷たくそう言葉を紡いだ。


もちろん、彼の言う通り――私の急変しすぎている態度は、どうみても異質なのだろう。


この態度の原因を説明するなんてことは、到底無理だ。

しかし彼の言葉にひるんでいては、何も変わらない。


私はきゅっと手に力を入れて、自分に活を入れる。


そして口を開いて。


「思惑が無ければ、変ですか?」

「なんだと?」

「私はノエルを守りたいという気持ちから、こうした行動をとっております。それに嘘も偽りもありません」

「……」

「もし急変していることに、疑問が止まないのでしたら――意識が変わったと思ってください」

「意識……?」

「ええ、今までの気持ちと真逆に変わったのです」


私がそう言えば、ジェイドは目を見開いた。


きっと彼は、私が何かしらの言い訳を言うと思っていたのだろう。


しかし私は、あくまで本音を伝えることにした。

「ノエルを守りたい」という気持ちを、そして「その気持ちを持って何が悪い」と開き直ることにしたのだ。


「それで、俺が納得するとでも?」

「別に納得してほしくて、言っておりません。本心を伝えるために、言ったまでです」

「本心だと……? ノエルをだしに、算段を言わないつもりか?」


相変わらず、ジェイドは目を鋭くさせて――私に問いかけてくる。


そして彼が言った「ノエルをだしに」という言葉に、私はイラつきで奥歯を噛みしめる。


すなわち、ジェイドは私のノエルに対しての想いにまで疑いをかけてきたのだ。


決して彼に嘘をつかないために、ありのままの本心――それも、けなされたくない思いにまで、そうした言葉を言われて、私は彼に反発するように睨みを向けて。


「……あなたに言われたくないですわ」

「なに……?」

「ノエルのことに関心を向けず、放置し続けるあなたに……私の守りたい気持ちが分かるのですか?」

「……!」

「私は実際に――ノエルが王宮の使用人たちに不遇な扱いを受けている場を見て、居てもたってもいられなくなりましたの。使用人に――この理不尽な環境に、怒りが湧いたんです」


私の言葉を聞いたジェイドは、言い返す言葉が見つからないのかぐっと黙った。


そんな彼に畳みかけるように、私は言葉を紡ぐ。


「もちろん、私もノエルに寂しい気持ちを――いえ、それ以上に親として失格の行いをしてきたのは事実です。それに関しては、申し訳ございません」

「……」

「けれど、もし今からでも――ノエルの役に立てるのならば……彼の行く末を案じられるのであれば、これまでと違う行動を起こしたいと思うのは、そんなに変なことでしょうか?」


過去の過ちは、レイラがしでかしたことで――私の罪ではない。


けれど……ノエルの母親として彼を守りたい、そのためにレイラの過去の過ちも含めて、背負い――現状を打破していきたい。


人生をかけた覚悟を持って――「ノエルを守りたい」と思うのだ。


そうした覚悟を持って、ジェイドにそう伝えれば……彼の瞳が一瞬揺らいだ瞬間。


「……何も知らずに、よく言えるものだな」

「はい?」

「お前は、ユクーシル国の王族の定めを、歪みを知らないから……そんなことを言えるんだ」

「定め? 歪み?」

「それなのに、王になる息子を守りたいだと? そんな過保護なことをするのが、いかに残酷か――それに、此度のフォン伯爵家の件においても、表層の問題にすぎない。根深い問題があるのに、起こさなくてもいい歪みが噴出したらどうするのだ」

「……」


ジェイドは、問いかける勢いのあまりなのか――私の肩をぐっと掴んだ。


それほど、真っすぐな想いがあるのは分かるのだが――。


(ジェイドは何を言っているの?)


ジェイドが言う、「定め」も「歪み」も全く分からない。

王族を取り巻く、「権力構造の歪み」などを意味しているのだろうか?


つまりは、使用人たちに舐められていれば――バックにいる伯爵家やその他、貴族に目をつけられなくて済むとでもいうのだろうか。


眠っている獅子を起こさないために、権力がないバカを演じろ――とでもいうのだろうか。


どうして悪人が優遇されるのが正しいのか。

理不尽を甘んじて受け入れないといけないのか。


(ジェイドの言う通り、私は王宮の全てを知っているわけではない。だから、私一人で決めつけるのは、無理だわ……でも)


愛読していた小説の情報しか、知らない私だけれども。


ノエルが一方的に虐げられるのは、おかしいということだけは分かる。


それ以外はまったく、なんにも……。


「分からないわよ!」

「!」

「何よ、その定めやら、歪みって。何も聞いていないし、知らないことで上から言わないでもらえる?」

「……っ」

「それに、そんなにその問題が根深いのなら……私にも教えてよ!」


私がそう言うと、彼は虚を突かれたのか――目を見開いていた。


私に言い募ってきた彼に負けじと、私は肩を掴む彼の手を――ぎゅっと掴んだ。


「言わなきゃ分からないし、解決も何もできないじゃない」

「だが……これは、ユクーシル国の問題で……」

「だから何? 私は今はあなたの妻なんでしょ? ユクーシル国に身を預けて生きているのだから、そこで仲間外れにするのは……あまりにも最低だとは思わないの?」

「……っ」


小説内でもジェイドは何も語らずに、物語から退場した。


それが大きな問題なのだ。そのせいで、私はすごくモヤモヤしたし……。

きっとノエルだって、大きな悲しみを抱いたはずだ。


私の言葉を受けたジェイドは。眉間に力をいれながら黙り込む。


そんな彼を見て、私は反対に目じりから力を抜いた。


(ジェイドが悩むのも無理はないわ。私はまだこの王宮で暮らし始めて日が浅いし――レイラの評判だって、ずっと良くなかった)


まだレイラの悪い評判を払拭している最中なのに、それを言われても――。


本当に信じていいのか、話していいのか、ジェイドだって悩むだろう。


もちろんすべて洗いざらいに話してくれれば、それこそノエルのために……王宮内での環境のために、力を尽くすつもりではいるが……。


(きっとこんなにも私……レイラと話すのことはなかったのよね)


それにジェイドの言葉を聞くと、ノエルのことを全く気にかけていないというわけでは――ないように思ったのだ。


その想いの形が、全く気に留めないという方法なのかもしれない。

けれどそんな方法に関して、私は全力で反対する立場ではあるのだが。


ただ……こうしてこんなにも悩まし気に、思案している彼の様子を見て――私は、おもむろに口を開く。


「その、全てを話してほしいって言うのは本音だし――もちろんノエルを守りたいっていう気持ちも本当のことだわ」

「……」

「だけどこうして……今すぐに私を信じるのが、完全に正しいと――あなたに押し付けるのは、違うわよね」

「それは……」

「だから妥協点として、もっとお互いを知る時間が必要だと思わない?」


そう私が、問いかければ――彼の瞳が揺れた。

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