第29話 突然に



「レイヴン様、行きます!」

「いつでも、いいわよ」


ノエルがレイヴンにそう声をかければ、嬉しそうなレイヴンが返事をする。


そしてレイヴンが余裕そうに笑った瞬間。


「やあ……っ!」


ノエルが木剣を構えて、一歩踏み込む。

そしてレイヴンへ攻撃をしかけて行けば――レイヴンはノエルの攻撃を、打ち返す。


カンカン……と、木剣が打ち合う音が鳴り続ける中。


私はカッコいいノエルの姿に目が離せないのと同時に、手で持っているハンカチをぎゅっと握りながら、ハラハラしていた。


(こうして剣技ができるようになるのはすごいけれど……怪我をしないか心配になってしまうわ……!)


素人目の私から見ても、ノエルは剣の才能があると分かるほどに激しい打ち合いが続いている。


ノエルがすごいことは喜ばしいのだが……。


最近は、剣の稽古によってできたであろう痣が――衣服から出ている肌部分に見えたりもしていたので不安や心配が大きくなってしまう。


私がOLとして生きていた頃に見たことがなかった光景すぎて、より驚いてしまうのかもしれないが……。


普段ノエルに甘い顔をしているレイヴンは、剣の稽古の時はその雰囲気をなくし――真剣に取り組んでいて。


「さすが、ノエル殿下。習得の速さは才能があるわね」

「お褒め下さり、ありがとうございます」

「けれど……」


剣での応酬を続けながらも、ノエルとレイヴンは会話をしていた。


そんな中、レイヴンの雰囲気が鋭くなった瞬間。


「まだ右側の守りが甘いようねっ!」

「……っ!」


子ども相手だとしても、手加減はしないレイヴンの鋭い一撃が――ノエルの右側に振るわれる。


しかし、こうして自分の弱点を突かれた際であっても、ノエルの対応スピードは速く……すぐにレイヴンの攻撃をいなそうと剣で自分の身を守ろうとするが――。


――カーン。


レイヴンの一撃は相当重たかったようで、ノエルの木剣は勢いよく吹き飛んでいってしまった。


そしてその勢いを受けたがばかり、ノエルはその場で尻もちをついてしまう。


「ふふ、反応速度は悪くなったけれど――まだまだ鍛錬が必要ね?」

「……ご指導くださり、ありがとうございます」

「これからが楽しみだわ。今日の稽古はここまでにしましょうか」


ノエルは尻もちをつきながらも、笑顔でそう答えていた。


そして私はノエルが剣を手放した瞬間に、無意識のうちにスイッチが入ってしまったかのように――彼の所へ駆け寄る。


「ノエル……! 大丈夫……?」

「お母様……!」


激しい剣の稽古を終えて、汗をかいているノエルに手で持っていたハンカチで――彼の汗をぬぐう。


「どこか怪我とかはしていない? この痣とかは……」

「お母様、僕は大丈夫ですから」

「本当に……?」

「はい! 強くなっている証だと思っておりますので……!」


真っすぐと私の方を――キラキラと見つめてくるノエルの瞳に、胸がぎゅっと鷲掴まれる。


(じゅ、純粋な瞳……! どうしてノエルはこんなにも天使なの……っ!)


心配な気持ちはありつつも、過保護になりすぎないようにしなければ……。


そんな私と同じ気持ちを持った人物が、もう一人いて。


「ノエル……! んもう! 本当にいい子なんだからっ!」

「わっ、レイヴン様……!」


私の隣から、レイヴンがノエルの頭を優しく抱き込み――撫でまわしていた。


そんなレイヴンの姿を、セインは苦笑して見ていた。

そしてセインは、レイヴンの方へ近づくと。


「団長、お楽しみのところ申し訳ないのですが――」

「なによ、セインちゃん」

「騎士団の者が来ております」

「……」


セインが指さす方には、「閣下……失礼いたします!」と声を出す騎士が立っていた。


どうやらノエルの授業が終わる頃合いを見て、やってきたのだろう。


そんな騎士を見たレイヴンは、一度現実逃避をするかのようにノエルをじっと見つめてから――「ふぅ」と息をついて。


「名残惜しいけれど、アタシはいかなくちゃいけないみたい……またね、ノエル」

「はい! またよろしくお願いいたします!」

「セインちゃんと……王妃様。それでは失礼するわね」


相変わらず、私にだけはまだ距離を置く態度ではあるが――以前とくらべてずいぶん会話ができるようになったレイヴンと別れの挨拶をした。


「団長が失礼をすみません……」

「えっ! セインは謝らなくていいのよ! むしろ、過去の私の態度が招いていたのだろうし……」


そう言葉を紡げば、セインは申し訳なさそうな表情になり――ノエルは、私の言葉を否定するように。


「けれども! 今のお母様は決して批判されることはしていません! 僕も、お母様が冷たくされるのは嫌です!」

「ノエル……ありがとう」


精一杯に、そう言葉をかけてくれるノエルに、またしても胸がキュンキュンする。


こんなにも、大好きなノエルに気遣ってもらっていいのだろうか。


今の幸せに対する自問自答をしていれば……訓練場の柱の陰に見たことのある服の衣が見えた。


(え……あれは……)


よく見てみれば――そこには、ノエルと同じ髪色に、美しい青い瞳を持った……。


(ジェイド……!?)


彼は少し離れた柱から、こちらを見ているようで……その姿にギョッとしてしまう。


(どうして急に……まさか、この前のことを早速……?)


私の部屋に来た際に、ジェイドとは今後の方針として――互いを知る時間が必要なこと、ノエルとの時間を大切にしてほしいことを伝えていた。


まさかだとは思うのだが、早速実践してくれたとでも言うのだろうか。


(明らかに怪しい姿だけれども……あの時のことを思い出すと……私も強く言えないわ……)


ジェイドには失態を見せてしまった面もあって、強くは言いづらかった。


しかしあの時もそうだったが、ジェイドという男は突然やって来る性質がありそうだ。


(もしかしたら、知らせないことで人間性を見ているのかも……だけど)


私も今、訓練場にジェイドがいることに気が付いたのだから……彼がいつからいたのかと想像すると、相当疑り深く――この場を観察していたのかもしれない。


柱の側にいるジェイドを見ていたこともあり、彼とバッチリ目があった。


すると、まさか見つめあうとは思っていなかったのか――彼は目を見開いてから……。


「へ、陛下……?」

「え……父上……?」


ゆっくりと歩みを進めて、こちらへとやってくるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る