第22話 審問会の後



私が視線をキョロキョロと見回していたためか、側にいたノエルとセインが声をかけてきた。


「お母様、どうかしたのですか?」

「何かお探しですか? 陛下は罪状を言い渡した後、この場から出て行ったようですが……」

「え? あ、いえ……陛下のことではなく――ここに子犬はいなかったかしら?」


ノエルとセインの問いかけに、私がそう答えると。


二人は「子犬……?」と疑問を浮かべた表情だった。


「審問会の時には、お父様の妖精様……人を寄せ付けないと噂されている大狼様はいましたが……」

「ええ、私も――周囲に圧をかける存在感を感じておりました」

「あれ? セインは妖精が見えないんだっけ?」

「はい、殿下。ですが、最近はボヤッと輪郭が見えてきております」

「そうなんだ……? でも、セインと同じように見えない人にも、大狼様は圧迫感を感じさせるんだね……」


ノエルは、思考を整理しているのか――顎に手をあてて、言葉をぽつりと出した。


そしてハッと気が付いたように。


「もしかしたら、お母様も大狼様の圧にあてられて――幻覚を見てしまったのかもしれないです」

「え? 幻覚……?」

「はい……きっと恐ろしいものを見ないようにするため、心の防衛反応のような……」


私はノエルの言う防衛反応にピンとこなかった。


確かに大きな狼に驚きはしたものの、狼は私を襲ってくる様子はなかったし……その後、可愛い子犬の姿になっていたのだ。


(もしかして、壮大な――私の見間違いなの……?)


あんなにも目前に見ていたのに、違うことなんてあるだろうか。


それに二人とも大きな狼を見たといっていたので、きっと私が見た狼も――「大狼様」なのかもしれない。


本当に妖精が見えていたのなら……、そう考えるとあらためてここはファンタジーな世界なのだとひしひし感じる。


ここまで考えて、私は「妖精が見えるかもしれないこと」をノエルとセインに伝えていなかったと思い出す。


ユクーシル国の人間でないと、通常妖精は見えないはずなのだから、ノエルの言う通り……私が妖精を見えないと思うのが一般的で……。


(あれ……? でも待って――子犬の姿を二人とも見ていない……?)


「大狼様」はノエルもセインも見たり、感じ取ったりしていた。しかし、「子犬」に関しては二人とも見当はない様子だ。


ということは……。


二人に「妖精が見える事実」を伝えることよりも、私の頭はある一つのことでいっぱいになる。


(もしかして、あの子犬はやっぱり、ゆうれ……)


「お、お母様……? 顔色が良くないようですが、大丈夫ですか?」

「え……?」


あの子犬と出会った時に思った「考えてはいけないこと」に辿り着きそうになり。


その考えで身体がガチーンと固まってしまう。

こうした私に、ノエルだけでなくセインも心配そうに見つめる中。


「私の愛しのノエル~~! どこ~~~!」

「え……?」

「あ……レイヴン様の声です……ね」

「団長がなぜ……」

「さっきセインが迎えに来てくれたから、お母様に剣の鍛錬の授業がまだ延びそうだと伝えようと思って……またあとで戻るからって伝えたまま……待たせちゃっていました……」


ノエルが申し訳なさそうにする中、大きな声でノエルを探していたレイヴンがこの会場へ突入してきて――途中でノエルを待つのをやめて探し回っていたことを、熱心に伝えてきた。


そんなレイヴンに事情を説明するべく、審問会があったことなどノエルとセインと一緒に、私も伝えることになった。


そうして、いつの間にか……先ほどの「子犬」の件は頭の隅へ行ってしまうのであった。


◆◇◆


「ふぅ……怒涛な一日だったわ……」


レイヴンへ説明し終えたのち。


どうにか事情を知ったレイヴンは、ノエルへの心配は尽きないものの――理解はしてくれたようだった。


レイヴンがノエルに指導をする――剣の授業の次にあったマイヤードによるマナーの授業は、彼女が捕まったことによってなくなったため……その日のノエルの授業は、終わりとなったらしい。


ただ審問会の時間もあったことで、ずいぶんと日が暮れてしまい……。


各々、夕食や身支度があるとのことで、そこで別れることになったのだ。


現在、私は自室に戻って――夕食やお風呂を終えて。


(やっぱり王妃だから、寝心地が最高のベッドね……!)


豪華でフカフカなベッドにダイブして、一息ついているところだった。


一日中、立っている時間が多かったこと――それに、緊張する時も多かったのでドッと疲れが溢れたからこそ、こんなにもベッドが気持ちいいのかもしれない。


まだまだ王宮内では、私を敵として見る視線が止まない――が。


(マイヤードの件も終わったことだし――今日は考えるのはもうやめにして、寝ても……いいわよね?)


緊張から解放されて、ベッドに身体を預けていると――うつらうつらと眠気がやって来る。このまま眠れそうだと思った矢先――部屋の扉の外側から、セインの声が聞こえてきた。


「……! 訪問、でしょうか?」


(セイン……?)


耳に入ってきたのは、どこか焦ったようなセインの声だった。


専属騎士となった彼は、夜間の護衛まで義務の仕事ではないが――本日の一件や、今まで夜間の護衛がなかったことの判明から、よく自主的に夜間に私の部屋の前で護衛業務を申し出てくれている。


彼に負担がかかりすぎると良くないため、無理をしないように伝えるも――。


『どうか、護衛をさせていただけないでしょうか……?』


こいねがうように、うるうると見つめられて言われたら……その熱意を無下にするのも憚られて、了承するしかなかった。


(でも、護衛をしているセインがどうして焦って……?)


時刻は夜更けにかかりそうな頃合い。


使用人などの訪問であれば、私に報告してくれるし――無理やりな訪問であれば、拒絶だってしてくれる。


そんな彼が、戸惑っているということは――。


そこまで考えた私は、セインの状況を把握するべく、私は愛おしいベッドからそろりと起き上がり、夜着の上にガウンを羽織って……部屋の扉へ向かう。


「セイン、どうかしたの?」

「お、王妃様……!」

「私が出ても大丈夫かしら?」

「はい、問題はございません……」

「?」


なんだか、歯切れの悪いセインの返事に疑問を抱きつつも――私は、扉をガチャッと開ける。


するとそこには……。


「っ……へ、陛下……っ!?」

「まだ就寝前ならば――時間を貰えないだろうか」


まず目に入ったのは、豪奢な衣服の意匠。


そしてそれを着ている人物の顔へ視線を向けると、私は目を見開く。


扉の先には、美しさ全開の――現在、私の夫であるジェイドが、そこにいたのだ。


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