第21話 裁き
「う、嘘よ……嘘だわ……だって私は、わたしは伯爵家の……」
「連れていけ」
マイヤードは現実を受け入れられないようで、呆然としながら言葉を漏らしていた。
そんな彼女を見ても、顔色を変えずにジェイドは室内に控える騎士に命令した。すると命令された数名の騎士は、マイヤードを捕えようと近づく。
「! さ、触らないでよっ!」
「で、ですが、陛下からの命で……」
「陛下……! これは何かの間違いですっ! どうか、どうかっ、今一度お考え直しを……っ!」
「騎士よ、もたつくな。急げ」
「は、はっ!」
「いや、放してっ、私はフォン伯爵家の娘なのよ!」
騎士に両腕を拘束されてもなお、マイヤードは抵抗し続けていた……が、腕力の差もあるためなすすべもなく室外へ連行されてしまった。
以前、レイラのアクセサリーの盗みを働いていた使用人たちと同様に、きっと彼女も地下牢へつれて行かれるのだろう。
「それと……宰相」
「は、はい……」
「貴様にも事情聴取が必要だ。主に、俺を呼ばなかった“不敬”もそうだが――今回の騒動で、ずいぶん伯爵令嬢と懇意に話し込んでいたそうだな?」
「そ、それは……っ」
「……元宰相も連れて行け」
「はっ」
「へ、陛下。私はただ……っ」
マイヤードと同様に、宰相もまたジェイドに声をかけようとするが――全く耳を貸さないジェイドの態度を前に何もできないまま、連れていかれた。
こうしたマイヤードと宰相の沙汰に、周囲は大騒ぎはしないものの、愕然としているようだった。
「まさか……マイヤード様に重い刑を与えるなんて……」
「しかも陛下は、宰相様にも……」
「あの王妃様が全て悪いと思っていたが――」
ひそひそと思い思いの意見を言い合っているようだ。
(途中、もうダメだと――そう思っていたけれど……彼のおかげで、場の雰囲気は変わったわ)
相変わらずの周囲の視線は気にせずに、私はジェイドの方をじっと見つめる。
すると私の視線に気づいたのか、彼と視線があった。射貫かれるように見つめられて、なぜだか目が離せなかった。
そして場がざわつき始めたのをきっかけに、彼は私から視線を外して――。
「本日の審問会は終わりだ。散開するように」
「はっ」
(これで無事に終わった……のよね……?)
ホッとしたのと同時に、そういえば……と私は、目の前に視線をやる。
そこには大きな白狼がいて――その狼は、気を緩めているのか……くあ~と口を開けてあくびをしていた。
(自由気ままね……大きすぎてビックリしたけれど――本当にこの狼が妖精なの……?)
周囲からは「大狼様」と呼ばれていた。妖精なんて眉唾な存在は、一回も見たことがないので、自分の目に自信がない。しげしげと、目の前の狼を見つめていれば。
――ポンッ!
「え?」
「わんっ!」
私の目の前で、大きな狼は瞬間的に――小さな子犬に変身したのだ。
(待って! この子犬ちゃんはまさか……)
白くふわふわな毛並みの子犬を見て、いつぞやのレンガで救出した犬のことを思い出す。どうみても、似すぎているこの子犬は……そう、考えていれば。
「お母様……っ!」
「! ノエル……!」
呼びかけられて、私はハッとなる。声がした方へ視線を向ければ、ノエルが慌ててこちらへやってきたようだった。
「お母様が冤罪で裁かれなくて……本当に良かったです……っ」
「……!」
「本当に……一時はどうなるかと、私も怖く思いました」
「セイン……」
ノエルの後から、セインも歩いて近づいてきた。
二人の表情を見て、心配をかけすぎてしまったと申し訳なさを感じた。
「私もこうなるとは思わなくて……甘かったわ。二人には、手間をかけさせてしまってごめ……」
「お母様っ! 謝らないでください……!」
「え……?」
「お母様は何も悪くないのです……むしろ、僕をあの先生から守ってくれるために……お母様は行動をしてくださった」
「ノエル……」
「お母様の計画を聞いて、問題ないと僕も思っていたんです。これで安心だと……」
ノエルは、私を上目遣いでじっと見つめてきた。そして何かを堪えるように、彼は自身の服を両手できゅっと掴んでいる。
「僕が……宰相よりも弁がたっていれば――お母様がここまで追い込まれることはなかったのに……」
「そんなことは……」
私がノエルには非がないと、そう言葉を紡げば。
ノエルは、否定するようにふるふると首を振った。
「宰相が周りに命令を出した時に、もし僕に人望があれば……僕の声で周りは行動を止めてくれたはずだったのです。それができなかったことが……僕は悔しい」
「ノエル……」
ノエルの言葉を聞いて、私は彼の言葉は自分にも刺さる言葉だと痛感した。
(そうよね……私にも人望があれば、ここまで大事には……)
ズキリと刺さる言葉を受け、情けなさのあまり涙がでそうになり……私は天井を見た。そんな私の手を、ノエルはぎゅっと握ってきて。
「だから……」
「え?」
「僕、もっと……もっと逞しくなります……っ!」
「ノエル……」
「周りが、僕の意見を無視できないくらいに……強くなります……!」
いつもは愛らしくて可愛いノエルが、キリッと決意をしたように見つめてくる。
そんな彼の様子に、普段は見ないギャップのカッコよさももちろんだが、ここまで深く想ってくれる彼の想いに胸が打たれた。
(今回の騒動について、ノエルは全く悪くないけれど……彼なりに考えてくれた想いが、嬉しいわ)
ノエルの言葉に、じーんと胸が温かくなっている中。
側に控えているセインが口を開く。
「私もです」
「セイン?」
「王妃様の専属騎士として、いかなる時でもあなた様を守らなければならなかったのに……それができませんでした」
「で、でも……それは私が今回、あなたにお願いしたこともあって……」
マイヤードの授業に遅れていたノエルを呼んできてほしいと、私が命じたためにセインは私の側に居られなかったのだ。だから、彼が騎士の義務を放棄しているということは無くて……。
そのことを彼に伝えるも、セインは納得できないようで。
「たとえ仕方がないことだとしても……すぐにでも駆けつけるべきだったのに、私は何も――できませんでした」
「そんなことは……っ!」
「殿下の想いと同じ……そう言うには、不敬すぎますが――私も無力さを痛感しました。我が主、あなた様に降りかかる邪魔はすべて振り払えるように――精進いたします」
「セイン……」
セインはそう言葉を言うと、側で跪いた。
そんな彼の気持ちを聞いて、ノエルの想いのこともあって――二人からこれほどまでに気遣われていることに、驚きもありながらも……そうして言葉で伝えられて、考えをあらためる。
(二人が言うように、まだまだ王宮では敵がたくさんだわ。私一人ではなくて、二人の想いと――私自身も周囲に影響を及ぼせるようにならないと、ね……!)
自分の気持ちを再認識した私は、おもむろに口を開いて。
「二人とも、ありがとう。ノエルとセインの気持ち、本当に嬉しいわ」
「お母様……」
「王妃様……」
「私も、二人の気持ちに応えられるように自分を鍛えていくわね……!」
「え? お母様が鍛える……?」
「……?」
二人以上に自分だって、逞しくなって――二人を守れるようにならなければ!
そう思って、私は両手をグッと握りしめて決意のポーズを決めるも、それをみたノエルとセインはどこか複雑そうな顔をしていた。
(あ、そういえば……! あの子犬ちゃんは……)
ノエルに話しかけられたこともあって、視線を外してしまっていたが――大きな狼から、可愛い子犬になったあの妖精の方へ視線を戻そうとすると。
「あら……?」
私の視線の先に、子犬はいなかった。
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