第20話 審問会
審問会――それは貴族同士のトラブルが起きた際に、第三者の立場でトラブルの原因を究明し、場合によっては加害者に罰すらも下す会合だ。
いわゆる、裁判というものに近いだろう。そして王宮内に所定の場所があり、そこで開かれるのだ。
今回、マイヤードの酷い演技に巻き込まれた私は――そのまま王宮内での審問会会場へと案内された。
内部の見た目は、広々としており……証言台があって、傍聴席がある見た目だった。連れて来られた私は、会場の真ん中の証言台へ立たされる。
そんな私と時を同じくして、審問会での裁判官の役割を持つ文官の貴族たちが入室してきた。
(ノエルとセインは、傍聴席に案内されたのね)
二人の行方が気がかりだったため、周囲に視線をやれば、探し人はすぐに見つかった。二人にはケガはなく、横暴なことはされていないようで、少しホッとするが……依然として周囲からは突き刺すような視線が、私に向けられた。
多くの文官たちは言うまでもなく、私に全面的な非があると疑ってかかっているようだ。
(だいだい、審問会なんて――小説内でも、裁判として機能してなかったのだから……不快ね)
小説内で見た審問会は、ノエルにありもしない罪を問うものとして描かれていた。マイヤードの演技によってまんまと連れて来られた私も――。
「……静粛に、今から王妃・レイラ様の審問会を始める」
この先の展開にため息を吐きそうになる中、私の頭上から宰相の声がかかった。証言台と宰相の座席の関係のためか、見下ろすようにこちらを睨んでいる。そして宰相のほうへ、隣に座る文官が何やら焦ったように。
「宰相殿、そこは陛下が座られる……」
「ふん! 本日陛下はお忙しいから不参加だろう。ゆえに私が長の役割を果たす」
宰相の隣に座る文官が言う通り、裁判官と思わしき人たちが座る場所は2列になっており、前側と段差が上の後ろ側だ。後ろ側は3席での配置となっており、中央の席がひときわ高いのだ。
会話の内容を察するに、あの真ん中が陛下――ジェイドが普段、座っている席なのだろう。
(宰相がこの裁判を取り仕切るとなると……。あのマイヤードへの接し方だったことを見るに、だいぶ不利な言い分を突き付けられるわね……)
どうみても、私を悪者だと断じていた者が起こしている審問会に公平性はあるのだろうか。状況はかなり悪い中、いったいどうしよう……と自分の脳内をフル回転させる。
そんな私には気にも留めず、宰相は審問会の開始を促すように声を上げる。
「さて、審問会をはじめ……」
――ガチャ。
「――俺を呼ばずして、なぜ始めようとするのだ?」
宰相の声を遮るように、聞き覚えのある声が響いた。その声の方向に、会場内にいるすべての視線が向けられる。
審問会会場の扉が開かれたと思えば、そこには眉間に皺を寄せながらも美貌は崩れない……ジェイドがいた。
彼はゆったりと優雅な足取りで中へ入ってくる。そして彼の声にいち早く、反応をして声を上げたのは宰相だった。
「へ、陛下……っ!」
彼の声に釣られて周りの文官たちは起立し、一斉に挨拶をした。一方の私は、ジェイドの登場に虚を突かれた思いだった。
「ほ、本日はお忙しいと、伺っておりましたが……」
「――忙しくても、審問会は参加をする。公平性のために、現国王の立ち合いが必須だと法を学ばなかったか?」
「そ、それは……」
「学ばなかったのか?」
「ひ、ひっ、た、大変申し訳ございません……っ!」
宰相に圧をかけるように、鋭い視線を向けながらジェイドは声をあげた。
その言葉を聞いた宰相は、飛び上がるかのようにその場から立ち上がり、ジェイドの隣の席へと移動しようとする……が。
「不敬を働いた者が、堂々と座れると思うのか?」
「は、はい……?」
「声をかけないばかりか、不躾にも席を占領した――お前の席はあそこだ」
ジェイドは、宰相に傍聴席の方を指さした。すると宰相は、ゾッと青ざめるように震え始める。
そんな宰相に手心を加えないとばかりにジェイドは――「お前の沙汰は追ってする。この場に居られるだけ、ありがたいと思え」と言い放った。
つまり、審問会で裁判官の役割をはく奪されたといっても過言ではなく……そんなジェイドの言葉に、宰相はなすすべがないようでフラフラと消沈した面持ちで傍聴席へと向かっていった。
(彼は、法を第一に考えているようね)
ジェイドの姿を見て、はじめはどうなるかと緊張していたが――いつかの「フォン伯爵家からの苦情」があった際も、彼はノエルやネスの言葉を聞き、客観的な判断を下していた。
もしかしたら彼になら、話が通じるかも……と思っていれば。
「今回の審問会の議題は、なんだ」
「は、はい。今回は王妃様が、マイヤード様へ不当に暴行を振るわれたということで、貴族への私刑を行った王妃様への処遇を断ずる内容です」
「そうなのか、王妃」
ジェイドが言った言葉に、隣に座っていた文官が応える。そしてジェイドが冷たく私に問いかけてきたため――先ほどの甘い予測を振り払った。
彼は身内びいきなどはしないが、私に対しては特に厳しい眼差しを持っている。彼が現れたことで、私に有利になるやもと思ったが――そんなことはないようだ。
しかし彼のプレッシャーに負けていては、ノエルを守ることなんてできない。毅然とした態度で、彼へ視線を真っすぐと向け。
「いいえ。その内容は間違っております」
「……」
「そうですっ! お母様はそんなことをしませんっ!」
「で、殿下っ!?」
私が反論をすれば、周りの文官たちは冷ややかな視線を浴びせてきたのだが、ノエルが私に続くように意見を表明すると――文官たちはまさかといった具合で、驚きを表していた。
「ノエル、お前に発言権は与えていない。勝手に発言しないように」
「……っ」
ジェイドが制するようにノエルに言葉を紡げば、ノエルは堪えるような表情になっていた。そんなノエルを見て、その場の状況を見ていないにも関わらず無実を信じてくれる彼に胸が熱くなった。
しかし、この場で一番の権力を持つのはジェイドだ。それはノエルも分かっているようで、その後、口を噤んでいた。
「さて、王妃の非を訴えているのは――フォン伯爵令嬢か?」
「は、はい! 陛下。わ、私は……ただ授業の準備をしていただけですのに……王妃様が気分を害したみたいで……頬をぶたれましたの……うっ」
ジェイドに言葉を促されたマイヤードは、傍聴人席から立ち上がって――先ほどと同様に悲劇のヒロインのように泣きながら、赤く腫れた頬をジェイドにこれ見よがしに見せつけていた。
(あの腫れは、自分で叩いたからできたのに……白々しい演技だわ)
マイヤードの演技に、嫌気がさす中――ジェイドが再び口を開いて。
「そう、令嬢は言っているようだが――確かか、王妃よ」
「いいえ、それは嘘です」
マイヤードの証言は真っ赤な嘘だ。しかし、この場にいる大多数の文官たちは王妃が愚かにも嘘をついているように見えるのだろう。「図々しい言い訳を……」などと、小声で言っている声が聞こえた。
そんな声に、イラっとした感情が生まれつつも、ここでこその出番だと思い――私は持っていたポーチを掲げながら。
「証拠がございます!」
「……ほう?」
「しょ、証拠だと……!?」
ポーチを突き出した私に、周りはぎょっとした表情になっている。そんな彼らをしり目に、私はポーチから黒い小型の機器を取り出す。
これこそがマイヤード対策としての“とっておきのアイテム”であり、ノエルを驚かせたもの。
「……それはなんだ?」
「ヨグド国の機器――カメラですわ!」
「カメラ?」
そう、レンズが付いていたそれはカメラだった。部屋にあった荷物の中を見た際に、見つけた素晴らしいアイテムだった。
しかも、私が暮らしていた現代社会よりも――ヨグドの方が文明が進んでいるようで、小型化に進化し軽く、鮮明に動画を取れる優れものなのだ。
そしてマイヤードは気づいていなかったようだが、ポーチには手で隠せるほどの穴が開いており、マイヤードが言いがかりをつけてきた瞬間から、レンズを向けて撮影をしていた。
「今から、動かぬ証拠を提示いたします」
本来の計画ではマイヤードの酷い態度を撮影したのち、ジェイドに見せて「マイヤードは教師にふさわしくない」と私の方から訴えるつもりだった。
しかしこうして審問会を起こされたこともあり、今こそこの動画の出番だろう。
しかもこのカメラの優れた所は、形だけでなく「射影機としても優れている」ことだ。
堂々と言ったことを証明するべく、カメラを持った私は証言台から反対側――後ろを向いて、カメラ上部のボタンをぽちっと押した。
すると、ジジジッと駆動音が鳴ったかと思えば、カメラのレンズから映像が空中に大型テレビほどのサイズで映し出されたのだ。そして再生ボタンを続けて押せば。
『妖精を見れない能無しのくせに、いい気にならないでよ!』
先ほど私に罵声を浴びせてきた、マイヤードがでかでかと映ったのだ。
そして理不尽な物言いで、こちらを罵倒してくる様子から――最後には、思い切り自身に手を振り上げて、白々しくも助けを呼ぶ彼女の姿が映し出されたのだ。
「マ、マイヤード様が……そんな、まさか……」
こうも鮮明に、彼女の悪行が映し出されるとは思ってもみなかったのか――裁判席にいる文官たちはざわつき始める。それをみたマイヤードは、顔をすぐさま赤らめてから。
「そ、そんなの偽りの映像だわ!」
「はい?」
「そもそも、その変な道具はヨグドのものと言いましたわよね? 私を貶めるために、王妃様が奇術で作ったでたらめに過ぎませんわ!」
「そんな無理やりな……」
「確かに、あれはヨグド国のもの――証拠として確実ではありませんな……」
「なるほど、王妃様は奇術を……」
「え?」
マイヤードの横暴な論理に文官たちが賛同の意を上げるので、私は驚きを隠せなかった。
(まさか本当に他国だから信用できないっていうこと!?)
ここまで鮮明な証拠なのに、自国のものではないからこそ退けられてしまう。確かに現在進行形で、よそ者は排除される傾向が強い国だ。
うがった見方をされるのだって、全然あり得ることで……。
あまりの事態に私は、冷や汗をかく――そんな私の表情を見て気分が良いのか、マイヤードはにっこりと笑っていた。
(私の分析が甘かった……ここから、彼らの信頼を取り戻すなんて……)
絶望的な状況にめまいを感じる。しかしここで挫けたら、全てが終わりだ。どうすれば……と必死に考えていれば――。
「――お前も、話がしたいか」
「え?」
ジェイドが誰にも視線を向けずに、急に独り言を言った。そのことに無意識のうちに、私の口から疑問の言葉が漏れる。
そしてジェイドが何を言っているのか、と誰かが聞く前に、会場内にビュウと冷たい風が吹きこんできた。そして大きなシルエットが目の前に見えたかと思えば――。
「ふぇ……!?」
私はまたもや驚きを隠せなくなる。だ、だって会場の中央に、人間の倍近くの大きさで白い毛並みを持った――。
(お、狼……っ!?)
現代社会では見たことのないサイズ感に、どうみても逆らってはいけない……と私の生命本能が訴えかけている。狼の青い瞳にじっと見つめられ、さらに私はおっかなびっくりな気持ちになってしまう。
いったいこの動物はなんだ……と問いかける前に、誰かが「た、大狼〈たいろう〉様……!」と声を漏らす。そしてそれを皮切りに。
「陛下の偉大なる水の守護妖精様に、挨拶を申し上げます……っ」
傍聴席も含めた周囲から、言葉が飛び出してきた。それを聞いた私は、口をあんぐりと開けてしまう。
(え? これが妖精……?)
確かに小説内でジェイドの妖精について、描かれていた気がするが――いかんせん人間ドラマを楽しみに読んでいた私は、すっぽりと忘れていた。今だって、全く現実味が湧いてこない中。
「審問会があると教えてくれた彼から――言いたいことがあるそうだ」
ジェイドがそう言葉を紡いだかと思えば、私の目の前にいる狼は一声鳴いて……周囲に細かな水の粒を生じさせる。そして、その水は光を放ち始めたのだ。
そのまま光が大きくなったかと思えば、人のような形が光の中に形成され、二人の人物が映し出される。
『あんたはお飾りの王妃ってだけ、分かる?』
そこには威圧的に話すマイヤードと、私が映し出されていた。そして声も鮮明に聞こえる。
「これは、彼が見た――本件が起きた当時の記憶だ」
ジェイドがそう説明をした……狼が生じさせた水によって映し出される内容は、私が録画したものと同一のものだった。すべてが映し出されたのち。
「妖精は嘘をつかず、真実を告げる――このことに異論がある者はいるか?」
「……」
「――ならば、判決は出そう……まず、王妃レイラは無罪である」
「……っ!」
ジェイドの言葉に私はびくりと身体を震わせる。名前を呼ばれたことで、つい背筋が伸びたゆえなのかもしれない。続けて彼は淡々と言葉を紡ぎ。
「そしてマイヤード・フォン伯爵令嬢――貴様は、偽証罪そして侮辱罪を犯し、王族の立場すらも危うくさせた」
「……っ」
マイヤードはこれ以上、言い訳ができないようで、言葉を詰まらせている。
そんな彼女に対して、ジェイドは冷たい視線を向けてから。
「よって……極刑に処す」
彼は、そう言い放つのであった。
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