第19話 戦いの始まり
「お母様! 来てくれたんですね!」
「ノエル、お待たせ……! 時間は大丈夫かしら?」
「はい! ばっちりです!」
セインを連れて、ノエルのマナー授業を行う部屋までやってきた。使用人が扉を開けてくれた先には、一人用の机と黒板が見えてきて、マナー授業以外にも使用する部屋なのだと感じた。
そして机の前にある椅子には、ノエルが座っており、今日も今日とて愛らしさが輝いていた。そんなノエルとは反対に、私の登場にぎょっとした目を向けてくる――マイヤードもその空間にいた。
(もしかして、知らされていなかったのかしら?)
そんな疑問を覚えた際に、マイヤードが口を開いた。
「お、王妃様、ご挨拶を申し上げます……その来ていただいて、きょ、恐縮ですが、殿下の授業には王妃様の参加は不要でして……」
「あら? 聞いていないの?」
「は、はい……?」
「陛下から、マナー授業の参加を認められているの。授業参観ってことよ」
マイヤードは私を前にして敬語がうまく出ないのか――ヒクヒクと口を震わせながら、話していた。
その表情は、私がこの空間に現れたのが許せないと言わんばかりの表情だった。同じく教室内にいたネスが、口を開いて説明をした。
「先日、フォン伯爵令嬢様宛てに陛下から、王妃様の授業参加を認める旨のお手紙を送ったと伺っておりますが……」
「えっ!? てっきりそれは王妃様のしょば……」
「てっきり……なにか?」
私が促すようにマイヤードへ言葉を紡ぐと、ハッとした彼女はすぐに口を噤んだ。
彼女が言いたかったのは「てっきり王妃が処罰された報告の手紙だと思って、開けてもいなかった」ということなのだろう。
以前から思っていたが、マイヤードはかなり幼稚で短絡的なところがあるように思う。
ただ、小説内のレイラだって使用人たちにいいようにされてきたことを考えると、なんとも言えない気持ちにもなってしまうのだが。
(権力を持ちすぎると、気が大きくなって客観的にものが考えられなくなる……のかしら)
マイヤードの振る舞いを見ていると、レイラがいかにして横暴に振舞うようになってしまったのかが分かったような気がした。
「私の確認不足だったようで……失礼いたしました……わ。その、王妃様のことは分かりましたが、お隣の騎士の方は――」
「私の専属騎士、セインよ。私の側で控えてくれているの」
「えっ……いや、その……騎士の方の同席は――陛下はお許しになられたのでしょうか?」
私がセインを紹介すると、まさか私に専属騎士ができるなんて夢にも思わなかったとばかりに、顔を驚かせてから――マイヤードは、顔をしかめる。
彼女にとっての異物がこの空間に増えることを嫌がっているようで、眉間に力を入れて問いただしてきた。
そんな彼女の質問を聞くと、私はニヤッと笑みを浮かべながら、言葉を紡いだ。
「陛下ではなく、騎士を統括してらっしゃる――オズワルド閣下より、問題はないと伺っておりますわよ?」
「え……」
私がそう答えると、マイヤードは固まったように言葉を失っていた。
先日のレイヴンから受けていた専属騎士の説明の際に、その制度に関してはあらかた聞いていた。
給与の件もだが、念のためと思い、マナー授業への同席に関しても聞けば――「授業は秘匿されるものではないから、問題ない」と回答を貰ったのだ。
まさかレイヴンの名前が出てくるとは思ってもなかったと、驚くマイヤードへ畳みかけるように。
「授業の同席は問題ないと閣下はおっしゃっておりましたが――違ったようなら、今からお伺いしてきましょうか?」
「っ!」
「えっと確か、今日、閣下は……」
「お、王妃様っ! 申し訳ございません! 私の勝手な勘違いだったようです。そのため、閣下へお尋ねにならなくとも問題ありませんわ」
「あら? そう?」
私が言ったことに、見るからに青ざめた様子のマイヤードにニコッと笑みを返す。
マイヤードの意見は、「彼女の個人的な要望」であり公的な範囲では認められない。レイヴンを呼ばれでもしたら、自分の身勝手な振る舞いがバレてしまうと、すぐに理解したようだった。
彼女はすぐに、私とセインの同席を認め……授業へと移っていこうとする。
「あ、あと……明日からずっと授業に同席させていただくので」
「え、あ、明日からずっと……?」
「ええ、愛する我が子の成長を見逃したくありませんので……。よろしくお願いいたしますね、先生」
宣戦布告のように、マイヤードへ言い切ったのち。部屋の外にいた使用人たちに、部屋内へ椅子を持ってくるように指示をする。
ノエルと一緒に授業を受けるわけではないが、少しでもマイヤードへ存在をアピールし、彼女にとって耐えがたい存在となるべく……ゆったりと座りながら、彼女のほうへ視線を向けた。
そんな私の視線を受けながら、マイヤードはその日の授業を特に不備なく終えた。私の目の中でも、彼女は虐待のような振る舞いはしていなかった。
むしろ丁寧すぎるくらいに、優しく――ノエルに、貴族としてのマナーを教えていたように思う。
(まぁ、一週間くらいは猫を被るかしら……ね)
「お母様! 授業中の僕……いかがでしたでしょうか?」
マイヤードについて頭の中で整理したのち、ノエルに話しかけられて意識を全力で向ける。
「すっごく真面目で良い態度だったわよ~! ノエルは貴族の鑑になれるわね」
「え、えへへ。そうですか? 嬉しいです」
私に褒められて照れながらも、ほほ笑んでいるノエルを見れば元気がどんどんと湧いてくるのだから、本当にすごい。
なんなら、一生懸命授業を受けるノエルも素敵で、元気があふれ出てしまいそうなくらいになっている。
ノエルと和気あいあいな話をしながら、明日もまた授業を見に来ることをあらためてノエルにも伝えた。
ノエルは嬉しそうに返事をしてから、次の授業が剣技の訓練だったため外へ向かっていった。ノエルと別れたのち、おずおずとセインが私に声をかけてきた。
「王妃様。私は――王妃様に言われた通り、側に控えるだけでよろしいでしょうか?」
「ええ、問題ないわ。もしどこかへ向かってほしいことがあれば言うから……よろしくね」
「はい」
マナー授業の対策計画は、今から始まったばかりだ。内容は、マイヤードにとって目障りな存在である私とずっと共にすることで生まれる「ストレス」が狙いだ。
ありがたいことに、ずっと見られている不快感は自分の身をもって経験済みで――そこから着想を得た。
貴族令嬢としてのプライドが高く、父親に苦情をいれる彼女が我慢をし続けることはほぼ不可能に近い。
間違いなくどこかで、「キレてしまう」はずだ。そのリミットが、一週間かな……と私は予想し、明日もノエルの授業姿を拝めることに心を躍らせながら、過ごすのであった。
◆◇◆
一週間ほどマイヤードが、猫を被れると私は予想していたが――訂正させてもらう。
なぜなら、五日目の現在……。
「妖精を見れない能無しのくせに、いい気にならないでよ!」
「……」
彼女は猫を被ることをせずに、怒鳴ってきたからだ。この事の経緯は、数分前に戻る。
四日目まで、マイヤードは上辺だけの笑顔を浮かべながら、授業を行っている様子だった。
しかし五日目の今日は、マナー授業の前にノエルの剣技の授業が入っていたようで、私とマイヤードが先に部屋で待つことになっていた。しばらくしてもノエルが来なさそうなので、セインにノエルの状況を伺ってくるように言ったのが数分前の出来事だ。
セインが部屋から出れば、部屋の中にはマイヤードと私だけとなる。マイヤードがこちらへツカツカとやってきたと思えば。部屋の扉の錠がカチャッと独りでにしまる音が鳴った。
その瞬間、身構えるように私はポーチをぎゅっと握りしめる。そして、怒りの表情を浮かべたマイヤードが罵声を浴びせてきたのだった。
(まさかここまで堪え性がないなんて……)
マイヤードから罵声を浴びせられた際に、驚きが先行して彼女に何も言えないままだった。そんな私を見て、自分に恐れをなしたと思ったのかマイヤードは勢いそのままに話し続けた。
「あんたはお飾りの王妃ってだけ、分かる?」
「……」
「ふん、扉を見たって誰も入って来れやしないわ。それと、私の妖精の力で室内を防音にしたから――助けを呼んだところで、なのかもしれないけれど!」
状況を理解するために、扉の方へ視線を向けた私にマイヤードは高らかに宣言した。
「そうなの……」
「何よ、その顔。文句があるのはこっちなのに、生意気ね」
「……」
「ノエル殿下のほうが、よっぽどお利巧で御しやすかったのに……その母親ときたら……」
「御し……やすかった?」
マイヤードが言ったことに疑問を述べれば、ニヤァと彼女は悪い笑みを浮かべて。
「ええ、そうよ~。王妃サマには足りないスキルで、愚鈍な王子の象徴よ」
「……何を言って」
「私の言うことを聞けなかった時は――お仕置きをしていた……って言えば、分かるかしら? これでね」
「っ!?」
マイヤードが部屋内に置かれた箱へ近づき、警棒のような鈍器を手に取って嬉しそうに語っている。その様子を見て、マイヤードによるノエルへの行き過ぎた教育……体罰の現状を理解し、吐き気を感じた。
小説を読んでいたから、内容は知っていたはずなのに、こうして本人から語られるとムカムカとして不快感が募っていく。
そのことが表情に出ていたのか、マイヤードが「なに? 反抗的な態度なんて、嫌われた王妃様には分不相応なんだから」とイラついたように言い募ってくる。
そんなマイヤードが、自身を落ち着かせるように、一度ため息を吐いたかと思えば。
「でも、いいの。不快なものはさっさと排除するにこしたことはないわ」
「何を……」
「あんたの陰湿な手、私も真似させてもらうわ」
「――え?」
マイヤードは自身の手を大きく振り上げたかと思うと、彼女自身の頬に振り下ろしてバチンと音を鳴らした。その後。
「きゃああぁ!」
彼女は大きな悲鳴を上げ、床へと座り込んだ。
それと同時に、バタバタと廊下側から足音が聞こえたかと思えば――ガチャッと部屋の扉が開け放たれる。
そこにいたのは、多くの使用人たちで――マイヤードの頬の腫れを見て、「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくるものもいれば、「早く他の者を」と慌てて駆けだしていくものもいた。
マイヤードの周りに使用人たちが集まり、私の方をギロリとまるで敵がいるかのように睨んでくる。そんな中、使用人たちの後ろから――。
「お、お母様っ! 大丈夫ですか!?」
「この状況はいったい……」
ノエルやセインが到着したようで、混沌とした場の雰囲気に理解が及んでいないようだった。私が口を開こうとした矢先、マイヤードが先に口を開いて――。
「お、王妃様……酷いです……。私のことが気に食わないからって……」
「あなた、何を言って――」
「王妃様!!」
あんまりな嘘をつこうとしたマイヤードに、言い返そうとした瞬間。
廊下側から、聞いたことのない男性の声が私を遮った。その男性の方へ、マイヤードも私も視線を向けた時。すぐにマイヤードが縋るように声を出し――。
「宰相様……っ!」
まるで悲劇のヒロインかのような振る舞いをするマイヤードに、すぐさま宰相は駆け寄り、私から庇うような姿勢を見せた。
「マイヤード嬢、怖かったでしょう……。王妃様。いくらなんでも、目に余ります!」
「だから、私は……」
「事の重大さを鑑みて、王妃様を今から審問会で追及いたしますっ!」
宰相は、私を指さし言い放った。それと同時に、宰相に庇われているマイヤードが目に入る。
彼女は私の方をみて「ざまあみろ」と言わんばかりの表情で、笑っていた。その表情を見た私は、ピキリと自分の中で怒りが明確に音を立てたのが分かった。
(よくも、やってくれたわね……!)
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