第18話 すがすがしい朝



朝起きて、ここまで清々しい気持ちになったのはいつぶりだろうか。


というのも、数日前の広間での一件があった日以降、周囲の変化が目に見えて起きていた。特に見えたのは――。


「王妃様、おはようございます。洗面台の準備ができていますが、いかがでしょうか?」

「ええ、行くわ」


私の部屋付きの使用人たちの態度が、やや軟化したことだ。


ただこれはあくまで、表面上の話になる。今までが不愛想に機械的に行っていた彼女たちは、広間で見た光景ゆえなのか――こちらを窺うようになったのだ。


ただ相変わらず、朝食の時間には部屋内に常駐している……が。


私が「見られていると食べにくい」ことを伝えれば、視線を外したり――こちらに配慮して退出してくれるようになったのだ。


(まぁ、言わないと……基本的には何もしないのだけれども……)


少し気にかかることは残っているが、概ね問題はない。使用人に案内をされて、顔を洗いながら……「初めの頃よりも一歩前進」していると思った。


それに、今までは部屋の外に見張りや護衛の騎士がいない状況だったのだが、ついに……ついに配属されるようになったのだ。それもこれも専属騎士となった――。


「おはようございま……あ、取り込み中でしたか?」

「いいえ、大丈夫よ。セイン」


洗面所の外から、セインの声が聞こえてきた。


そう、こうして真面目に毎朝、私への挨拶を行ってくれるセインのおかげで私の待遇はかなり改善された。


というのも、専属騎士になった際に、私の身の回りの状況をあらためて把握したらしく……まさか夜中に部屋付きの護衛騎士が配属されていないとは思ってもみなかったようだった。


そして、そのことを知ったセインの顔は、すごかった。


その日中にセインは急いでどこかへ向かったかと思うと、すぐに部屋の前で待機する騎士が来てくれるようになったので、セインを専属騎士に選んで本当に良かったと思ったのだ。


(それに専属騎士が、騎士階級の中でも高いほうに属していたのは初耳だったわ)


専属騎士の誓いを結んだ日に、レイヴンが大まかな概要を説明してくれた。


セインはレイヴンに自分の意思で専属騎士になることを伝えてはいたが、レイヴン的には今まで悪行を重ねていた王妃のもとに遣わせるのが、まだ心配……といった気持ちが見て取れた。


その際に、騎士における「専属騎士」は上官よりも位が高く――階級が下の騎士に命令ができる立場になるのだと聞いた。


(だからマルーは、あんなにも嫌がっていたのね……)


ずっと不当に虐めていた騎士が、自分の上につくのは許せなかったのだろう……そう思いながら、私は来てくれたセインに応えるために、顔を拭いて身支度を整えて彼のもとへ向かう。


「今日も来てくれて、ありがとう。助かっているわ」

「いえ、私はすべきことをしているだけですから」


優しくほほ笑みながら、セインは返事をした。


専属騎士だから、私の身の回りに控えているのが仕事なのかもしれないが――朝に起こしに来る使用人たちとほぼ同時刻にやってくるので、彼の熱心さが窺えた。


(てっきり、私が支度を整えてから来るとばかりに思っていたから……でも、この世界ではこれが一般的なの……かしら?)


小説内でも専属騎士が登場していたシーンがなかったがために、その存在の名前は知っていても実際の内容は知らなかった。


でもセインが来てくれるおかげで、使用人たちの身勝手な行動の引き締めにもつながるのだから得しかない。


「あ、そういえば……事前に渡すと言った給金は届いたかしら?」


私がセインに気になっていることを問えば、セインは問題ないとばかりに……。


「はい。昨日、王宮財務局から支給いただきました。こうして取り計らってくださり、本当にありがとうございます」

「ううん、むしろ約束したのは私の方からだったからね。ちゃんと届いていたのなら良かったわ」


セインに約束していた5倍の給与を、先んじて支給するようにと――レイヴンから説明を受けていた際に、併せて給与支払い体系についても聞いておいたのだ。


その質問をした私にレイヴンは疑問符を浮かべていた様子だったが熱を入れて「教えてほしい」と願い、「早く、専属騎士のための行いをしたい」と言えば王宮財務局までレイヴンが案内してくれたのだ。


レイヴンがやってきた手前、私を蔑ろにできない王宮の文官たちは、「専属騎士であるセインの給金を今よりも5倍にしてください」という王妃命令を、ちゃんと受け付けてくれていた。


そしてセインの話から、ちゃんともらえている様子だったのでホッとする。


「お気遣い、本当に感謝いたします。その……」

「うん? どうかしたの?」

「私事で恐縮ですが、給金を頂けたおかげで……やっと病気を患っていた妹を医者に診せることができそうです。だから、あらためてお礼を言わせてください」


セインはそう言うと、深々とお辞儀をして感謝を伝えた。


まさか妹がいることを、ここで言ってくれるとは思っていなかったため、一瞬虚を突かれたような感覚だったが――こうして彼が、彼自身のことを語ってくれたことに嬉しさを感じた。


(初対面の頃よりも、信頼してくれていたら――嬉しいわね)


私はセインの話を聞き、彼にとって良いことが起きそうだということに、自然と笑顔を浮かべながら。


「そうだったのね。あなたの妹の快癒を祈ってるわ」

「……!」


そう彼へ話せば、彼はなんだか目を見開いてこちらをじっと見つめて――言葉を失っているようだった。いったいどうかしたのかと、私が慌てて声を上げてれば。


「セイン……?」

「あ、いえ……何でもありません」

「?」


セインはすぐに返事を返したものの、都合が悪いのか視線を下に逸らしていた。


いつもより、顔が赤いようにも見えたので、もしかしたら連日、私のために取り計らって動いてくれていたから――過労によって体調を崩しているのかもしれないと思い、彼に体調が悪ければ今日は休みでもいいと提案したところ。


「問題ありません! 大丈夫です!」


勢いよく、そう返されてしまった。


そのこともあり――本当に体調が悪くなったら素直に言ってほしいと伝えるだけにとどめることにしたのだった。


(それに今日は――セインには、近くにいてほしいわ)


そう、本日はノエルのマナー授業が再開する日となっていた。専属騎士の誓いの件もあり、思ったよりあっという間に一週間が過ぎた。


しかしその間に、教育虐待を行っているマイヤードに関する対策を考えて――ノエルのために、必ずや成功させないといけない。


「今日は……朝食を摂ったら、マナー授業の部屋へ向かうわ。セインも付いてきてね」

「はい、承知しました」


マイヤードに対して並々ならぬ感情を抱きながらも、コンディションを整えるために朝食を食べる。


そして朝食を食べ終えたのち、昨日、あらかじめ準備をしていたポーチを手に持って、ノエルの授業部屋へ向かうことにした。



■ジェイド視点■


「も~、最近は騎士たちの風紀を改めるので、忙しいったらありゃしないわね~」

「……」

「アタシも忙しいけれども、国王サマも忙しいようね?」


いつものように、日々溜まっていく政務をこなしていれば――朝早くから、腐れ縁のレイヴンが執務室に押しかけてきた。


ノックもそこそこに強行して入ってくる自由気ままなこいつに、頭が痛くなったのは仕方ないだろう。


「早くに来れなかったのは申し訳ないけれど、こんなに騎士団内が腐っていたなんて……アタシ、本当に悲しくなっちゃうわ」

「……レイヴン。雑談をしに来たのなら、部屋から出て――」

「王妃様が専属騎士を付けたってことは……もう、知っているわよね?」


レイヴンに「出て行け」と言い終わる前に、部屋へ来た目的をレイヴンが話す。その内容を聞いて、そういえば、この前新たに配属された補佐官からレイラに関する報告を受けていたのだ。


「ああ、知っている。まさか、形骸化した法を利用するとは、な。誰かから悪知恵を貰って、悪用する可能性がある――横暴な態度だと……」

「そう、あなたは部下から聞いたの?」

「ああ、もっと酷く訂正される内容があるのか?」


フォン伯爵の件に続けて、後日、報告された内容はレイラのワガママがあったということだった。ただ違反行為があったわけではないため、彼女を裁くことはない。


あくまでその場にいた騎士たちに聞き取りをした内容を聞き、頭にとどめている状況だった。


「……まったく、まだ躾がたりないようで、アタシは悲しいわ……」

「なんだ?」

「はぁ。私だってあの王妃様のことは信頼していないし、評判だって仕方のないものだと思ってたけど……」


レイヴンは、レイラがこの国へ嫁いできた日から、彼女に対していい感情を持ってはいなかった。レイヴン曰く、乙女の第六感だとかなんとか言っていたが……つまりは、彼はレイラを嫌っていると認識している。


そんなレイヴンが歯切れの悪い様子になっているのを知り、促すように俺は声を上げた。


「けど――どうしたんだ」


そう言葉を紡げば、レイヴンは一回頭をクシャッと掻いてから「あ~~」と声を出し。


「彼女をアシストするのは癪だけど! でも公正でないのはもっと癪なのよね!」

「は?」

「最近会った騎士団内の腐敗を教えてくれたのは――レイラ王妃様だったわ」

「……っ!?」

「信じられないでしょうけど、アタシがこの目で見たことよ」


レイヴンの言葉を聞き、俺は動揺してしまう。レイラが、騎士団内の不正を明るみにしてくれたなんて報告はなかった。


もちろんフォン伯爵の苦情の時ですら、意見の食い違いがあったがために、補佐官を新しくする人事も行った。


(まさか、俺が把握できていないことが起きている?)


レイラの態度の変化は未だに信じがたいことで、あくまで事実ベースで彼女を判断するほかなかった。


しかしその事実が歪められている可能性があるのであれば、話は変わってくる。つい、考え込んでしまっていた俺に、レイヴンは続けて声をかけてきた。


「王宮内の見えないところが、増えて行っている」

「!」

「アタシも、ジェイドも――ちゃんと見なくちゃいけないわよ」

「……」

「それと、ノエルにだって……あなたはもっと父親として――まぁ、今日はいつもの小言はなしね」


レイヴンは言いたいことを言い終えたとばかりに、執務室から出て行こうとする。


「事情があるのも知ってるし、忙しいのは分かるけれど……おろそかにしては――いけないこともあるわ。じゃあ、またね」


レイヴンはそう言って、部屋から出て行った。そして執務室には、俺一人が残される。


「おろそかに……してはいけない……」


無意識のうちに、俺の口から言葉が漏れていた。



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