第17話 専属騎士の誓い



「そして王妃様への無礼な振る舞いに関しましても……お詫び申し上げます」


レイヴンはレイラのことを嫌っていたはずなのに、彼は自分の非をすぐに認めて態度を切り替えた。そんな姿から、彼の騎士団長としての器を垣間見た気がした。


誰しも自分が嫌いな相手には、私情が出てくる。


しかしこうも公私混同をせず、きちっとした態度で振る舞う彼を見て、私は最初の恐れはどこへやら――。


「確かに騎士団によって、困惑はありましたが――私の至らなさもあったように思います」

「え?」

「謝罪は受け入れますが……むしろこの場をまとめてくださった閣下に、感謝を申し上げます――ありがとうございます」


私が素直な気持ちでそう言葉を紡げば、まるでハトが豆鉄砲をくらったような顔つきで、こちらをじっと見ていた。


そんな最中に、気分を明るくさせる声が私の耳に飛び込んできた。


「お母様……っ! その……」

「ノエル……!」


ノエルは私に声をかけたかと思うと、おずおずとこちらへやってくる。周囲をキョロキョロと見渡し、今なら声をかけても邪魔じゃないだろうか……とこちらを窺うように下から視線を向けてきた。


その姿はまさしく上目遣いというやつで……あまりの愛らしさに、私の胸はぎゅっと掴まれてしまう。


「僕……何もできて、なくて……お母様、大変でしたのに……」

「っ! ノエル! そんなことはないわ! ノエルが来てくれたおかげで、状況はだいぶ変わったのよ!」

「本当ですか?」

「ええ! もちろん閣下が場を鎮めてくだったけれども、ノエルも私の声を聞きつけてすぐに来てくれたのでしょう? 気づいてくれて、ありがとう」

「……っ! はい……!」


私の言葉を聞いたノエルは、パアッと花が咲いたように笑顔を浮かべた。


その表情を近距離で見ることになり、私の胸のキュンキュンは止まらなくなる。必死に理性を総動員して、ノエルの可愛さを受けて倒れてしまいそうになるをぐっと堪える。


「本当に、彼女が……あの王妃様……?」


ノエルと私の会話を聞いたらしいレイヴンが、信じられないような声を上げているが――そんな声に気をやる余裕を私は持っていない。


顔の締まりが緩くなっていく中、近くで控えていたセインが咳ばらいをした。その声に、私はハッと我に返った。


「……王妃様、せっかく団長がいますので――このまま儀式をお願いしましょうか?」

「あ……!」


セインの言葉を聞いて、私がこの場に来たのは専属騎士の誓いのためだったことを思い出す。


ノエルの愛らしさに胸をキュンキュンさせるのに、意識が持っていかれすぎていた。


そんな気持ちを、私の表情から読み取ったのか、セインは呆れたようにため息をついてから、「王妃様は素直な方ですから、仕方ありませんね」と言ってから。


「団長。というわけですので、専属騎士の誓いの儀式を行わせてください」

「……」

「上官と同じく、異論がああるようでしたら……」

「いいえ、ないわ。セイン、専属騎士になるということは、これからは王妃様の言葉が絶対になるわよ。いいわね?」

「はい。問題ありません」


セインはレイヴンの真意を見極めるように、声をかけていた。


そんなセインをはじめは無言で見つめていたレイヴンは、セインの言葉に否定の姿勢は出さず――儀式の執り行いの承諾をしてくれた。


「ちょうど騎士団の団員は――意識の有無は置いておいて、揃っているからね。ここで執り行うわよ」

「かしこまりました。王妃様、私の前へ来てくださいますか?」

「お母様、僕がその場まで案内しますね」

「え? 前に行くだけ……ううん。案内、ありがとうね。ノエル」


すぐそこの距離だったため、ノエルの案内はなくとも行けそうだったが、こうして自分を気遣ってくれる優しさが嬉しすぎて、彼の提案を受け入れることにした。


ノエルは私の言葉を聞いたのち、手を引いてその場までエスコートをした。


するとセインと向き合う形になったかと思えば、彼は自身の剣を腰から外して床に立てるように構えると――そのまま跪いた。


そんなセインと私の間で見守るように立っているレイヴンは、見守るようにじっと見つめていた。私の背後からも、ノエルがエールを送るように見守ってくれている。


「……騎士セイン。ここに忠誠の志を王妃――レイラ・ユクーシル様へ捧げることを誓います」


そう真っすぐと言葉を紡いだセインは、私の言葉を待つように視線を向ける。


「あなたの忠誠を信じているわ。これから、よろしくね――セイン」

「はい……!」


私がそう言葉をかければ、セインは嬉しそうに微笑みを浮かべていた。そして少しの間、彼と視線を交わしていれば――レイヴンが、声をあげた。


「ここに専属騎士の誓いが執り行われたことを宣言する!」


レイヴンの言葉を聞いたのち、無意識のうちに入っていた緊張のコリがほどけた気がした。セインにも楽にしていいと伝えていれば。


「お母様、すごく凛々しいです……!」

「ノエル! 褒めてくれてありがとう」


ノエルが嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。無事に専属騎士の誓いが終わったことに、安心するのと同時に、ノエルのためにやれることを少しずつ進められている感覚を持った。


そんな私とノエルに視線を向けていたレイヴンは。


「今日は、こうなったけれど――いついかなる時も、アタシは王妃様の振る舞いを見ているからね」

「は、はい」


そう宣言したレイヴンは、私の方へ近寄ると耳元で「その態度が演技なのかどうか、見定めるわ」と宣戦布告のように囁いてきた。


その言葉を聞いた私は、先ほどの恐怖がまた戻ってきたようで。少し噛みながらも「ひゃ、ひゃい……」と言うので精いっぱいだった。


「も~! レイヴン様、お母様にそんな圧をかけないでくださいっ!」

「ノ、ノエル、けれど、これはあなたを思ってのことで……」


レイヴンと私の会話する姿を見ていたノエルは、ぷくっと頬を膨らませてレイヴンに抗議をしているようだった。


そんなノエルにたじたじになっているレイヴンは、気を逸らすようにセインのほうへ視線をやり。


「セ、セインちゃん! これで儀式は終わったのだから、今からあなたは王妃様の側につくのよ。分かった?」

「はい、承知しました」


いつの間にか、剣を腰に戻していたセインはレイヴンの言葉にしっかりと答えた。そんなに早く、専属騎士は配属されるのかと今になって現実味を感じた。


しかし呆けている時間はないので、セインに約束した報酬といった条件を必ず整備せねば。


(今日の騒ぎもあったことだし、使用人たちは素直に言うことを聞いてくれそうね)


今日の喧騒を見ていた使用人たちは、普段目にしない騎士たちの圧を間近に見ていたこともあり……広間の隅で身を寄せ合って震えている様子が見えた。


いつもはあんなに機械的な答えしかしない彼女たちの感情を、今日はいっぱい見れた気がする。


嫌われている王妃だった私が専属騎士を得たこと――これは彼女達へのいい刺激になるはずだ。少し心がすく思いもありながら、セインに約束は忘れていないと伝えるために、彼の方へこそこそっと近づき。


「セイン……! ちゃんと給与は今のものより5倍にするからね……!」


彼にだけ聞こえるように伝えると――セインはキョトンとした顔つきになってから。


「ええ、楽しみにしてますね。我が主」

「っ!」


近づいた私に、さらに距離を縮めて耳打ちをしてきたのであった。そんな彼の振る舞いに、脳の処理が追い付かず固まっていれば。


「セイン! お母様は尊い王妃様なんだ! だから、距離をちゃんと持つように!」

「おや、申し訳ございません」


ノエルが、私の代わりにセインへ声をかけ――私とセインの間を割るように身体を差し込んで、手を広げてガードしていた。


セインの距離感には驚かされてしまったものの、きっと西洋のスキンシップ文化なるものと似た文化が、この世界にもあるのかもしれない……と思うことにした。


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