第16話 公爵レイヴン
レイヴンの登場に、マルーはおろか周囲の騎士たちも目が釘付けになっている。
そしていち早く、マルーが正気を取り戻したように、レイヴンに敬礼したかと思えば……。
「閣下に、ご挨拶申し上げます!」
威勢よく、マルーは挨拶を告げる。すると周りの騎士たちも続けて、マルーに倣って挨拶をしていた。そう、レイヴン・オズワルドという人物は、ユクーシル国の国王に次ぐ権力を持っているからだ。
それは公爵家という身分だけでなく、騎士団をまとめ上げれるほどの剣の腕前に、周囲からの圧倒的な支持を受けている。
(そんなレイヴンは、最後にジェイドじゃなくて――ノエルにつくことを選んだ)
私の中で一番印象深いのは、レイヴンが現国王であるジェイドではなくノエルの味方になったという経緯だ。
レイヴン自身、ジェイドとは幼馴染のような仲で、何でも言いあえるのだと――ノエルに語っていた。
しかし終盤では、ジェイドの振る舞いを見て幼馴染として正すことも必要だと言って、ノエルの味方を選ぶのだ。
しかもノエルには、ジェイドの息子以上に兄のようにも接してきて……ノエルが幼い頃から陰ながらにサポートを惜しまなかったという人物。
(ノエルの数少ない味方の――最後の一人……ね)
執事のネスと公爵のレイヴンがノエルの味方となって、ユクーシル王宮で逆境を乗り越えていくのだ。
ただレイヴンは、公爵という立場のため常日頃からノエルを見守ることはできず、限られた時間の中で助け船を出してくれていたのだ。
私がレイヴンに関して思い出していれば、マルーが機嫌を取るようにレイヴンへ話しかけていた。
「閣下、確か本日は――こちらの集会には不参加だと聞いておりましたが……」
「ええ、そのつもりだったわよぉ? 愛おしいノエルの剣術を見てあげる日だったからね」
レイヴンはノエルに優しく微笑みかけたのち、私の方へ視線を向けると――ギロリと冷たい眼差しを送ってきた。
その眼差しを受けて、私は蛇に睨まれた蛙のような心地になる。
(ノエルの最大の味方にして――レイラを最も嫌う人なのよね……)
レイヴンの眼差しを受けて、彼の情報として特筆すべきことを思い出した。
ノエルを可愛がるレイヴンにとって、レイラは敵そのものと言って過言ではないほどの存在なのだと、小説でも描かれていた。つまり、私を現在進行形で嫌悪しているという訳で……。
けれど今までしてきたレイラの振る舞いは、私もレイヴンと同様に許せない気持ちがあるため、彼へ文句を言うのもなんだか……と思ってしまう。
ただ挨拶をしないのは失礼にあたるので、レイヴンと視線があったことをきっかけに……カーテシーを行って言葉を紡いだ。
「閣下に、ご挨拶申し上げます」
「……ふん。挨拶を受けるのに不愉快なこともあるのね」
「……」
「まさかこの騒ぎはあなたの責任で……」
「いいえ、王妃様のせいではありません」
「セインちゃん……?」
レイヴンが驚いたように声を上げるのと同時に、背中に隠してくれるようにセインが私の前に出てきた。
そのままセインは、レイヴンとしっかり視線を交わして。
「ああ、挨拶が遅れました。団長、おはようございます」
「……ええ、おはよう。それで、どうしてこの騒ぎになったの? ノエルに気分転換でいつもの道ではなく、広間の廊下側から外へ向かおうとしたら――王妃様の大声が聞こえきたの」
「はい、大声があったのは間違いありません。それは――上官マルー殿に、王妃様が私のために言ってくださったお言葉です」
「あなたのために……?」
「セイン、貴様! 嘘も大概に……っ」
「黙りなさいっ! マルー! アタシは今セインに聞いているの!」
「は、はい……っ」
マルーがレイヴンに叱られて怯えているのに対して――セインはレイヴンを前にしても、一切焦りを見せていない様子だった。
そんな彼を見ると、他の騎士たちの雰囲気と明らかに違うように思った。確かに昨日は、大胆なことを言える不思議ちゃんなのだと思っていたが、想像以上に肝が据わっているというか……。
「それで、あなたのためにっていうのは……具体的にどういうことなの?」
「はい。本日、王妃様の専属騎士に着任する旨を、上官に報告したところ……下賤な平民の言い分は聞けないと一蹴されました」
「はぁ!? せ、専属騎士ぃ!? しかもマルーが一方的な物言いを!?」
「専属騎士になるのには、王妃様の承認があればいいと国の法律で見たことがあるのですが……」
「それはそうだけれども……っ。まさかセインちゃん、無理やりに……!?」
セインの言葉を聞いたレイヴンは、セインに庇われている私の方へ鋭い視線を向けてくる。王妃によって、騎士団の騎士が奪われるのが嫌なのかもしれない。
追及してくる視線に思わず、身体を震わせていれば……セインがよりレイヴンから隠すように、身体を動かした。
「王妃様は今回の件で悪くはありません……専属騎士においても、強引にではなく――私の意思で希望したことです」
「……そう、だったのね」
「はい」
「取り乱してごめんなさいね。報告を続けて」
「続けます。専属騎士になるため、騎士団内での誓いの儀式を執り行うと申し出たところ……上官に、先ほどの言葉を投げかけられ、頬を殴打されました」
「はぁ!? セインちゃんのほっぺたが赤いのは、そのせいだったの!?」
「……しかし、その音を聞いてすぐさま駆けつけてくださったのが王妃様です」
「……え?」
「上官から庇ってくださるように、私の前に出て――私を気遣い……上官に異を唱えてくださいました――以上です」
セインの報告が終わると、その場はシーンと静まり返った。
マルーはレイヴンの反応を気にしているようで、あわあわと恐れおののいている。そんな中、レイヴンは一度自身の髪を手でかきあげたのち。
「マルー……」
「は、はい……」
「アタシ、言ったわよね? セインちゃんはアタシ自ら、スカウトして騎士団に入ってもらったこと。身分ゆえに不当な扱いを受けさせないようにって……」
「えっ……それは、その……」
「ここにいた騎士たちにも告ぐ! セインが暴言を受けていたというのは本当か!? 正直に答えよ!」
「ひっ……」
「アタシの妖精に嘘は通らないわよ?」
レイヴンは、地面に響くほどの鋭い声を出す。
すると周りに伝播するかのように、声を受けた騎士たちはビビッと震えを起こしているようだった。
(それにしても、レイヴンに目をかけていた騎士がいて――それがセインだったなんて)
小説内では語られていなかったことだった。というのも、セインが終盤相対したのはノエルだった。一方のレイヴンはノエルを先に行かせるため、大勢の騎士たちの相手をしていたのだ。
そのため、後になってノエルと合流した際に、倒れているセインを見て悲しそうな瞳を向けていた――その理由が、今わかった。
ただの同僚としてだけでなく、気にかけていた存在ならば、その悲しみは計り知れないほど大きかっただろう。
セインとレイヴンの関係性に切ない気持ちを持ち、どうかこれからはそうした未来にならないといいな……いや、ノエルの闇落ちに絡んでいるのだから、阻止しないといけないわね――と気合を入れていたところ、セインが私に声をかけてきた。
「王妃様、もう大丈夫ですよ」
「……え?」
「ほら、団長が場をおさめてくださいましたから」
「!」
セインに促されて、広間の中央に視線を向ければ――レイヴンによって罰を与えられたのか、複数人の騎士たちとマルーがその場でのびている様子が分かった。
レイヴンはやり切ったとばかりに、一息をついてから、あらためて私の方へやってくると。
「この度は躾のできていない騎士のせいで、ご不便をおかけし――申し訳ございませんでした」
レイヴンは私に深々と謝罪をしてくるのであった。
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