第15話 息子の心配



幼さを感じさせず、プレッシャーを放つノエルに促されて、ネスは口を開いた。


「はい。夜中にお部屋から出て行かれた王妃様の後を、気配を消して尾行いたしました」

「……それで」

「……王妃様は、平民騎士セインと面会し――専属騎士になるよう会話をされていました」

「専属騎士……」

「セインは、王妃様のご提案に肯定を示し……明日、正式に専属騎士の誓いを行うとのことです」

「ふぅん……」

「お二人の会話はここまででしたので、その後は“風の力”で、城内へ先に戻り――王妃様のお部屋からのルートにおりました城内の使用人・騎士たちと王妃様が出会わないように、物音などで進路を変更させていただきました」


ネスは、己が見たことと行動を冷静に話している。そして報告の最後としては――。


「そして、先ほど王妃様は無事にお部屋に戻られたのを確認しまして、ここへ来ました」

「……ご苦労だった」


ネスの報告を聞いたノエルは、考え込むように頭に手を置いてから――「ふぅ」と一回呼吸を整える。その所作に、なにかやらかしてしまったかとネスがピクッと反応を示せば……。


「……お母様に」

「は、はい……?」

「お母様にもっと頼られたいのに……」


ノエルは、切なそうにうるうると視線を下に落としながら――熱を込めてそう語った。その内容を聞いたネスは、固まったようにノエルを見るのみ。


「専属騎士を、他の権威とは限りなく低い者を選んだ……その慧眼――さすが僕のお母様だ……! しかもセインは、実力者だと聞いている――けれど」

「……?」

「お母様に、頼られるのは僕がいい! もっと僕にお願いしてほしい! 他の人に頼るなんてやだよ~!」


先ほど放っていたプレッシャーはどこへやら、ノエルはぷくっと頬を膨らませながら拗ねた。その様子を見たネスは、相も変わらず戸惑いゆえなのか、固まってしまっていた。


「確かに、今は“大人の権力”が必要だ……しかも、お母様の側に安全な者は置いておきたい」

「……」

「けれど、僕に権力が回ってきたのなら――」


ノエルは自身の手を見つめながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。ノエルの表情に、ネスは何も言えないまま――ただ見つめるだけだった。


「早く、大人になりたいものだな」

「……」

「明日――専属騎士の誓い、か」


何かを確認するかのように、ノエルはポツリと呟いたのであった。



■レイラ視点■


セインと会話をし、手に土がたくさん付いた昨日が明け――翌日。私は、使用人からの視線をあびながらも、朝食を摂っていた。


昨日、たくさん運動(土堀り)をしたため、お腹がいつもよりも空いていた。ゆえに、使用人の視線など気にせず、パクパクと食べる手を止めずに自分の食欲を満たしていた。


(それに今日は、専属騎士の誓いを行うから……体力はあったに越したことは無いわ)


専属騎士の誓いで、私が特段何かをすることは無いのだろうが、身体が元気であれば――その儀式への意気込みもよくなるはずだ。


そう、自分を納得させるように朝食をたべたのち。


使用人たちに、食べたことを告げて片付けてもらう。そして少しの休憩を挟んでから、スッとその場から立ちあがって、自室の扉の方へ向かうと――私の後を慌てたように使用人たちが、付いてきて。


「お、王妃様! どこへ向かわれるのでしょうか?」

「……広間よ」

「え……? 広間ですか? 確か、今日は――もうすぐ騎士たちの集まりが……」

「ええ! 問題ないわ! そこへ私は今から向かうの!」


使用人たちが、訝し気に私の方へ視線を向け聞いてきた内容に、私は堂々と答えた。何もやましいことはないし、悪いことをしていないのだから当然だ。


まぁ、昨日は密会をする羽目になったが、今日こそ私の未来の目標のために行かねば、と――後ろから慌ててついてくる使用人たちを率いて、王城の広間へと私は向かう。


長い廊下を越えて階段を下りれば、舞踏会などで使用される大きなホールに続く扉が見えてきた。


その扉を、相変わらず私の行動に疑問を持っていそうな使用人たちが開けると――大きなシャンデリアに、華美な装飾が施された空間が私を出迎えた。


そしてその広間内には大勢の騎士がいて、私が入ってきたことに気づいていないようだった。


(あら? 音に気づいていないのかしら?)


なんだか奇妙に思いながらも、騎士たちの方へ一歩近づいていこうとした瞬間。


「セイン! ふざけたことを、ぬかすでないっ!」

 

――バチーン!


大きな殴打音と共に、「セイン」の名前が呼ばれていた。


そのことにハッとなり、視線をそちらに向けると、騎士たちの隙間から見えたのは、怒り心頭な騎士に面と向かうセイン。


そして頬には赤い腫れができている。その状況に理解ができずに、思わず「ちょっと!」と割り込もうとする私の声をかき消すように、怒っている騎士が――。


「お前は、ただの下賤な平民なのだ! それなのに、あの嫌われ者――といっても身分は王妃の専属騎士だぁ? 何、寝ぼけたことを言ってやがる!」


怒っている騎士の言葉を聞いて、私は今の状況がスーッと理解がいった。なるほど、セインが専属騎士になるのを、あの騎士が一方的に拒絶しているようだ。


昨日、確か彼は上官に報告すると言っていたのだから、あの騎士はおそらく上官のはずだ。


しかしそんなことは、どうでもいい。今こうした理不尽を許容する空気が、セインに、私に、ノエルに降りかかって来るのだ。


「何が、寝ぼけたことですって? セインは何も間違っていないわよ」


プツンと何かが切れた感覚を持ちながら、私ははっきりと通るように声をあげた。


「えっ、ど、どうして王妃様がこちらへ……」


まさか王妃がここに来るとは思わなかったとばかりの表情を、上官は浮かべていた。


そしてそれを見ていた周りの騎士たちも、私の登場に驚愕していたようだが……私が「道を開けなさい」と言えば、無意識のうちなのか、サッと退いてくれた。


そしてあの上官のいる方へツカツカと向かえば、セインが目を見開いて私を見つめていた。


私はそんなセインに近づき、彼の赤くなった頬にそっと手をあてて。


「痛くない? 大丈夫?」

「え、ええ……」

「王妃様っ! これは騎士団内の問題です! 勝手に――」

「何が問題なの? そもそも、あなた私を侮辱したわね?」

「ヴ……そ、それはその……しかしそれよりも! こいつが嘘をついたのだから悪いのです。上官である私、マルーにこんな非常識なことを……」


目の前の上官・マルーは、はじめオドオドとしながら言い訳をしていたが、徐々に全てはセインが悪いと言わんばかりの口調になって、声を荒げていた。


(マルーなんて登場人物……小説で見たことないわ……けれど――)


小説では出てこなかった脇役なのだろう。しかし、この言動を聞けば出てこずともマルーの性格はよーくわかった。弱いものを虐げ、名誉心に溺れている者。


反吐が出そうな嫌な登場人物だということは説明がなくとも、頭で理解した。


「セインは嘘をついていないわ。だから私が、ここへ来たのよ。だから、早く専属騎士の誓いを行わせて」

「は、はい……? 誠のことで……? いや、ですが――専属騎士というのは、しかるべき承認が必要でして……」

「はぁ? しかるべき承認って何よ? 王妃以上に必要な承認があるとでも?」

「お、王妃様はご存じではないのかもしれませんが、騎士には騎士の守るべき規律がありまして……」


私を前にして言い訳を並べるマルーは、王妃の命令を受け付けないとばかりにやんわりと言葉を並べてくる。


専属騎士の誓いに、王妃の承認以上に必要な手続きはない。上官に必要なのは、報告とその儀式を騎士団内に知らしめるだけだ。


それなのに、目の前のマルーは「あーだこーだ」と言って、私を出て行かせようとしていた。


(この人、私をバカにするだけじゃなくて、私よりも格上だとでも言いたいのかしら?)


マルーが私を拒否しているため、上官に従う立場の騎士たちは戸惑っている様子で、ただこちらを見守るのみ。


きっと私を侮辱したことでさえ、周りは口を噤ませることができるゆえに――こうも大胆な行動ができるのだろう。


周囲にいる騎士たちはもちろん、私の世話を任されている使用人たちでさえ……。こうして王妃を軽んじる空気があるために、こうもままならないなんて。


(これじゃ、埒が明かないわ……)


言葉は丁寧さを保ちながらも、頑なに私の声を聞かないマルーに悪戦苦闘していたその時。


「お母様~! 大きな声が聞こえましたが、どうしたのですか?」

「ノエル……!?」

「で、殿下……!」


広間の扉から、聞こえてきた声に私は思わず視線を向ける。


それはマルーも同じだったようで、ぎょっとした様子で目を見開いていた。そしてノエルを見た私は、ノエルと共に執事のネスともう一人の人物が入ってきたことに気が付く。


「騒がしいのは、やーよ?」


ノエルの後ろにいた人物は、騎士の鎧をまといながら逞しい身体を持ち――たれ目でシュッと整った顔を持っていた。


そしてその瞳は赤く輝き、藍色の長髪が美しくたなびいていて……。彼の美貌を見た瞬間に、私はピキーンと見覚えのある人物を思い出す。


王宮の騎士のトップであり、ジェイドに忖度なく物申す公爵――レイヴン・オズワルド。


(どうして、彼がここに――!?)


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