第14話 跪く意味
セインの突然の行動に、私は思考停止してしまう。
なぜ彼はこんなことをするのだろうか。セインに呆れられるならまだしも、こうした礼儀を尽くされるきっかけなんてあっただろうか。
そういえば自分が王妃だということを、すっかり忘れてセインの方をじっと見つめれば。
「……王妃様を笑ってしまいまして、申し訳ございません」
「い、いえ……」
「しかし、こうしてご自身を見せてくださった王妃様に――私は応えたいと思いました」
「……え?」
「王宮内の噂で、私は王妃様を一方的な考えで断じてしまっておりました……が、王妃様は私自身を見てくださっていたことを知り――自分がこのままでいるのは、不義理のように思いました」
なにやら先ほどの私の失態は、セインの警戒を解くきっかけになったようだった。その代わりに私の自尊心が犠牲になったのだが……。
「これほど、素直に笑ったのは――いつぶりでしょうか……それほどまでに、王妃様の言葉は真っ直ぐと私にきました」
「そ、そうなの、ね」
「ええ、ですから……専属騎士という提案を、承ってもよろしいでしょうか?」
「っ! えっ、その、ちゃんと考えてからでも……」
「ふふ、ご心配なく――ちゃんと考えたうえで、今、王妃様に誓いたいと思っております」
セインは優雅な所作で、私の手をすくい……頭を垂れた。その流れるような動きは、騎士が唯一の主にすべてを捧げる礼儀そのもので。
(未来でジェイドに誓った所作と、一緒の……!)
口頭で誓ってくれれば、それでも構わないと思っていたが――こうも礼儀を重んじるセインの姿に目を奪われてしまっていた。そんな彼の想いに応えようとして。
「ありがとう、セイン。これからよろしくね」
「はい。王妃様、よろしくお願いいたします。しかし……」
「しかし……?」
「専属騎士の誓いは上官にも報告してから、正式に拝命できるものでして……明日、王城の広間にて騎士の集会がありますので、王妃様に来ていただきたく存じます」
セインの言葉を聞いて、私はハッと気が付く。そうだった、セインを勧誘するのに必死で、それ以降のことがおざなりになっていた。
専属騎士というのは、格式が高く――騎士にとっての誉れであり、仕えるべき主君が生まれる瞬間。
ゆえに、ここで命令したとて、翌日すぐに専属騎士になれるわけではないのだ。騎士団内でも、私の専属騎士にセインがなったということを示さなければならない。
「王妃様は、顔にすべてが表れるようですね? どうか明日は、凛々しいお姿にてご来場くださいね?」
「えっ、あ、わ、分かったわ」
セインと約束を交わし、その場をあとにしようと思った時。
強い風がザアアッと、上空を吹きぬけた。その強風に髪が顔にかからないように、私が手で押さえていれば――セインは、風が吹いていた上空を見上げていた。
「……王妃様にも、ちゃんと味方がおられるようですね。安心しました」
「え?」
「見えなくとも――感じられますので……」
私の前に立つセインは、何か訳知りな顔をしながらニコッとほほ笑んでいる。しかし私にはその一切が分からないため怪訝な顔をしていたが――それでも構わないとばかりに、セインは続けて口を開き。
「それでは、私は今日の業務を終えましたので……また明日、お会いしましょう」
「え、ええ……また」
別れの挨拶をして、颯爽とその場から立ち去って行った。そんなセインの後姿を、じっと見つめながら。
(セインって……意外と不思議ちゃんだったんだ……)
頭の中には、小説内では見たことのなかった彼の表情が思い浮かぶ。それと――。
(意外と大胆不敵っていうか――ズケズケいうタイプだったわね……)
セインから「嫌われている」王妃だと言われた際には、自分が慌てていたため反応が返せなかったが、よくよく思い出してみると、かなりのことを言っていた。
セインは私が真っすぐ話してくれたと言っていたが、それ以上にセインの方が、グサッと切り込むように話してくれていたように思う。
(まあでも、専属騎士への承諾は得られたし――焦っていたことから、結果オーライってことよね)
王宮内で味方が限りなくいない「王妃」になった私にとって、セインは側で信頼できるパートナーになりうる人材だ。
ゆくゆくはノエルを守ってほしいとも、思っている。セインに持っていかれていたペースから落ち着きを取り戻したのちに、自分の部屋へ戻ろうと歩き出す。
「あ、そういえば――あの最後の言葉は……」
歩きながらも、今後のことを考えていれば……先ほど、最後に言っていたセインの言葉を思い出す。確か、私に味方がいると言っていたような気がするが……。
(不思議ちゃんのみぞ、知る世界……なのかしら?)
彼の言葉の意図は全く分からないため、この件は頭の片隅にしまっておくことにした。まあ味方と言っているのだから、危険はないのだろう。
そして外へ出た際に使用した扉が、視界に入ってきた時。
「くぅ~ん……」
「ん?」
扉は目の前にあるのだが、なんだか聞きなれない動物の鳴き声のようなものが耳に入った。
しかもか弱そうな声に、思わず声がした方向に目を向ければ――そこは、レンガの壁があった。
仕切っている壁の向こうは庭園が続いていたように思う……が、そこは問題ではなく、そのレンガの下の方に小さな物体がいた。
いや、正確にはそこにはレンガと地面の隙間に挟まれた……白い毛並みの子犬がいた!
「ちょ……え?」
まさかの光景に、思わず目をゴシゴシとこすって見間違いじゃないことを確かめる。しかしこすった後でも、「くぅ~ん」と悲しそうに鳴く子犬がそこにいた。
(誰かが飼っている犬なのかしら? どうしてそんなところに……)
王宮内で放し飼いで飼っている人がいるからなのか、それとも可能性はかなり低いが迷い込んだ犬なのか。
しかしどのどちらだろうとも、うるうるとした瞳でこちらを悲し気に見つめてくる子犬を見て……。
(無視できるわけないじゃない!!)
そう、私は子どもはもちろん好きだが、小動物にも大好きな人間なのだ。
ブラック企業に勤めてたがゆえに、動物と家族になることはできなかったが、いつか叶えたいなあという気持ちはあった。
しかも動物物の映画を観ては、毎回、涙腺がやられてしまって……。
(いや! それよりも!)
私は、泣き声を上げる子犬に近づいていく。そしてしゃがみ込んでから。
「ねえ、あなた。遊んでいたら、はまってしまったの?」
「くぅ、くぅ~ん」
「よしよし、今どうにかしてみるね」
子犬が挟まっているそこは、ちょうどレンガが脆くなって崩れて穴ができていた場所のようだった。ただ下は地面のため、土をどかしてやれば子犬も通れる空間ができるはず!
(よし! そうと決まれば!)
決心した私は、手が汚れることを気にせずに土の方へガッと手を突っ込み、掘り返す。幸いなことに、土は湿っていたためか柔らかくなっており、掘り出しやすかった。
おそらく、ここ数日間で雨が降っていたのだろう。もとの世界で、学生の頃は外の掃除を担当して――雑草抜きなどしていたので、手をめいっぱいに動かす。抵抗感がないゆえ、掘り出すのが早く進んで行った。
「あっ! これで、もう出れるかな?」
結構、掘り進めたのち――子犬が出れそうな空間になったので、笑顔で子犬を見つめると。
子犬は動ける空間があることにハッと気づいたようで、勢いよく身体をその穴から抜け出させて、その勢いのまま私の後ろまでビュンッと走った。
そんな急に走ったら、転ばないだろうか……と慌てて私が後ろを振り向けば。
「え?」
振り向いた先に、子犬はいなかった。まさかと思って、レンガの方に視線を戻せば――ちゃんと私が土を掘り返した後はある。
しかし子犬は、キョロキョロと辺りを見回しても、どこにも見つからなかった。
「えぇ……?」
あまりにも、信じられない現象に戸惑いが生まれる。しかし土を掘り返した場所に再度、目を戻して……。
「あ! このままだとおかしいわね!」
掘り返した土を、いそいそと戻すことにした。確かに子犬を見ていたはずなのに、こうもいなくなってしまうと違和感を持つが――。
(きっと、元気すぎて遠くへ走っていったの……よね?)
あまり深く追求して、幽霊だとかホラーな方に思考が寄ってしまうと眠れなくなってしまう。だから、土を戻したあとは、部屋に帰って手を洗って寝よう。
うん、そうしよう。そう決心した私は、きびきびと動き出すのであった。
■ノエル視点■
「……報告しろ」
レイラがいそいそと土を戻している一方で、ノエルは自室で足を組みながらソファに座っていた。そのノエルの前にはネスが跪いているのであった。
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