第13話 騎士セイン
セインに呼びかけられた私は、彼をじっと見つめながら――堂々と声を上げた。
「勤め、ご苦労様。騎士セインで間違いないかしら?」
「っ! ご挨拶が遅れまして申し訳ございません……っ! セインでございます」
私に声をかけられたセインは、きびきびした動きで返事をかえしてくれた。
こんなに礼儀正しく真面目そうなイケメンが、将来……ジェイドの側近となり、冷徹な寡黙になってしまうのなんて――想像できない。
「その……無礼を承知ですが、王妃様がここへやってくる理由が分からず……なぜここへ……?」
セインがおずおずと私に質問をしてきた。彼が言う通り、王妃がここに来る理由なんて滅多にない。
なんなら、今は夜更けだ。かなり私の行動は怪しいことだろう。しかしだからこそ、引け目はないのだと、堂々と真っ直ぐにセインへ言葉を紡ぐ。
「――セインへ会いに来たのよ」
「私に……?」
「ええ。セイン、私の専属騎士になるつもりはないかしら?」
「え……?」
私から言われた言葉にセインは理解が追い付いていないようで、疑問符を頭に浮かべている様子が見えた。
そんなセインにもう一度、「王妃付きの騎士にならないか、とあなたに言ったのよ」と声をかければ、ようやっと意味が理解できたのか、真っすぐとこちらを見返してきた。
「王妃様付きの騎士、ですか?」
「そうよ。私に忠誠を誓い、側で助けてくれる者を置きたいの」
セインに提案した「専属騎士」というのは、王妃のみに許されている制度だ。というのも、ユクーシル国の王妃は全員他国から嫁いでくる。
そのため「妖精」の加護がなく、非力な存在だ。ゆえに、軽んじられるのだが――とはいえ身分は「王妃」であるため、ユクーシル国においては重要な立場。
その身に危険が及ばぬように、専属の騎士を一人つけていいという法律ができている。
(でも、小説内でも――転生した今でも、レイラに専属騎士がいたという事実は見つからない)
これは、「あえてレイラが専属騎士をつけなかった」か――「専属騎士という法を知らなかった」かのどちらかだ。
そして使用人たちをはじめとした「王宮におけるレイラ」の扱いを見るに、後者の可能性が高い。しかももっと悪意がある形で――「知らされていなかった」可能性すらも。
そんな専属騎士に勧誘されたことに、まだ現実味がないのか……セインは、戸惑った様子で答えた。
「それでしたら、私よりも優秀な先輩方が……」
「いいえ、あなたがいいと思っているの」
「な、なぜでしょうか? 正直なところ、僕は役不足としか……」
セインの疑問はもっともだ。こんな夜更けに突然自分の前に現れるなり、「専属騎士になれ」と迫ってくる王妃がいたら――私だったら怪しいと思うし、正直怖い。
だから、セインの本音としては私からの提案を断りたいのだろう。
しかし私にとってセイン以上に、力があって互いの利益を取れる騎士はいない……そう思っている。だから、私は口を開いて噓偽りなく言葉を紡ぐ。
「あなたは私を“裏切らない”。だから側に置きたいの」
「……他の騎士たちも裏切らないと思いま――」
「給与は今の5倍を約束するわ。それと、もし早めに快諾してくれるのなら……今月分を先に支給しましょう」
「……」
「きっとあなたとしては、私があなたを裏切らないか――不安でしょうから。だから私から見せられる誠意を形にしたいの」
セインは私の言葉を聞いて、悩んでいる様子だった。それもそうだろう、あの悪評高い王妃から美味しい提案をされているのだから。
それもセインにとっては、今もっとも必要な「金」で提案をしている……ゆえに、簡単には断れない。
というのも、セインには両親はいない代わりに――たった一人の幼い妹だけがいた。親の代わりに妹を面倒をみなければならず、お金がいる生活だったのだ。
そんな大事に思っている妹が――現時点だと、病におかされていたはずだ。
王宮の騎士として、たとえ階級が低くても、なんとか二人分を食いつなげられる給与が与えられてはいるが……医者に診せるための金はない。
ユクーシル国では妖精ありきの診療のため、高位の土妖精しか他者を診ることができないらしい。そのため、貴族でもない限り、医者に診せることはほぼ不可能。
(つまり、平民で病にかかったら――自然治癒に頼るか……死んでしまうのみ)
妖精なんて可愛らしいファンタジー世界にしては、あまりにも残酷すぎる現実が『光を求めて』には描かれていた。
その辛い現実の一つがノエルの環境でもあり、また他としては……セインの境遇がそれに当てはまるはずだ。
(しかも、セインがより力をつけてジェイドの側近になった時は――彼の妹はいなかったわ)
セインは、妹の死を経て――今の性格からより冷たくなったと言われている。すべてを排除せんとばかりの騎士として、やるせない後悔への怒りとして「力をつけること」に邁進するのだ。
その結果が、冷酷王の最側近という……騎士としては最上階級に上り詰めていたのだが――。
(そこまでしないと認められないなんて――逆にこの環境がおかしいということよ)
元ブラック企業に勤めていたから分かる。はじめは、やりがいもあって給金がもらえるのなら、どんだけサービス残業があろうとも、身体を壊そうとも……何も間違っていないと思っていた。
けれどその結果、待っていたのは「死」だけだった。
セインだって、小説内では彼の苦労は報われず、切ない死だけが待っていたのだ。
加えて彼にとって残酷なことは――現在、見ることができていない彼の守護妖精が、「妹の死」をきっかけに見えるようになったことだろう。
彼が妖精を見れなかったのは、彼の能力不足などではなく――物心ついてから守らなければいけなかった「妹」を心配するあまりに、視野が狭くなっていただけ、それだけで見えていなかったのだ。
彼は妹が死ななくとも心にゆとりさえあれば、妖精が見えるはずなのだ。しかしこうした事情を話したところで、セインがまともに信じるとは考えづらい。
だから、私にできることは――今ある状況の中で、いかにセインが首を振りたくなる提案ができるか、ということ。
「無理に、今すぐ決めなくてもいいわ」
「……え?」
私から言われた言葉に、セインはキョトンとした表情になる。私が悪女のような王妃だった振る舞いは、セインの脳内にもビッシリと刻まれているからこそ、こんなことを普段なら言わないと驚いているのだろう。
自分がしたことではないはずなのに、現時点では善人であるセインにさえ、そう思われていることに胸が痛んだのは秘密だ。
それに、セインがすぐに答えを出せない理由も知っている。「騎士」という職業を失えば、それこそ妹と共に倒れていくのみだ。
悪評高い王妃の専属騎士になった途端、理不尽な理由で解雇される可能性だって高い。というか、以前のレイラなら理不尽な理由で騎士たちを解雇していたはずなので、その不安はもっともだと思う。
けれど、それでめげてしまったら、セインは私の専属騎士になることはなくなり、私の未来はお先真っ暗だ。今必要なのは、相互理解なのかもしれない――そう思って、私はおもむろに口を開いた。
「ただ……私の想いだけでも知ってほしいと思っているの。私は長年上手く接することができなかった息子ノエルに、後悔がいっぱいあるの」
「後悔、ですか?」
「ええ、本当なら――ノエルが赤子の頃から、側に居て彼の成長を見守り……いつ来るか分からない危険から彼を守れれば良かったのに……何もできなかったわ」
「……」
「何もしないままでは、事態は何も変わらない、いえ、それよりも悪化すると――今になって痛切に思うの」
「何も、しない……」
「そう、何もしない……現状維持をするといのは、ゆるやかな衰退なの。もし変われるチャンスがあるのなら、私はもう逃したくない」
「……そのチャンスが私、なのですか?」
「ええ、それとあなたの瞳を見ていると――なんだか他人事とは思えなくて」
「……え?」
勝手にセインを自分のようにみていると言ったことに対して――私はふと冷静になって、いったい何を彼に言っているんだと混乱に陥る。
そりゃあそうだ、向こうとしては王妃が、自分と同じなんて発言したら――何も語っていない相手ゆえに、あまりにも荒唐無稽すぎて、バカにされていると思ってしまうやもしれない。
(セインの好感度は下げてはいけないわ……! 疑われて距離を置かれても危ないわ……!)
思わず動揺してしまった私は、先ほどまでの堂々とした態度から打って変わり、しどろもどろになってしまう。
「あっ……ど、同情とかではないのよ……? あ、いや、同情なのかしら……? そのあなたの悪口を耳にして、なんだか私と似ているなって……」
「私の悪口……?」
「あっ、いやその、違う、違って……その、立場は違えど似ている感があるというか――」
「嫌われている王妃様の状況と?」
「そう! そうそう! 私の方がほら、敵が多くて――もう誰が敵なのか不安……ハッ……!」
完全に要らないことを話してしまった。墓穴を掘るというのはこのことなのだろう……自分の行いに段々と顔に熱が集まってくる。
距離を縮めることがこんなにも難しいとは……。相手側への仕事提案なら、こうもしくったりはしないのに……。
仲間を勧誘となると……これも独りぼっちの時間をたくさん強いてきたブラック企業に勤めていた副作用なのか……。穴があったら入ってしまいたい……と俯いて、沈んでいると……。
「ク……っ」
「……?」
「ハッハハ……!」
「セ、セイン……?」
頭上からセインの笑い声が響いてきた。思わず、顔を上げて彼を見つめれば――申し訳ないといった顔つきになろうとして……やっぱり、まだ笑いを堪えている表情で……。
「も、もう……っ!」
「ク……王妃様は、とても面白い方なのですね」
「お、面白い……!?」
なんだか揶揄われているような気がして、ムッとした気持ちで彼を見つめると。
セインは私の前で跪いたのだった。
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