第12話 最側近
セインは、小説『光を求めて』の登場人物であり――物語終盤には、ジェイドの最側近としてノエルの前に立ちはだかる強大な敵だった。
しかしそんな敵側だった彼は、一部の小説読者界隈では人気が高いキャラクターとしても有名である。
それは、彼が憂いを帯びたイケメンであること、そして「凄惨な過去を送りながらも表情には一切出さず、倒れていく切なさがいい」ということなのだが……。
(そう――今の彼は……“妖精を見ることができない”問題を抱えているわ)
彼のバックグラウンドを瞬時に思い出した私は、口元を手で隠しながら――思案する。そして一つの答えが頭の中に生まれる。
(彼こそ、私にとって必要な騎士……それに利害も一致するはず)
将来、セインはジェイド側に属する人間となるが――この未来を変えよう。だって私自身が現在進行形で、危険に脅かされているのだから、ジェイドの未来どころではない。
それに私はノエルを守る力を手に入れたいことからも、手段を悠長に選んでいる暇はない。
セインはジェイドの最側近ではなく、王妃であるレイラ側についてほしい。
そのためには……と、脳内をフル回転させた私は、マイヤードのマナー授業が始まるまでの期間で行う計画を決意した。
(彼の性格を思うに、危険は少ないわね。私ができることを、なるべく行おう)
先日は、マイヤードに関しての計画を先に立てたことでノエルを心配させてしまった。しかしセインは王宮の騎士であり、王族へのわきまえがあるのに加えて――。
「今」だからこそ、間違いなく引き込めるはず……なにより例え、計画が失敗したとしても危険性は少ない。ゆえに、ノエルとの約束の反故にもならない。
ノエルのために、そして自分のために行う妥当性は十分にある……と強く思った私は、使用人たちが去る夜の時間帯まで、おとなしく部屋でじっと待つのであった。
◆◇◆
月が空に登り切り、皆が寝静まる夜中。私はそろりそろりと部屋の扉へ近づき――呼吸を整えた。
(本来なら、この扉の向こうには……護衛の騎士たちが控えているはず……引き留められたら、散歩だと言いくるめよう)
そう自分を納得させるように、音をなるべく出さないようにゆっくりと扉を開けば……見えてきたのは無人の廊下。そして扉を開けた先には。
「……誰も、いない」
開けるまで、緊張しまくっていた私がバカみたいだ。なんなら、本来いるはずの騎士がいないということは私が暮らしていたこれまでも外部からの侵入に対して無防備だったということ。
無意識のうちに眉間に力が入る。
(嫌われている、軽んじられている王妃だからといって、この待遇はあんまりね)
まあ、今はこうした結果に救われてはいるが……王宮が危険な場所に間違いはないのだ。それもユクーシル国とは無縁な王妃なんて、敵しかいない。
幸いなことは、何も権力がないからこそ――きっと今まで、いつでも消すことができると思われていたのかもしれない……が。
これからノエルを守るために自分の権力を持とうとすれば、間違いなく今まで私を見過ごしてきた「敵」側はこちらに刃を向けてくるだろう。
現代社会とは違って、まだまだセキュリティがあまいこの小説内の世界では――下手をしたら暗殺の可能性だって……。
嫌な未来をそこまで想像した私は、きゅっと口を引き結ぶ。
(ノエルが不幸になるのも嫌だけれども、私も痛い想いをするのはごめんよ!)
絶対に快適な暮らしをノエルと送りたい。だからこそ、と――私は、今から行くべき場所に向かって、廊下の先の階段を下りて、外へ繋がる扉の方へ近づいていこうとする。
そんな時、夜中だったためか向こう側から話し声が聞こえてきたので、私は咄嗟に柱の陰に隠れた。
「はぁ……王宮内の警備の見回りが怠いよなぁ」
「おい、あんまり不用心なことを言うと……」
「大丈夫さ。どうせ、堅苦しいセインがいなければ――何も問題ないだろう」
「まぁ……確かに……未だに妖精が見えないくせに、でしゃばるセインがいなければ……」
聞こえてきた声は、王宮に勤める騎士たちの声だった。彼らは夜中、王宮内の見回りをしているようだ。そして話の内容から、「セイン」には好意を抱いていないのは明白で……。
「しかも、あいつは平民のくせに……剣の腕が立つからって、騎士団に配属されやがって」
「……平民なのに、騎士道がどうとか――ぬるいことを言ってるしな」
「本当だぜ。だが、唯一の救いは――あいつの階級が一番低いってことだな」
「ああ、そうだな。そのおかげで、雑用も押し付けやすい」
騎士たちは柱に隠れた私のことなど、気づく素振りもなく、セインの悪口大会に夢中と言った様子だった。
バレる心配がないため、こうした状況はありがたいはずなのだが、酷い言いぐさにモヤモヤと胸に不快感が生まれる。
王宮では、「身分」と「妖精」セットでないとこうも侮られるのだ。
「しかもあいつは上官にも嫌われて……月に20シルしか貰えてないんだろう?」
「ああ、そうらしいな。まあ、平民にとっては喉から手が出るほどうれしいだろうさ」
その言葉を聞いた私は思わず、驚きで声を漏らしてしまいそうになる。だって……。
(20シル……!? 小説内では王宮内の騎士たちは40シルを貰って暮らしている聞いたのに……!)
『光を求めて』では、ノエルが平民たちの暮らしをみるために隠れて、一か月間、酒場のバイトをしていた時もあった。
その時の給与が10シルだったと記憶している。10シルであれば、どうにか暮らせる生活らしく、ノエルが貴族騎士の平均給与である40シルとあまりにもかけ離れすぎていることに心を痛めていた。
たしかにその酒場の給与よりは倍なのかもしれないが、国のために命を懸けている騎士にしてはあんまりな待遇だ。
しかも彼の剣の技術は極めて高いのに……その結果に見合っていないどころか――ひどすぎる格差に、納得がいかなかった。
(でも、今――声高にあの騎士たちを糾弾したところで待遇は改善されないわ……今はセインに会うことに集中あるのみね)
悔しいような言いようのない気持ちを抱えながらも、私は扉を開けて厩舎の方へ向かう。夜更けなのにも関わらず、まだ明かりがついているそこには――今日窓から見えた燃えるような赤髪が見えた。
長髪の赤髪を後ろで一つに結びながら、厩舎の掃除に励んでいるセインがそこにいた。
小説でも、彼の過去として――「よく厩舎の掃除を押し付けられた」ことを知っているからここに来たが……先ほどの騎士たちの話もあり、まざまざと彼の不遇さを感じた。
(まあ……私も、王宮内での立ち位置はよろしくないけれども……)
セインを見ていると、自分ごとのようにも思えて悲しさが湧いた。そして彼の方へ一歩近づいていけば。
「誰でしょうか?」
問いかけるようにはっきりとこちらに声を上げ、振り向くセインと視線が合った。
切れ長な目に、月よりも明るく輝く黄色の瞳――そして騎士として、体躯が逞しい彼がこちらを見下ろしている。そして彼は私が王妃であるレイラだと認識すると目を見開いて。
「王……妃様……?」
驚きと訝しさを含んだ声色で、言葉を紡いだのであった。
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嫌われ王妃に転生した私、息子が闇落ちするのを防ぎます! 江東しろ @etoushiro
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