第11話 新たな機会


ノエルと自室で話し込んだ翌日。


私は、思ってもみない報せを使用人から受け取った。


というのも、あの冷酷王であるジェイドが直々に、私に言伝を送ってきて――「マナー講師であるフォン伯爵令嬢の体調が悪くなったとのことで、1週間の休みを取った」という状況を教えてくれた。


マナー授業に同席すると言った私に、ジェイドからの最低限の連絡ということなのだろうが……。急な休みという内容に違和感を持つ。


しかしその違和感の正体に、すぐに合点がいった――というのも今日も今日とて機械的に淡々と部屋を行き来する使用人たちを見て……。


(フォン伯爵家側についている王宮の使用人が、私の無処罰を伝えたのね……)


突然の休みというよりも、フォン伯爵家側からの「無言の抗議」や「気分を害した」というメッセージがあるのように感じられた。


フォン伯爵家としては苦情を出したうえで、王妃が処罰されることを望んでいた。つまりは現在の状況は、言わずもがなあちら側にとっては望ましくない状況だ。


ゆえに伯爵家の正しさをこうして強硬な姿勢で出しているのだろう。しかしその姿はあまりにも幼稚すぎる。


「でもまさか、マナー授業が1週間後になるとはね……」


本日早速にでも、マイヤードを懲らしめようかともやる気に満ち溢れていたのに……。肩透かしにあった気分だった。


(昨日だって、ノエルとあんなにも作戦会議をしたのにね)


そう、ノエルにマイヤードと対面するにあたっての危険性を心配された際に、その対策として――私は自室でレイラが嫁ぐ際に持たされていたというヨグドの荷物を見せていた。


部屋にいたのは、ノエルに私、そしてノエルの執事・ネスだけだった。


つまりは、いつもじっとこちらを監視する使用人が誰もいない空間だったこともあり、とても快適だったのだ。


まあ、使用人たちはジェイドの執務室に連れていかれた私を見て、もう二度と戻ってこないと見切りをつけたゆえにの、状況だったのかもしれないが……。


『わ、わぁ……! 見たことない道具ばかりです……っ!』

『そうね、この国では売ってないでしょうね』


レイラの部屋で過ごした時に気が付いたヨグドの機器類を、元いた世界の知識を使ってノエルに詳細を教えた。


きっとこの国では使用しないものということもあり、相当珍しかったのだろう。ノエルは終始、目を輝かせながら楽しそうに聞いていた。


そして機器類の実演と、マイヤード対策ために使用する「ある機器」の説明をノエルにすれば――少し逡巡した様子になってから。


『確かに、お母様の計画は悪くないように思います』

『ほ、本当……!?』

『はい。それと……その……』

『どうしたの? ノエル』

『お母様に、こうした考えがあることを知らないまま――お母様の心配ばかりに目が行ってしまい……僕の視野が狭かったです……』

『え、ええ……!?』

『お母様を疑うようなことを言ってしまい……ごめんなさい』


ノエルは申し訳なさそうに、俯きながら謝罪をしてくれた。


しかしその言葉を聞いた私は、何もノエルは悪くないのに謝らせてしまったという罪悪感の方が強かった――が、ノエルなりに考えたうえでこうして話してくれたのだと、改めて思い直す。


一方的にノエルが悪くないと、言い募るよりも、彼がこうして考えたうえで私を気遣ってくれる言葉が嬉しいと思った。


『……ノエル、私の計画を聞いてくれて、ありがとう』

『……!』

『もっと早くに言えば良かったのに……言えなかった私が悪い、と思っちゃうけれど――ノエルがこうして言ってくれたから……お互い、おあいこ……ということにするのはどう?』

『おあいこ?』

『ええ、ノエルと私、二人とも悪くて悪くない。だからこの件に関しては、これから謝るのはなし……ということよ』

『……! そうしたいです……!』


私の言葉を聞いたノエルは、パアッと表情を輝かせてから嬉しそうに頷きを返してくれた。


その様子を見て、私も明るい気持ちとなり――次回のマナー授業でまた会おうと約束し、その日はノエルとは解散となったのだ。


そして、あの後にジェイドから処罰が下らなかったと、使用人の間でも通達があったのか、大分遅れて王妃の部屋付きの使用人たちが焦った様子で来たのだった。


(あの機械的な表情しか浮かべなかった彼女たちが、大慌てでやってくるのは見物だったわね)


昨日は相当、面白い一幕が見れて溜飲が下がってはいたのが――翌日になった今、またあの使用人たちは、何食わぬ顔で淡々と部屋内にずっといる。


今日であれば、報せを持ってこないといけない役目があったのかもしれないが、それならば役目が終わったらさっさと出て行けばいいのに。


やはり監視をしなければならないのだろう。せめてもの救いは、夜寝るときだけは部屋から出て行ってくれることくらい。


彼女たちは、いつぞやのノエルを罵った使用人と同じく金品に興味がなくはないはずだ。しかし、こうも露骨な態度を出しているということは――誰かの指示の元、動いている可能性が高く……。


下手をうって彼女たちを買収しようとした、とその指示元にバレるのもよくない。


(しかも、私は妖精が見れない――この国では最も軽んじられる存在だし……)


ユクーシル国に存在する妖精は、火・水・風・土の属性があるそうだ。


そうした妖精は人々の生活を支え、争いの「力」にも直結する……すんごい存在で――このユクーシル国に生まれれば、その者に守護妖精の加護が必ず生まれるらしい。


だから、ユクーシルの国民は必ず一体の妖精を側に使えさせている……とのことなのだが。


(ずっとノエルの成長ばかり読んでいたから……妖精の描写をあんまり覚えていないのよね……)


そう私は、人間ドラマが好きで小説を読み始めていた。だからこそ、妖精に関する情報がうろ覚えだ。「妖精ってすごいんだな~」というイメージなのだ。


レイラに劣らず、私も「妖精」を知らない……というか、概要を知っているくらいだった。


(まぁ、けれど……妖精信仰が厚いために、使用人たちも含めてヨグド国には全く興味がない環境だったのは、良かったのかもね)


ヨグド国は、ユクーシル国と懇意にしたいと願っているが――ユクーシル国は、使用人たちの態度も含め「金」にしか興味がなかったのだ。


だからこそ、宝石やアクセサリーは盗まれたが、ヨグドのよくわからない荷物はそのまま放置されているのだろう。


(でも私の行動は、相当気がかりになっているようだから――うーん、ずっと監視となると動きにくいわね)


もちろん朝食が食べづらい、現在のデメリットはある。


しかしそれ以上に、私の側に使えている使用人・騎士たちの大半が誰かを懇意に支持しているのなら……。


(たとえ、私が被害者になった時でさえ――証言を偽ってくる状況、よね)


幼稚なマイヤードの一件でさえ、レイラに不利な証言を奏上しているのだ。これはかなり由々しき事態で、マイヤードが来る前にでっち上げの犯人にされてはたまらない。


側に付いてくれる……私に好感を持たなくてもいいけれど、公正な人は……。


相変わらず使用人たちに、見つめられながら自室で歩き回りながら考え込む。その時、不意に窓の外――王城の庭園に多くの騎士たちが整列している姿が目に入った。


「あれは……」

「本日は、王宮騎士たちが庭園にて緊急時の訓練をするようですね」

「訓練……」


不愛想な使用人が、私の疑問に淡々と回答をしてくれる。


そして私の視線は、燃えるような赤髪に黄色い瞳をもった高身長のイケメン騎士をとらえる。


その彼を見て、瞬時に脳内に浮かんだのは――「不遇の平民騎士セイン」という名前。そして続けて、思い出したのは……。


(将来、冷酷王・ジェイドの最側近になる男……!)


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