第10話 守りたいゆえに
ノエルが私を危険から守るようにぎゅっと抱きしめている。確かに今回はノエルのおかげで、私はマイヤードの魔の手から救われたのだ。
もしノエルの言葉がなければ、ジェイドが言っていたように……王族でも容赦なく処罰を与えられていたことだろう。
そんな現場に勇気を出して乗り込み、危機的状況だった私を助けてくれた。
きっと本来ならば、マイヤードとの接点は薄くなるはずだったところだったのに……私がマナーの授業に同席すると言ったのを聞いて――ノエルは不安が大きくなったのだろう。
そりゃあそうだ、助けた人がまた危険に向かうとなれば、誰だって信じられない思いになる。
私は気が付かないうちに、ノエルに不安を与えてしまっていたのだ。
「ノエル……説明するって言いながら、さっきは説明せずに言ってしまって……ごめんね」
「……っ」
ノエルは私のお腹周りをぎゅっと抱きしめながら、「ぐす、ぐす……っ」と嗚咽を堪えるような声を上げている。
そんなノエルの姿をみると申し訳なさが胸いっぱいに広がり、後悔が生まれそうになるも……あの時、何も言わないままその場を後にしたら、きっと私は私を許せなかったことに気が付く。
何も言わない先に、ノエルの痛みや辛さを見過ごさないといけない未来が見えてしまったから。
私は過酷な王宮であっても、ノエルと心から笑える空間が欲しい。
なにげない日常が欲しいのだ。それにこうした提案をしたのには、「マイヤードを出し抜ける」かもしれない根拠があったゆえにの部分もあった。
(でもそれをノエルに、今言うのは違うわよね)
ノエルは、私の言葉を聞いて未来に起こるであろう不安に苛まれているのだ。
「ノエル、ごめんね。私がちゃんとノエルにも確認取った上で、話せばよかったのに……」
そっとノエルの頭の上へ手を置き、よしよしと彼の頭を撫でながら優しく語り掛ける。
ノエルに話を通してからジェイドに言えば良かったのだが、あの場あの時に口火を切る以外に効果的なタイミングはなかった。
ジェイドの前でノエルに相談するのは難しいし、政務で忙しいジェイドに声をかけて時間を作ってもらうのだって難しいはずだ。
だからあのタイミングを逃したら、マナーの授業に同席するというのは叶わなかったはずで……。
(でも、結局のところ――これは言い訳よね)
そう、想像では「難しい」と判断を出しているが、やらずして出した結論なのだ。しかもノエルは、突然のことでさらに驚いたことだろう。
だから今の私にできることは、ノエルを騙すつもりはなかったと誠心誠意謝るだけなのだ。
例えそれが幼い子どもであろうと、一人の人間として――彼に想いを伝えるように、接するのみなのだ。
「ごめんね……私が悪かったわ」
「……っ」
「急に聞いて驚いたでしょう? 不安にさせてごめんね……」
ノエルの頭をゆっくりと撫でる。するとノエルは次第に、嗚咽を堪える声が弱まっていき……無言で私をぎゅっと抱きしめていた。
数分間ほどその状態が続いたのち。
「……お母様」
「なあに、ノエル」
ノエルは私の方を見上げるように視線を向けてきたと思うと。
「困らせてしまった僕は、悪い子……です、か?」
「っ! そんなわけないわ!」
まるで言いつけを破ってしまったかのように、縋ってくる彼の様子に胸がぎゅっと切なくなる。
「今日は、私が悪かったの。だから、ノエルは悪くないわ」
「でも……僕は、お母様のお気持ちを察することができず……こんな不格好なことを……」
「いいえ、今日のノエルはカッコいいわ! もしノエルが執務室に来なかったら、私は間違いなく大変なことになっていたわ」
「……」
「ノエルは私のヒーローね」
「……っ!」
ノエルにそう素直に気持ちを話せば、ノエルはぱあっと嬉しそうに目を見開く。
そして、私の顔を見つめてから――なにやら恥ずかしそうに、もじもじしながら。
「ほめてくださり、ありがとうございます……!」
「ふふ、私としては本当にヒーローに見えたのよ?」
「っ! う、嬉しいです……」
小説内のレイラは、ノエルをこんな風にほめたことがないため、ノエルは自己肯定感が低くなってしまっている。
だからノエルが自分に自信をもって、前を向くことができたらどれほど素敵なことだろうか……と彼の将来を考えていた時。
「その……僕、分かっていたんです。お母様が僕を守るために、マナーの授業に同席したいって言ってくれたこと。でも、それでも、怖くて……」
「うん……不安だったわよね。私を想ってくれてありがとう」
「……っ。でも、お母様が僕のためにと考えて、行動してくれるのは……すごく嬉しいんです……で、でも……きっと先生はまた悪意を持って、お母様に近づいてきますよね……?」
「そうね……きっとそうなると思うわ」
「……」
「だから、それがチャンスだと思わない?」
「へ?」
私がそう語り掛けるとノエルは、虚を突かれたような表情を浮かべた。
続けて、言葉を確かめるように「チャンス……?」と口にしていた。
「そう、チャンスよ。今日はマイヤード嬢にしてやられたから、苦境に立たされたけれど――彼女が行っていることは犯罪なの」
「……」
「もしその犯行現場を押さえることができれば……状況を覆せると思わない?」
「……っ! それは確かに、そ、そうです……!」
私が言った言葉に、ノエルはキラキラとした明るい表情を見せる。しかしすぐに、何か心配があったのか……暗い声を上げて……。
「けれども、使用人の証言はあてにできませんよね……? どうするつもりで……」
「そう! そこが問題だと思ってね、私にとっておきのアイデアがあるの! 聞いてくれる?」
「え、は……はい……!」
「じゃあ、説明のためにも……私の部屋へ行きましょうか!」
そう、この提案をジェイドにした時に浮かんだ“とっておきの方法”をノエルに伝えるべく……私はノエルに、私の自室へ来てほしいと伝えるのであった。
■ジェイド視点■
ジェイドの他に誰もいない執務室には、暗く重い雰囲気が漂っていた。執務机の側にある椅子に、ジェイドは深く腰掛けていた。
「はぁ……まさか、ノエルが乗り込んでくるとは……な」
ぽつりと口に出した我が息子の名前をきっかけに、先ほど見せた彼の態度を思い出す。自分の記憶が正しければ、ノエルは王妃のことを「母親として」求めながらも……恐れていたはずだ。
しかし先ほど見た彼の姿は、王妃を守るために自主的に振舞う姿だった。
(まさか、本当に王妃との関係が変わったのか……?)
部下から受けていた報告に、眉唾な気持ちで聞いていたが……ノエルの態度を見ると、考え込んでしまう。
それに脳内に浮かぶのは、王妃――レイラの姿。
(堂々と、俺に話していた……)
今までのレイラは、俺に文句があるとでも言いたげな瞳で睨んでくるのみで、何か言うことはなかった。
言いたくても言えない鬱憤を晴らすようにノエルへ、冷たく当たっているのとばかり思っていたが。
(本当に変わったとでもいうのだろうか……)
先ほどの彼女は、俺から圧をかけられようとも自分が言った言葉を撤回することなく――「問題ない」と言い切っていた。
そんな彼女から視線が外せられなかった。だからこんなに「もしも」のことを考えてしまうのだろうか。
「だが、人はそう変わらない。思惑がある可能性も否定できない」
自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。そう、王妃は悪評に違わぬ姿を王宮内で散々見せてきた。
こうした一回きりの振る舞いで、彼女を信頼してしまうのは――あまりにも危険だ。信じられるのは己と――。
ジェイドが、レイラについて結論を出そうとした時。開いていない窓の側にあるカーテンがふわっと、動いた。
その方向にジェイドは視線を向けるが、室内は依然として執務机に配置された椅子に座るジェイドが見えるのみだった。
「はぁ……何か、異論があるのか?」
何もいないはずの空間にジェイドは声をかける。そして、少しの間があったのち、ジェイドは降参と言わんばかりに声をあげた。
「……分かった。行きたいのなら――行ってこればいい」
そうジェイドが声を上げると、執務室の扉が独りでに開き……バタンと勝手に閉まった。その様子を見たジェイドは、眉間に皺を寄せながら暗い表情を浮かべる。
「……なにもかも――俺自身も、ままならない、な……俺が正しくいれる間までに、決めねば……」
ぽつりとは吐き出すように、ジェイドは言葉を紡いでいた。
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