第9話 堂々と
「お、お母様……?」
ノエルが私の言葉を聞いて、驚いた様子になる。隣にいるネスも同じく驚いている。しかしジェイドは、私を探るように声をかけてきた。
「ただ参加したいというのでは、許可できないが――なぜ、それを求める」
あくまで静かに淡々と聞いてきた彼に、私は一回呼吸を整えてから再度口を開いた。
「ユクーシル王族の権威を示したいからです」
「権威……だと?」
「はい。このままでは私が犯人扱いされている不名誉な状況に加えて――ノエルの意見は潰されている状況です。現在王城内にいる王族が不遇の立場であれば……貴族たちは大きな顔をしてくるのではないでしょうか?」
「……」
「その矛先は――私たちだけではなく、陛下にも向かうことでしょう」
本音はノエルを守りたい一心で、彼の授業へ参加しようと思っているのだが……それでは間違いなくジェイドに拒まれてしまうだろう。
だから「王族の威信が揺らぐ」ことを争点に、切り出したのだ。先ほどの会話から推察するに――ジェイドは根拠のある内容を無理に否定はしない。
小説内で読んでいた際は、「冷酷王」の側面ばかり見ていたから、歯向かう者、意見する者には容赦をしないのかと思っていたが……。
(一国のトップだもの。そりゃあ、暴政を働いていたら一瞬にしてユクーシル国は破綻していたに違いないわ)
ということは、小説内では描かれていなかったが……ジェイドは王として取り入れるべき意見は耳を傾けていた可能性が高い。
その可能性に私は――賭けたのだ。
(国の存続を考えた際に、自分の立場が揺らいでしまうことなんて……“王”として考えるのなら、看過できないはず……!)
そうした計算のもと、私は弱気な態度は見せないようにと……自身の手にグッと力をいれて自分を鼓舞する。
「国の顔は王族です。その王族を軽んじられてしまう状況は――この国にとって大きな不利益だと私は思います」
「……」
「ゆえに、ノエルの授業に私が参加することで――苦情を出したフォン伯爵家に、陛下が下した結論を見せるべきではないでしょうか?」
「俺が出した結論?」
「ええ……フォン伯爵家の意見が通ったわけではない姿勢です」
「ふむ……なるほどな」
確かに本音は別にあるものの、「フォン伯爵家」にでかい顔をさせたくないというのも私の素直な気持ちだ。
だからこそ、嘘偽りないことを堂々と見せるように、私はジェイドの青い瞳から視線を外さなかった。ジェイドは王の風格を前面に出しながら、品定めをするようにこちらを見てくる。
「通常ならば、苦情を受けた者を側には置かない……が、お前がノエルの側に――しかもマナーの授業に普段通りに現れたのならば、伯爵家の意見が通らなかったことを直接的に分かるだろうな」
「……その通りです」
「あちらの言い分は、王妃の処罰を求めていたのだから――効果はある。しかも王宮内の王族への忠誠心も改められる……と」
ジェイドはそう語ってから、一瞬、思案するような顔つきになったかと思うと――すぐに表情を戻して。
「……王妃よ、お前の提案を受け入れよう」
「……っ! ありがとうございます……!」
「この度は、こちらの落ち度もあったのと――確かに、王族が軽んじられてしまう空気が作られるのはよくないと判断した」
「はい……!」
「しかし、よく覚えておけ」
ジェイドから許しを得たことで、私は思わず喜びが素直に出てしまっていた。そんな私に彼は冷たいトーンで言葉を再度紡ぐ。
「あくまで“罪のない王族の名誉”のためだ。王族だろうとも罪を犯していたと判明した際には、お前が言った通り“王族の威信”のために重い罰を与える」
「……っ!」
「ゆめゆめ、忘れぬように」
まるで私をけん制するかのように、ジェイドは言葉を言い放った。
彼の言葉で、あらためてここはただ読んでいただけの別の世界なのではなく、「やらかした場合」の始末は自分に降りかかってくる厳しい世界なのだと現実味を感じた。
でもだからこそ、私はやりたいことを曲げたくない。圧をかけてくるジェイドに、負けじと――私は彼の目をじっとみて。
「ええ! 問題ありませんわ!」
笑顔で声高らかに宣言した。そんな私を見て、ほんの一瞬だったがジェイドが目を見開いて驚きを表していた。
そんな彼の顔を見て、なんだか勝ったような不思議な高揚感があった。しかしすぐにいつも通りの「冷酷王」に戻った彼は。
「此度の一件があったため、マナーの授業は明日から仕切り直しとなっている――お前の使用人にも、該当時間に案内をするように指示を出そう」
「お心遣い、感謝いたします。陛下」
「……今日は以上だ」
話は終わったとばかりに、ジェイドはノエルと私に視線を外した。
そんな彼を見て、「ノエルにもっと優しい顔をしてよ!」とムカムカした気持ちが湧いてくるが……ここで爆発させては全てが台無しになってしまう。そんな私にノエルの声がかかった。
「お母様、出ましょうか」
「え、ええ……そうね。ノエル」
ノエルに促されたのをきっかけに、私は大人しく一緒にジェイドの執務室から出て行く。そして廊下に出たノエルは、私の片手をぎゅっと握りしめて……。
「えっ……!?」
突然の出来事に、私の思考は停止する。
(ノエルが私の手を握ってくれた……!? どど、どうして……!?)
大好きなノエルから、こんなご褒美がもらえるなんて……。
心の準備が全くできていないこともあって、驚きが顔に出てしまう。そんな私を見上げるように見つめるノエルは、うるうるとした目で……。
「手に触れられるのは……お嫌ですか……?」
「そんなわけないわ……! 大歓迎よ!」
「ふふ……それなら良かったぁ」
にこりと花が咲いたように笑うノエルを直視した私は、感無量の気持ちになる。
まさに、このために人生を歩んできたかのような達成感に包まれてしまうような……。
だからノエルが私の手を引っ張って、歩み出すのに、夢見心地のまま自然とついて行っていた。ようやっと、夢のような感覚から覚めた時――そこはノエルの部屋の中にいた。
「あ……あれ? ノエル、ここって……」
「お母様っ!」
「ふぇっ!?」
状況を把握しようと、ノエルに声をかければ――私の声より大きな声でノエルに呼ばれ、彼の方へ視線を向ければ、目の前には今にも泣きそうなノエルが近づいてきて……。
そのままノエルは私をぎゅっと抱きしめてきた。ノエルはまだ幼いため、私の腰とお腹周りを支えるようにぎゅっと抱きしめてくれている。
(ノ……ノエルが自分から、抱き……抱きしめ……っ)
今日は私へのご褒美デーなのだろうか。
確かに、ジェイドという苦難があったため辛いことはあったが……そんな辛さを一瞬で吹き飛ばしてくれるほどの多幸感に包まれてしまう。
しかし先ほどと同様に夢見心地になってしまっては、ノエルに変人だと嫌われてしまうかもしれない。そんなのは嫌だと、なんとか意識を保ちつつ――。
ノエルのほうへ視線を向け、私が何かを言うより早くノエルが言葉を紡いだ。
「お母様っ! どうして僕の授業に同席したいとおっしゃったんですか……!」
「……え?」
「先日も、先生がお母様に酷いことを言っていたじゃないですか。そんな先生の側に来るなんて……危険が大きすぎます……っ!」
「ノエル……」
「しかも先生は、お母様に対して悪意を持っております……っ。お母様が僕を守ろうとして危険が起きるとしても……僕は、僕は怖いです……っ!」
「……っ!」
ノエルの切実な言葉に、私ははっと息を呑んだ。
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