第8話 救世主



執務室はジェイドの冷ややかな雰囲気で満たされていた。しかしそんなプレッシャーにも負けず、父親に向き合うノエルを見て、私の鼓動の高まりは止まらない。


(きっと怖いだろうに、こんなに健気に……)


ノエルの成長を間近で見守れるということは、こんなに尊いのか……と抑えきれないほどの感情で心が埋め尽くされる。


だって、父親とちゃんと向き合うノエルが見れたのは最終話までなかった。


なのに、こうして幼いながらも、怖い父親にビビらずにいられるなんて……今すぐ抱きしめてあげたい。


そんな巨大感情を私が頂いている中、ノエルとジェイドの会話は進んで行く。


「その場にいた“全員”に聞き取りをせずに……お母様を父上がお呼びしたと聞きまして……」

「……」

「ユクーシル国の王族として、恥ずべきことだと思ったのですが――いかがでしょうか」


ノエルの言葉を聞いたジェイドは、眉間に皺を寄せてから自分の側にいた補佐官に視線を向け。


「おい、ノエルの言ったことは本当か?」

「え、えっと……」


補佐官は慌てながら、自身が持っていた書類をペラペラとめくる。そこにはおそらく、ティータイムの事情聴取記録があるのだろう。


そして書類をめくり終わった補佐官は、青ざめた表情を浮かべて「ノエル様のおっしゃることに……間違いはありません……」と言葉を紡いだ。


その言葉を聞いたジェイドは、「はぁ……」と深いため息をついてから、自身の髪を手でくしゃっと掻いた。


そして仕切り直すように姿勢を正してから。


「俺は、全員から聞けと言ったが――なぜ、漏れているんだ?」

「も、申し訳ございません……っ」

「はぁ、お前の処罰はあとだ……ノエル、確かに不備があったようだ」

「ご確認ありがとうございます」

「それで、お前と執事の言い分はなんだ」


ジェイドが試すような視線を向けて、ノエルに語り掛ける。


するとノエルはセスを見やり、その合図で執事が「僭越ながら、私の方からご説明を」と言葉を紡いだ。


「昨日のティータイムで、私はノエル様の後方に控えておりましたが――突然、フォン伯爵令嬢様がご来場されました」

「……ほう」

「その時刻は、ティータイムが始まってから20分後くらいの頃です。ティータイムは、先日陛下もご承知の上で1時間の時間を頂いておりましたので、スケジュールの阻害と捉えられます」

「……それで?」

「フォン伯爵令嬢様は、その後“紅茶にミルクを入れべきではない”という論を熱弁し――王妃様が好みの問題という点を懇切丁寧に話しましたところ……気分を害されたようでお帰りになられました」

「……」

「僕もセスが話した内容と同じ意見です」

「…そう、か」


ノエルとセスの話を聞いたジェイドは、何やら思案している様子だった。一方の私はと言えば、堂々と話していたノエルに感嘆の眼差しをむけるので精一杯だった。


そんな中、ジェイドは「真っ向から意見が対立している……か」とぽつりと言ってから。


「お前たちの話は分かった。これは、こちら側の調査の不備だ――ゆえにこの件について、王妃レイラを罰することはできない」

「……っ!」


ジェイドの発言に、私はパアッと表情が明るくなる。しかしそんな私を打ちのめすように、ジェイドは続けて。


「だが、フォン伯爵令嬢の罪も証明できない。そのため、本件に関しては俺が罰を与えることはしない」

「……父上」

「感情ではなく――総合的に判断の上で、だ。ゆえにフォン伯爵家にも、証言の食い違いとのことで苦情を棄却する」


つまりジェイドは「疑わしきものだけでは罰しない」ということだろう。


小説内で冷酷王だと評されていたから、てっきり理不尽な扱いを受けると思っていたが――まぁこうして、ノエルのように毅然とジェイドに物申す人などいないだろうから、基本的には聞いた証拠で罰しているのかもしれない。


(私だって、ノエルが来なかったら……断罪を受けることに……)


その先の未来を考えて、思わず私は恐怖を感じた。


そんな危ない未来を振り払うように、考えないように考えないように頭の中で念じていれば――。


「しかし、補佐官。お前は重大な仕事のミスを犯した――よって、事務作業官への降格を命ずる」

「……っ、ほ、本当に申し訳ございません……」

「もう補佐官ではない。ここから出て行け」

「は、はい……」


温情などまったくなしの、冷酷王がちゃんとそこにいた。ミスを犯したから、死刑――といったとんでもない判断はしていないが、それでも私情を挟まず、鋭く命じていた。


明日は我が身と思いながら、私もさらに一層身を引き締めようと感じた。ジェイドが「本件はこれで終わりに――」と口に出したとき、私はすかさず声を出した。


「待ってくださいませんか」

「……なんだ?」

「お母様……?」

「結局、この事件の究明はできないまま……ということなんですよね?」


私がそう問いかければ、ジェイドは「何を当たり前なことを」と言わんばかりの目で見つめてくる。しかしこれは私にとって――それとノエルにとって重大なことだ。


(つまりこれからも、マイヤードがマナー講師としてノエルを教える……ということでしょう?)


そう、マイヤードが野放し状態のままなのだ。しかも私に対しても苦情を入れてきたところから、かなりの恨みを抱いているはず。


このままノエルのもとに来たら、何をするか分かったもんじゃない。小説内で描かれていた教育虐待、体罰よりも、ひどいことをする可能性だって……。


(そんなのは、許せないわ……!)


最悪の状況になりそうだと頭でイメージした私は、ジェイドに向かって言い放った。


「こうして問題が起きた時に、曖昧にするのはよくないでしょう。特に意見が食い違っている時は」

「ほう? つまり……?」

「私が――ノエルのマナー授業に同席するのを……許可してくださいませんか!」


私はジェイドの威圧感に負けないと言わんばかりに、しっかりと言い放った。


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