第7話 冷たい夫との対面
ノエルと楽しいティータイムを過ごした翌日。
私は、二回目となる機械的な朝食を自分の部屋でとっていた。初めてのことではないので、驚きはないが――居心地は良くない。
昨日は、朝食に気を取られて気づかなかったが、部屋の中にいるメイドたちはこぞって私の方をじっと見つめているのだ。
場を和ませようと思い、ふと部屋の中にある大きなカバンに目を向けて――。
「そういえば、あの鞄はどこかへ仕舞わないの?」
「……あれは、王妃様がヨグド国から持って来た道具類が仕舞われていると聞いております。そのため、不用意に私どもが触れるわけにはいきません」
「そ、そうだったのね……」
「こちらへ参られた際にも説明したと聞いておりますが……時が経ちましたので、お忘れになるのも無理はないかと……」
(なんだか、言葉にチクチクとした嫌味を感じるわね)
おそらく業務外の言動は、使用人たちとしても避けたいのだろう。不快感をグッとこらえながらも、使用人が言った「ヨグド国から持って来た道具」という言葉に興味を惹かれる。
きっと使用人たちの視線ばかりに気を持って行ってしまっているから、朝食が楽しくないのだ。
だから少し気分転換しようと――マナーは悪いが、大きなカバンの方へ近寄ってかがみながらチャックを開ける。するとそこには――。
(あら? 意外と見覚えがあるものばかり……)
ユクーシル国よりも、技術の発展に尽力していたらしいヨグド国の機器類がそこにあったのだ。
写真を取るためのカメラから、懐中電灯のようなもの、またこうした機器類を稼働させるバッテリーらしきものが見えた。
そんな道具を見ていると、ファンタジーの世界ながらも元々いた現代社会を思い出し、懐かしくなる。
(しかも、これは……)
「王妃様、もう朝食はよろしいでしょうか?」
「あ……ごめんなさいね。まだ食べるわ」
鞄の中身を見ることに熱中していた私の背後から、使用人の声がかかった。人の視線は確かに気にならなくなったが、結局は朝食を食べるときに気にしないようにしないといけなかったのに。
目的が迷子になってしまっていた。
朝食を食べねば、一日の元気はつかないため――食事を食べる席へと戻った。よしこれで気分転換もしたし、満足に食事が食べ――られなかった。
数口食べてから、やはり使用人たちの視線が気になってしまっていた。他人の視線を受けながら食事をとるのは、思いのほか緊張するようだ。
それかブラック企業勤めだったがゆえに、朝昼晩と一人ぼっちで食事をとることに慣れてしまっていたせいなのかもしれないが。
「ねえ。あなたたちは、部屋から出て行ってくれるかしら?」
「申し訳ございません。私たちがおりますとご不快でしょうか?」
「え? そ、そんなことは、ないけれど…」
(いや本当はすっごく不快だけど、王妃の変な癇癪だと思われて評判が下がったら――良くないわ)
「でしたら、王妃様のご不便を少しでも軽減するため、側で控えさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ん? え、ええ……?」
「ありがとうございます」
あまりの強気な発言に思考停止してしまったが、ようは「出て行かない」ということだ。
ここまで頑なに、お願いを聞かない姿勢は問題のように感じるが……このメイドたちが何か粗相をしたわけでもないため、事を荒げるのは得策ではないと答えを出す。
特に現在の王宮では、「レイラ」の評判がまだまだマイナスの状態。きっとこのメイドたちを無理に出て行かせたら、あらぬ悪評を立てられる可能性だってある。
(それに……もしかしたら、どこぞの冷酷王様の命令で、私を監視している可能性もあるわよね)
メイドたちの視線をあびながら、私は目の前の朝食を口の中へ入れていく。緊張感のせいか、今日も味がしない。
しかしこれもノエルのための修行だと思えば、少し心が楽になってしまうのだから……私は案外図太いのかもしれない。そうして朝食を終えれば、部屋にドアノック音が響く。
「王妃様、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
声を聞けば、使用人の罪が暴かれた時に担当してくれていた騎士の声だった。そのため躊躇なく返事を返せば、あの時の騎士が部屋の中へ入ってくる。そして私の前で跪くと。
「本日は、陛下からの言伝でやってきました」
「……陛下からの?」
「はい。朝食が終わった後に、陛下の執務室へ来るようにとのことです」
「執務室へ……?」
「朝食は終わったようですので、私がご案内させていただこうと思いますが……いかがでしょうか?」
騎士はこちらを窺うように、言葉を紡いでいるが……結局のところ行かないと拒否できはしないのだろう。
もしここで拒否しても何度も、連絡が来るだろうし――嫌がっていても、メイドの件と同じく得なことは無い。
(きっと昨日のティータイムのことかしら……?)
見当はつくものの、わざわざ直々に呼び出すということは――。
(私にとって不都合なことが起こるのかも……なら……)
「今から行きましょうか。案内をお願いするわね」
「は、はい……!」
騎士に陛下――冷酷王・ジェイドのもとへ向かう旨を伝える。すると待ってましたと言わんばかりに、騎士はすっと立ち上がった。
そんな彼に案内してもらうべく、私もソファから立ち上がり後をついて行く。
(冷酷王――あなたの呼び出し、受けて立とうじゃないの!)
自分に喝をふっと入れて、ジェイドが待つ執務室へ向かうのだった。
◆◇◆
「陛下、王妃様をお連れしました」
「……入れ」
広々とした王宮内とは言え、私の部屋からジェイドの執務室は遠くはないようで、騎士の案内の元すぐに到着した。
扉の向こうから響く、低く威圧感のある声に背筋が無意識のうちにピンと伸びしてしまう感覚を持った。
しかしそれもつかの間、執務室の中へ入った私は、転生してから初めて会うジェイドを見て……。
(う……これが、造形美ということ……!?)
執務室に座っているジェイドは、座ってても分かるほど高身長な体躯だった。
そして肩にかかりそうな艶やかな金髪を耳にかけており、切れ長な目に見るものを凍てつかせるような青い瞳を持っていた。
顔のパーツは精悍さを遺憾なく発揮していて――つまり文句のつけようのないイケメンだった。そんなジェイドの美に私は圧倒されてしまう。
(ノエルがあれほど可愛いのも納得ね。これが美の遺伝ってことなのかしら……!?)
ノエルは間違いなく、ジェイドの美の遺伝を引き継いだ。髪色や目の色がその証拠だろう。ただ愛くるしさがあるノエルは、ジェイドに負けない美しさだ。
そう、私個人的にはノエルに勝る「美」はない!
一瞬、ジェイドの美しさに気を取られそうになったが――すぐに姿勢を正してから。
「お呼びだと伺いまして、参上しました。どのようなご用件でしょうか?」
「……ほう? 身に覚えがない、と」
「身に覚え? 私は何か罪を犯しましたでしょうか?」
「……フォン伯爵から、お前への苦情が届いている」
「……苦情ですか?」
「ああ、お前が礼を欠き――伯爵令嬢を辱めたばかりでなく、授業の時間を妨害した、と」
ジェイドの口から出たフォン伯爵という言葉に、やはり……という気持ちになった。ノエルのマナー講師であるマイヤードの父親だろう。
昨日の一件で、すぐに帰宅したマイヤードは、父親にすがった……というところだろうか。去り際のあの顔は間違いなく、怒り心頭だったから何かするだろうと思ったが……。
(思ったより、貴族社会は幼稚なのね)
成人した娘が自分の不始末を親の威厳をもってして、圧をかけてくる方法。しかも内容を捏造して、ジェイドに手紙を送るとは。あのマイヤードの行いに、怒りよりも呆れが生まれてしまう。
「なるほど、それで陛下は――私が本当にそれを行った……と?」
「……まるで、自分は無罪かのような口ぶりだな?」
「ええ、実情は全く違いますもの。ノエルとティータイムをしていたら、その時間が終わるのを待たずして、伯爵令嬢が押し入ってきましたの」
「……ふむ。だが、その場にいた使用人たちは――お前に非があると告げていたのだが……?」
「え?」
ジェイドの言葉を聞いて耳を疑った。まさかあの場にいた使用人、数名がそのように発言していたとは――。
つまりジェイドは、端から私に罪があると断じたうえで呼び出したとでも……。
「し、使用人全員が、でしょうか?」
「ああ、その場にいた全員だ」
「……!」
私より先に使用人たちの意見を聞いてから、私を呼び出したことはこれで確定だ。つまりジェイドの中で私が非を起こしたのだとほぼ確信しているのだろう。
(しかも使用人全員が、マイヤード側の意見を言うなんて……)
あまりにも淡々と仕事をこなす彼女らを見て、貴族間の権力には興味がないのだと軽んじていた。まさかマイヤードのほうに付いたほうが利があったとでもいうのだろうか。
(……いや、確かにマイヤードの味方をすれば――嫌われ者の王妃より将来は安定か……)
ジェイドはもちろん、側で控えている補佐官も冷たい目でこちらを見ている。不用意なことを言えば、間違いなくマイヤードの思うつぼだ。
かといって真実を言っても、証言がなければ意味がない。
いったいどうすれば……私は脳をフル回転し、最善の答えを考える――が、そんな私を待てないとばかりに、ジェイドが口を開こうとした瞬間。
――コンコンコン。
「申し訳ございません。父上、ノエルでございます」
「……ノエル?」
「入室を許可頂いてもよろしいでしょうか?」
「……お前は関係ない、今日の授業を受け――」
「いいえ。昨日のティータイムに関しまして、聞き取りに不備があったようで……直々に来ました」
「……不備だと? 入れ」
きっとジェイドの前で緊張しているだろうに、優雅さを忘れない所作でノエルが入室した。その姿はさながら、昨日ノエルが言っていたヒーローさを感じる。
可愛いだけでなく、カッコよく勇ましいノエルの姿に、思わず胸がドキドキしてしまうのは仕方ないだろう。
そしてノエルの側には、執事のセスが立っていた。ノエルは入室して、私を見ると花が咲いたような優しい笑顔を向けてくれる。
(あああ……今日も、天使……! 尊い……っ!)
私の心の中では大騒ぎ状態だが、この冷たさが漂う空間でその感情を出さないように――表情筋にクッと力を入れた。
「父上のお時間を奪ってしまって恐縮ですが、聞き取りに関しましてお伝えしたいことがあります」
「それで、いったい何が言いたくて来た?」
「ティータイムの場にいたのは、使用人だけでなく――僕と執事もおりましたが、どうして僕たちには聞き取りをされないのでしょうか?」
「何……?」
ノエルの言葉を聞いたジェイドが、ピクリと眉を動かした。
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