君がやりたい事を応援したい。それが俺のやりたいロック!
50・体育祭って走る以外は何するんだっけ
体育祭って何するんだっけ?
もちろん何も知らないわけじゃない。入場にスーザのマーチを吹奏楽部が吹いたり、走ったり、リレーしたり、走ったり……走ったり……
記憶をたどって思い出そうとするけども、全然思い出せない……去年は落ち込んでたから何も覚えてなかったのかも……2年前はコンクールや発表会に出ずっぱりで参加してなかったんだっけ?3年前ははるか昔過ぎてさっきの印象しか思い出せない……
小学生となると、それは運動会になって全然違うよね……走ったりリレーしたり……あ、大人が綱引きしてるの思い出した。なんでだかアレってすごい面白くて印象に残ってるんだよね。妹と一緒にお世話になってる先生を応援したっけ……
「おい! マイナス!!」
「あっ!? はいっ!?」
「ボーッとしてんじゃねえ! 紅組応援団の大事な打ち合わせなんだぞ!」
「さ、サーセン……」
「罰として声出しだ! よろしくおねがいしますと言え!」
「よ、よろしくおねがいします」
「応援団として!! デカい声で!!」
教室ふたつをぶち抜いたくらいの大きさのこの部屋。応援団は縦割りでそれぞれの学年から10人ずつくらいで合計30人。この空間、この人数に届く声量を考えてから息を吸う。
「よろしくおねがいします!!」
「舐めてんのか! もっとデカい声だ!! 学校に響くくらい!!」
あ、確かに思えば応援団は屋外で、もっともっとたくさんの人に声を届けなくちゃならない。それを踏まえての大きい声。
声の出し方っていうのは昔から研究されている。少なくとも喉だけで声を出し続けると痛めるのは常識だろう。そして無闇矢鱈に大きな声を出そうとしても、それは声じゃなくてただの音になりがちだ。
どうしたら大きな声を、ずっと遠くに伝わる声を出せるか?
簡単なイメージで言うなら身体そのものを楽器にして、口腔部を共振させ、それを響かせる。
――学校の皆に届くように!
「あ、あれ……」
三年生の団長以外は耳を塞いで驚いた顔をして固まっている。
「マイナス、お前……」
「は、はい……」
「最高だ……俺も!! 負けてられねえ!!」
こうしてD高校体育祭紅組応援団の活動が今日から始まった。
待って……!! 忙しい!忙しいのに!!忙しいのにーー!!!
――
「うおー!! マイナス、声めちゃくちゃデケーのな!」
「野球の練習試合の時もさー応援してもらったけどもすごかったんだー!」
「もうこれなら学年クラス別優勝だけじゃなくて、団優勝も狙えるんじゃねえ!?」
「馬園はそんなに灰野先生と喋りたいの……?」
今回の体育祭に、この馬園はすごい気合を入れている。その理由は担任の灰野先生に優勝を捧げるためなのだけども……
「ゴミみたいな目で見られるだけじゃ足りないって……それにさ、ほら、ちゃんとマイナスがやられるみたいに、愛のある暴力を俺も受けたいし……」
「灰野先生の暴力に愛は無いと思うけど!?」
「さすが、マゾの馬園だなー」
ろくでなし教師の灰野先生に徹底的に避けられている馬園。優勝したら口を利くっていう賭けに無理やり乗せて、そのために奔走中というわけだ。
「がんばろうな……マイナス。ヘンタイ仲間として……」
「ヘンタイじゃなーーい!!」
――
「えっ!? 鷹田も応援団なの!?」
「おう。てか渡辺先輩も応援団すよね」
「ここの三人とも応援団だね! 楽しみだね!」
軽音部でイツメンとの会話。鷹田は俺と一緒に軽音部に入った高校で初めてできた友達。渡辺先輩は軽音部のマネージャーだ。
「それぞれどんな事しそうなの? 青組はさ、女子が多いからチアリーダーっぽい事しようかってなってるよ」
「俺の所はとりあえず踊るかーってなってるっすね。ダンス部が気合い入ってるんすよね」
「紅組は……なんか熱血根性な感じ……なんスかね?」
「三者三様って感じで楽しそうー! でも、ふたりとも応援団に入るのはちょっと意外!」
「金を理由に強制されたんすよー。マジで横暴だわー」
「幼馴染に頼まれたからって素直に言えばいいじゃない! プライド鷹田の照れ隠しー!」
「俺は気がついたらいつの間にか……」
「うーんマイナスくんらしい」
「断れない性格なのはわかるけどよー、忙しいんだから無理し過ぎんじゃねえぞ」
「お、おう……心配かけてごめん……」
「ほれ、チョコやるからがんばれよ」
「いいの!? チョコくれるの!? 鷹田がチョコくれるの!?」
「なんたって金づる……じゃなくて都合が良い友達だからよー」
「なにそれ!? 金づるって!? そんな事してないけど!?」
「プライド鷹田くん、素直に友達って言えないんだからー」
「まぁマジで最初は冴えない奴だろうなって思ってたしー」
俺が軽音部に入れた事、高校生活を楽しくやれているのは鷹田のおかげだ。色んな事で助けてもらってるし、バイトを一緒にしたりするのもすごく楽しい。少なくとも、ロックをしたくて軽音部に来た俺を拾ってくれた鷹田は一番の恩人であり一番の友達だって思ってる!
「うっし、今日もバイトあるし俺行ってくるわー」
「がんばってな! 俺も吹奏楽部の助っ人行ってくる!」
「オッケー! いってらっしゃい! がんばってね!」
――
「体育祭までもうちょっとなんで、合奏仕上げていくッスね……!」
はーい!と吹奏楽部のみんなからの返事、そしてパート練習のために一旦解散する。助っ人なのになんだかんだで今は練習の指揮者をしていて、今後の予定をみんなに伝えるのもやったりなんだり……
「マイナスくん、パート練習の間に灰野先生に声かけておかない?」
「お、おう……引き継ぎとかしないと……近藤さんは音楽準備室はもう見た事ある?」
「うん、見た事ある。大丈夫」
「じゃあ……覚悟決めて行こうっか……!
近藤さんは家が楽器屋をやっていて鷹田の幼馴染。鷹田にギターを、俺にベースを融通してくれていて、その借りを帰すために頼みを聞いたりしてる。吹奏楽部の助っ人も近藤さんの頼みで始まった事だ。そして灰野先生に吹奏楽部で指揮をしてもらう代わりに、A組以外も体育祭でがんばるという話になったんだ。
「灰野先生ー、開けるッスよー」
音楽準備室にノックをしても返事がなく、仕方がないのでドアを開けて確認する事にする。何が飛び出すかわからないから、近藤さんには一旦下がっておいてもらいつつ……
「先生ー、返事してください……って、うわっ」
散乱する書類や食べ物の容器、ビンや缶も転がっていて生活感のある汚部屋と化している音楽準備室。灰野先生の住居となってたり、散らかってたりするのはそういうものだってもう諦めてる。
「ああん……マイナに……近藤か。今、鬱いから放っといてくんね……」
タバコをふかし、学校であるうえに明らかにまだ勤務時間だと思うのにお酒を飲んでソファーでグッタリしている灰野先生……見てくれは良いからスーツを着てればまだ体裁は保てているけど……人としても先生としてもちょっとな……って思う……でも、音楽家としてはそういう人もいるかもしれない……
「鬱いって……二日酔いかなんかスか……? その、先生が指揮するって聞いてて……」
「うるせー……一昨日に良い酒と良い飯食ったから鬱いんだよー……」
一昨日……確かに流れで灰野先生も一緒にレストランに行ってきたな……でも、近藤さんのいる前でそれは言及できない……! だって、俺の家の事はみんなには秘密にしてるから……!
「誰かとご飯を食べに行ったんですかー?」
「おう……業界の知り合いとな……」
「灰野先生の知り合い……それに業界っていう事は音楽関連の人ですよね!どんな人なんだろうなー」
「昔に習ってた先生」
えっ!? えっ!? そこで新情報!? というかそうなると俺って灰野先生とは姉弟弟子って事になるの!? 声に出せないのに驚く情報過ぎるよ!!
「もしかして初恋の人だったりもするんですか……!?」
「ちっげーーー!! そういうんじゃねえよ!!! キレっぞ!!」
「キレてるじゃないッスか……」
「つーわけで今日は無し」
「ダメですよー。契約はしたのでその分は働いてくださいー」
「今日は鬱いんだよぉ! 嫌だっつてんだよぉ!!」
「部屋も散らかってるから余計に暗い気持ちになるんですよ。片付けとかもサービスするからとりあえずやってみましょう?」
「なんなら諦めて馬園、ここに呼ぶッスか?」
「やめろやめろやめろアイツはやめろやめろやめろきしょいきしょいきしょい」
「馬園への嫌悪感あり過ぎじゃないッスか……? ちょっと可哀想になってきた……」
「じゃあ、そういうわけで今日の練習から指揮、よろしくお願いしますね先生!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます