49・これからもよろしくお願いします。それが俺の考えた事
「上井先生!?!? に灰野先生……?」
上井先生が迎えに来てくれて、手間をかけさせて申し訳ないっていう気持ちと、何故かいる灰野先生に驚く気持ちがごっちゃごちゃ。
「いや、普通に担任だから来たんだけど?」
「ふふ、熱心な先生になりましたね」
「いやいやいやいや……上井先生、騙されてますって!」
灰野先生は上井先生の前だとちょっと大人しいだけだから……! 本当は碌でもない人ですよ! 騙されないで上井先生!
「面倒な事減らすつもりでマイナに声かけたっつうのに……」
「ふふ、それは目論見が外れましたね。最近のテルくんは手を付けられないです」
「あっ! 今日は本当にすみません……殴ったのはもちろん、たくさんの人にも迷惑かける事になって……本当にすみません……」
ミーたんさんとユンユンお兄さんがとりなしてくれたのか、事件にはならずに双方の謝罪という形で終わったみたい。秘書さんみたいな人に謝ったりするだけで、これでいいのかなって気持ちはあるけども、俺が気にしすぎても仕方ない事なんだろうな……少なくとも、周りの皆には感謝しなくっちゃ。
「驚きましたけども、この事も良い経験になるでしょう」
「言っておくけどよ、手を出すのは褒められねえぜ」
「え、灰野先生がそんな事言います……?」
「手と指は演奏家にとって繊細なんだからよ、足を出せ足を」
「そういう話なんスか……?」
「ふふ、やんちゃは灰野先生に教わるといいでしょうね」
「上井からもそういうのも教えたほうがいいんじゃねえの……はぁ」
「あはは、仲いいッスね」
「うるせー……」
三人でテクテク歩きながら駅を通る。
「そういえば月野さんは大丈夫ッスかね……」
「見た感じ大丈夫だったわ」
「その、どうして月野さんは会ってたとかは……」
「知らね。知りたいなら自分で聞けよ」
「き、聞けるわけないじゃないッスかー……!でもやっぱりお金の問題とかなのかなぁ……」
「人の心配をし過ぎて、自らがおろそかになってはなりませんからね」
「は、はい……」
思っている以上に自分は自分の事ができていない。そんな状態で人の事ばっかり考えても仕方ないんだよね。助けが無かったら転げ落ちて未来も無かったんだろうって、何を取ってもそう思う。
たくさんの人のおかげで、また皆と日々を過ごせる。それに今日はとにかく感謝しよう……そしてショウくんにまた会えるようにするためにもがんばらなくちゃ。
「あれ、ところで上井先生。なんでここで俺達、立ち止まってるんですか?」
ふと、改札口の先で動いてない事に気がついて聞く。上井先生は誰か待ってるのかな。
「ええ、この電車で来るらしいので声をかけておこうと思いまして」
「そうなんスか! どんな人だろう」
上井先生には知り合いがいっぱいいる。何人かに会ったことはあるけども覚えきれてはいない。改札を眺めながら待ってみる。
「……あれ?」
思わず、俺は駆け出してしまう。その事に相手も気が付いた。
「ショウくん!!!」
「ミヤネと呼べと……いや、良い。なんでここにいる」
「あの、その、上井先生の知り合い待ってて! その、でもそうじゃなくて」
「落ち着け。たまたまという事だな」
ショウくんは上井先生の方に目をやる。でも、俺はもう胸いっぱいになるほど、また会えたのが嬉しくて。
「もう会えないと思ってた……また会えて嬉しい……嬉しい!!!!」
ぎゅうっとハグしてしまう。もう涙も出てきてるかも。わかんない。
「何を大袈裟な……ここ最近会えなくて寂しかったとでも?」
「うんっ……! あ!おうっ……!」
「それでここまで泣く事無いだろう……本当にどうしようもない奴だ」
「おっ、学生コンクール最優秀賞の宮音じゃん。祝っとくか。おめでとー」
「こんばんは、ショウくん。最優秀賞おめでとうございます」
「えっ!? なにそれ!? コンクール行ってたの!?」
「ああ、その遠征があって、最近はバス停で偶々会う事が無かっただけだ」
「そうだったんだ! 留学でもしちゃったのかと思って……そうだったんだ!!」
「仮にそうだとしてもテル……いやお前には関係ない事だろう……」
「そ、それはそうなのかもしれないけど……」
「だが……」
「次はちゃんと伝えておこうか」
「こんな風に、帰ってくる度に飛びつかれたら」
「……やかましいから」
「ご、ごめん……えへへへへ」
「さぁ、離れろ。これから家に帰るのだから」
「それなのですがショウくん。よければ私からの祝いも兼ねて、食事をご一緒にいかがですか?」
「えっ!? 上井先生の待ってた人ってショウくんなんですか!?」
「ミヤネと呼べと言っているだろう。……まぁ、その、構わないが」
「もちろん、お家には伝えてありますので。灰野先生もよければ参りましょうか」
「あっ? 私もいいのか?」
「女性を一人で帰すなんて紳士にあるまじき行為ですからね」
「まぁ……いいけどよ」
――
「ショウくん! いや、ミヤネ!」
上井先生に連れられてきたレストラン。ドレスコードがあって作業着から学生服に着せ替えられたりしつつ、来たそこにはピアノがステージに置かれていた。
「なんだ?」
「その……上井先生から課題もらっていてさ、『愛の挨拶』を一緒に弾いてくれる人、探してるんだ」
「いまさら……? いや、それはいいとして伴奏を?」
「おう……頼めないかな?」
「構わないが、いつできるかはわからないぞ。バイオリンは持ってきていないだろう?」
「だから今度だね……えへへ」
そんな時に、梶原さんに連れられてきたカナも来る。何故か俺のバイオリンを抱えている……?
「あ!ショウお兄ちゃんだ! 久しぶり! コンクール最優秀賞おめでとう!」
「どういたしてまして」
「えっ!? カナも知ってたの!?」
「えっ!? むしろお兄ちゃん知らなかったの!?」
そんなー!! 俺だけ知らなかったの!?
え、もっと時事に目を向けるべきだったって事!?
ああーー!!そんな!あんな寂しい思いをしたのはなんだったのーー!!
「ところで……これ、バイオリン。上井先生が持ってきてって」
「あ、ありがとう……というか上井先生……?」
上井先生に顔を向ける。先生は微笑んでいる。
「……まぁこれでできるな」
「ふたりのアンサンブル! すっごい久しぶりかも!」
「ぶっつけ本番で行けるかな!」
「問題ない」
「おう、じゃあ……合わせて!」
――
ここでふたり、『愛の挨拶』を弾ける事が嬉しくて嬉しくてたまらない。
今日ここに至るまで、嬉しい事も楽しい事も、哀しい事も辛い事もたくさんあった。
その思いを全部、音色にして君に届けよう。この音色を受け止めてくれてありがとう。
しかし、結末はここではない。まだまだずっと、未来は、将来は続く。
そして、それはショウくんとだけでもない。たくさんの人と奏でるんだろう。
『愛の挨拶』
こんな自分ですけども、
あなたたちと過ごす日々に、勝手に喜び舞い上がったり、勝手に切なくなって落ち込んだりする、
そんな自分ですけども、
これからも、どうぞよろしくおねがいします。
――
「はぁ、これだからバイオリンはよぉ……」
「灰野先生の指導の賜物でしょう」
「ここまではやってねえんだよなぁ」
「やっぱりショウお兄ちゃんとが一番楽しそうだね……カナ、ちょっとジェラシーしちゃう」
「あーあー、食事の場だってのによ。皆聞いてるじゃん」
「課題の方は文句無しで合格ですねぇ、これは」
「全部仕組んでたりすんの?」
「まさか。ここまで弾けるようになるのは彼の努力ですよ」
「あれ、なんかアンコールの流れになってる!」
「『チャルダッシュ』がいいなぁ。呑みやすい雰囲気にしてくれー」
「ふふ、そうですね。今日はお疲れ様でした。さぁ、楽しみましょう」
〜〜
「ユンユン、お疲れさま」
「ミーたんこそ。自称上級市民さまの相手、お疲れさま」
「私もあの子ともっと話したかったな……いい子だったもんね」
「上級市民っていう言葉を信じてるの、本当に可愛くてキュンキュンしちゃったな……」
「爪を煎じて飲ませてやりたいくらいだったわね」
「本物の上級市民の味、ってね」
「ユンユン。たぶんあの子は私たちの愛のキューピットよ」
「そうだね、ミーたん。僕の懸念がひとつ、あの子のおかげで消えちゃったよ」
「将来の事、話そっか」
「うん。今までずっとごめんね。これからよろしくね」
=====
雨の中、次の現場に移動していた時に救急車とすれ違う。次にはパトカーともすれ違って、何があったんだろうか気になってくる。
「いやまさかマイナスがなんか仕出かしたとか……ねえよなー」
時間には余裕がある。念の為、念の為に戻ってみる。したら普通に俺とマイナスが清掃のバイトしてたカラオケ屋だった。
「サーセン、何があったんスか?」
男が殴られて意識を失ったから救急車が呼ばれた。女の子がいたとか、男女間のトラブルとか、そういうのも聞く。
「一応、マイナスに連絡取っておくか……」
普通に出ない。メッセージだけ送っておく。
「……まぁ、暴力沙汰を起こせるような奴じゃねえしな。へなちょこパンチだし」
気にかかったけども、恐らく関係ないだろ。とっとと忘れて次の現場へ向かう。マイナスに次はカレー奢ってもらおうっと。
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