48・楽しかった高校生活はどうなるんだろう

 〜〜


「マジで殴ってくるとかありえねえ、いってえ……」

「刺されていないだけマシではないのでしょうか」

「普通にありえないでしょ。カスが上級市民さまに手を出すとか。絶対に許さねえ」

「法の下では市民は平等ですがね」

「議員の親に大企業の幹部の叔父、おかげで何しても許してもらえてるのは上級市民の特権だって。とりあえず殴ったアイツ、どうしてやるよ」

「それは私たち警察の仕事です」

「そうだなぁ、今回も良い感じにしてくれよ。ネットニュースにでもドーンと載せて、あいつは社会に顔出せないようにしてやろうよ。自殺とかしねえかな、カスだし」


「さて、事情聴取は以上で構わないでしょうか」

「アイツが俺殴った。他はなんか良い感じって事で」

「カラオケの部屋には気を失っていた女子高生がいたそうですが」

「いっそのこと、俺が助けに入ったとかにしちゃう?おもしろそ」


「面白い、ですか。そういえば助けに入るという事に関連してなのですが、このような話はご存知ですか」

「何? そっちから話を振るとか珍しいじゃん。聞いてやるよ」

「二種類の群れがあり、ひとつは捕食者に襲われた時見捨てる。もうひとつは全体で立ち向かう。あなたはどちらの群れが優れていると思いますか?」

「そりゃ見捨てる方だろ。捕食者に襲われるようなのは群れの中でもカスって事でしょ。自然淘汰されて群れも助かる」

「しかし、実際は全体で立ち向かう群れの方が繁栄したそうです」

「はあ? まぁそんな事もあんのか」

「科学的な根拠はいくつもあるでしょう。見捨てる群れは捕食者の狩りの成功率が高い為に何度も狙われるようになる、立ち向かう群れは個々のコンディションに依らず補い合う、など」

「助け合うのが大事って言いたいわけね。大丈夫大丈夫、困ったら親たちが何とかしてくれるから言ってよ。ま、それでもカスは見捨てられたほうが社会の為だけどな」


「ああ、ひとつ伝え忘れていました。私とした事がうっかりしていました」

「何? 歳も食ったババア一歩手前でそれは可愛くないぜ?」

「先ほどの話で、あなたは犠牲者の立場であるという事です」


「は?」



 ――



 警察の取調室……映画か何かで見たことがある気がするけども、実際に自分がお世話になるとは思ったことはなかった。


「名前はマイナ テルで間違いないかな」

「は、はい……その、すみません……カッとなって……ごめんなさい……」


 色んな気持ちがないまぜになって涙が溢れてくる。俺、退学になるのかな。それだけならまだしも、パパやママはどう思うだろう。カナも上井先生も。それにこれから体育祭で、みんなで盛り上がっていて、吹奏楽部の助っ人に。バンドでライブする夢だって。どうして殴っちゃったんだろう。


「涙を拭いて、落ち着いてからで大丈夫だよ」

「は、はい……」



「救急に連絡したのは君で間違いないかな」

「はい……殴っちゃって……相手は気を失ってて……友達も意識が無いままだから……あっ!月野さん、友達、その、女の子、だ、大丈夫ですか」

「病院に搬送されて、聞いた所だと命に別状は無いそうだよ。安心しておくれ」

「よ、よかった……あ、でも、その、月野さん、学校や家に連絡、いっちゃうのかな。ど、どうしよう……」

「心配なんだね。それはどうして?」

「そ、その、ふたりで、カラオケで、会って、それって……」

「大人が子ども相手に金銭を引き換えに何らかの行為を要求していたとしたらそれは問題なのは違いない」

「は、はい……はい……」


 考え無しで救急に連絡して、そのせいで月野さんまで退学になったら……また悔しくて涙が溢れてくる……


「だけど、そういった事実があったかを調べるのは僕らの仕事だよ」

「月野さんはそういうのする人じゃないと思います……! まだ、知り合ってそんなに経ってないけども、優しいし良い人だって俺、思ってて……」

「うん」

「悪いのは殴った俺だけで、その、月野さんが、何か、困るような事にならないに、なりませんか……俺が全部悪いんです……本当に、本当にごめんなさい……」

「その謝罪、殴った相手にも言えるかな」

「殴ったことは謝れます……! ……殴ったことは……」


 思い出すなら、今までにない、まさに腸が煮えくり返るような感情が湧くのは違いない。でも、だからって殴っていいわけじゃないし、悪い事したら謝らなくちゃいけないって思う。それ以外は許せないけど。


「……その、俺、どうなるでしょうか……」

「僕たちに任せてほしい、と言いたいけども、君はどうなると思う?」

「やっぱり退学なんでしょうか……家族にも迷惑かけますよね……上級市民っていうのに手を出したから、大変なことになりますよね……? 責任、俺だけにできないでしょうか……」

「法の下では市民は平等だよ」

「そ、そうなんですか……」


 取調室のドアが開き、誰かが入ってくる。


「ミオ警視、どうされましたか?」

「彼からの聴取が終わりましたので、私もこの子の様子を見たくなったのです」

「マ、マイナ テルです……人を殴って……すみませんでした……」


 すごく偉い人みたいだ……やっぱり大変な事になってるんだ……申し訳無さで世界から消えたい……


「この子の反省の色は十分のようですね」

「彼とはどうでしたか?」

「ちょっとした揉め事なので警察の世話になるようなものではないという結論に至りました」

「????」


 何の話をしてるんだろう? でも、事件にはならないのかな?


「そういうわけで厳重注意ということで、次からは人を殴ったりしてはダメだよ」

「あ、は、はい……」

「もしかして学生くん……私たちの事に気がついていませんね?」

「えっ、どこかでお会いしましたっけ……?」


 涙を拭いて、改めて刑事さんたちを見る。


「ユンユンお兄さんにミーたんさん……?」

「職場では秘密の名前だよ」


 

 ~~



「ううん……?」

 ぼんやりと目を覚ますと白い天井が見える。病院……?


「やっと起きたか。人を待たせてスヤスヤ爆睡しやがってよー」

「は、灰野先生!? キャアアアアア!!」

 悪い人はやっぱり悪い人に繋がってるんだ! 私、あのハヤトに捕まった後、灰野先生の手で奴隷みたいに働かされるんだ……


「いや叫ぶなし。ここ病院なんだからよ。うるせえ」

「私、これからどうなっちゃうんですか……どんな酷い所に連れてかれるんですか……」

「普通に家帰れよ……つか何? 私はお前を誘拐してどっかに売りさばくとでも思ってんのか?」

「違うんですか……?」

「親も担任も来ねえから顧問の私が来いってなってきたんだよ。面倒押し付けやがってよ」

「え、ええー!? それで灰野先生が……? す、すみません。そこまでしてくれる人だと思ってなくて……」

「マイナ並に一言多い奴だな。覚えてろよ」


 あ、そういえばマイナスくん……ドアが開いたのは夢じゃなかったのかな……でも、来てくれたのはマイナスくんじゃないよね……


「あ、あの、私、どうしてここに」

「カラオケ中に気分悪くなって倒れてだったか?」

「きゅ、救急車ですか……?」

「知らねー、そうなんじゃね? スタッフが見つけて云々言ってた気がする」

「そ、そうですか……」


 偶然、助けられたって事なのかな……ほかに何かされたような感じもない……ホッとした……と同時に、怖かった気持ちがワッと込みあげてきた。


「せ、先生、私……」

「んだよ……ってお前泣き過ぎ!! ほれ、タオル!」

「す、すみません……私、バカな事したなぁって……」

「それよー、学校の野郎に聞かせて良い話なの?」

「ダ、ダメです……問題になるって……思います……」

「仕方ねえな、聞いてやるから話せよ」

「えっ、え、でも……灰野先生は先生で……」

「不良教師の話、信じる奴いる?」

「……そうですね」

「そこはフォローしろよ。ったく……」


 ……


 灰野先生にはたぶん全部話したと思う。ハヤトっていう人の事はもちろん、マイナスくんが好きだとかも。

 バカな事したなって言われたけど、次はもっと上手くやるんだぞとも言われた。灰野先生らしいよね。

 

「次なんてあってほしくないよね……」


 灰野先生と別れて家路に着こうとする。


「そういえばここ、どこだろう……」


「あっ」

 

 地図アプリを開いて現在地を確認しようとした時に気が付く。


「あの時、夕方、何時だっけ」


 マイナスくんが近くにいた履歴が、残ってる。

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