51・楽しいとか適当とかの差ってなんだろうね
「ここでバスドラムの決めをちゃんと指示して……それで木管の入りが走りがちなんで息を合わせて……」
「かったる……」
「音楽の先生なんスからもっとちゃんとやってくださいよー!!」
音楽室で皆がパート練習している間に音楽室で灰野先生に指揮の引き継ぎをしている……だけども先生がやる気無さすぎるよー……打楽器の面々には全部見られてる……
「ウチ、灰野先生と合わせられるやろか……不安や……」
「渋谷さん大丈夫……どうにかするから……どうにかするから……!!」
渋谷さんは軽音部志望だったけども、楽器が初めてなうえに女子だからという理由で入れてもらえなかった子だ。ドラムを叩きたいって事で吹奏楽部に一旦、助っ人として来てくれたギャルな子だ。
「別に適当にやりゃいいじゃん……誰も聞いてねえだろ……」
「適当って言っても限度がないッスか!? 少なくとも一生懸命やってる人には迷惑ッス!」
「一生懸命やってどうなるわけよ……別にアイツら音大に進むわけでもないんだろ……」
先を見据えたらとかどうせ誰もとか、そういう無駄な理由っていうのはあげればキリがないのは確かかもしれない。けども……
「そんな事言い始めたら何もかも無駄ってなるじゃないスか。やらない理由にはならないッス!」
結果ありきで考えるなんて、違うなって俺は思ってる。
「熱血かよ……てかスコアにもめちゃくちゃ書き込んでるし……まぁいいか……」
「そういうわけで大丈夫ッスか……? 最初は俺、隣についてたほうが良いッスか?」
「ペットの位置からだと木管挟んでるしな……呼ぶのメンドイから隣で」
「灰野先生、最初上手くいかなくても堪忍なー」
大丈夫かな……少なくとも、皆のためにがんばらないと……!
そんな心配をよそに、合わせ練習の時間になって皆が戻ってき始める。
「灰野先生が音楽室にいる……!」
「本当に引っ張り出したんだ……!」
「お久しぶりでーす……!」
吹奏楽部の皆の反応を見る度に、まぁそうだよねって目が遠くなる……最初なんて体育祭に演奏するの頼まれたからがんばれって丸投げだったもんね……
「そういうわけで皆揃ったね! 今日もよろしくおねがいします……!」
うちの高校の吹奏楽部は限界人数。総勢で9人で助っ人に渋谷さんと鷹田と俺の3人が入って12人。構成は木管6(フルート1・クラリネット3・サックス2)金管3(トランペット1・トロンボーン1・チューバ1)打楽器3だ。
「やっぱよー、この人数だし指揮要らなくね?」
「要ります!! 行進曲ッスよ!? 数人のアンサンブルでもないんで要ります!!」
指揮者ってどういう存在か? もちろん指揮棒を振ってるだけとか、リズムを取ってるだけとかそういうものではない。
そもそも音楽ってどうやってできるのか? ひとつの楽器、ひとつの音だけで演奏できる曲ってそんなに多くない。色んな楽器、色んな音が重なり混ざり合い、協調する事で成立する曲の方が圧倒的に多い。大雑把に言えば音を束ねる人っていう事になるだろう。すごい乱暴な説明になっているけどもそれは置いておいて。
「とりあえずマイナ指揮して。それからやるわ」
「そうッスね……そういうわけで最初からで。よろしくお願いします」
俺は一年生の身。だから先輩たちを相手に指示したりするのはかなり気を使っていて、正直に言うと胃が痛い……それでも何とか今日までやってきて、やっと灰野先生に引き継げるから心が軽くなりそう。
そんな気持ちで指揮棒を構え、『ワシントンポスト』を皆で演奏する。
――出だしは良し……リズムについてはバスドラムの渋谷さんとチューバさんが指揮をしっかり見て合わせてくれてる。心強い。灰野先生がいる緊張感で最初は不安だったのがわかるけども、演奏し始めて安心したのか、少しずついつもの調子に戻ってる……
そう思ったのも束の間、金管とサックスの入りから始まる所でおかしな事が起こる。サックスの入りがめちゃくちゃなんだ。
思わず、通しのはずだったのを止めてしまう。
「サックスの……月野さん、大丈夫?」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「た、体調とか悪かったら言ってね……」
月野さんは同じ一年生で、なんだかんだ仲良くしてくれる友人の一人……だと俺は思ってる。この間の土曜日に偶然出くわした現場があって、それが原因で心配で心配でたまらないんだけども、俺が深く聞くわけにはいかなく……そもそも、俺があの場に居たって知らないだろうし……だから当たり障りのない事しか言えない……
「止めちゃってごめんね。少し前からもう一度やろう。入りを合わせるために指揮を見てね」
〜〜
大丈夫とも言えず、ごめんなさいとしか言えなかった、心ここにあらずの私。いつもの生活をしていれば落ちつくかなって思ったけども、考えてみたら吹奏楽部の練習でマイナスくんが指揮をしているのを忘れていた。
土曜日の事がグルグル頭を回る。
マイナスくんとその友達の女の子が悪い大人に嫌がらせを受けていたり、たぶらかされていたりしていて、私はその大人にふたりにちょっかいをかけるのはやめろって言いに行ったんだ。だけど、考えが浅かった私はその大人にいいようにされそうになってギリギリで誰かに助けられたみたい。その誰かはわからないけども……気を失う前に見たのは現実なのか、私の夢なのか、マイナスくんが助けに来てくれたように見えた。しかも、アプリのシステムメッセージでマイナスくんが近くにいたっていう履歴が残ってる。
マイナスくんが助けてくれたのかなって最初はドキドキしたのはある。けども冷静に考えてみたら状況的にパパ活現場に見えるわけで、それを見られた可能性があるって考えたら、まさに目の前が真っ暗になった。この世界から消えたいって考えるくらいに。でも、そんなのできるわけない。
考えれば考えるほどツラすぎてマイナスくんを直視できない……直接聞いてみる? いや、それで見られてましたって言われたらどうする……?誤解だよって伝える……にしたって私があの大人に会ったのって誰にも相談しないで勝手にやった事だし、裏でコソコソ追いかけ回してたのだってマイナスくんたちは知らないことだし……。詰みで詰みで詰みで……我慢しないと涙が出そう……
「月野さん、大丈夫……?」
〜〜
「ご、ごめんなさい……」
「体調悪い日もあるから気にしないでね。灰野先生もいて緊張するだろうし」
「何? 私が威圧感でも与えてるってか? ああ?」
「すでに威圧してるじゃないッスか……」
皆のクスクスとした笑いが漏れる。こんなのだと月野さんが針の筵にもなってツラいだろうなってすごい心配過ぎる……
「そ、そういうわけで灰野先生、指揮頼みますよ……!!」
「はぁ……かったる……」
灰野先生に指揮棒を預けて一歩下がる。
「いいか? お前ら。私はお前らにゃ何にも期待しちゃいねえ。適当にやってるお前らに適当に指揮振るだけだ」
「だ、だから先生……!」
「真面目にやってほしけりゃ真面目にやってもらうの求めるぜ? どっちがいいよ、お前ら」
灰野先生は吹奏楽部の皆を見渡す。しん……と音楽室が静まり返る。
「ウチは一生懸命楽しくやりたいで!」
渋谷さんが一番に答える。
「欲張りじゃねえか。そーゆうのは好きだぜ。助っ人」
「で、お前らは?」
吹奏楽部の皆は静まり返る。
「今日は優しいマイナに指揮してもらえ。つーわけでまたな」
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