24・誰かが始めた優しさのリレー
『が、がんばって走って……!』
「がんばるっ!」
『逃すと次は30分後になっちゃうから……!』
全力でいつものバス停へ走る……
――もうバス来てる!!
「待ってー!! 待ってーーーーー!!!!」
走って追いかける。だけどもバスは行ってしまった……
『だ、大丈夫、まだタクシーを捕まえれば……』
「タクシー……タクシー……!!」
この辺りは割と閑静な方でタクシーが通らない。大きな道の方へと走る。
「タクシーで直行したらいける!?」
『ううん、渋滞もあるからタクシーだけだと難しい。それに特急電車の方が早いから……』
「時間の猶予は?」
『20分くらい……かな』
そんな時に声をかけられる。
「そこの君」
「は、はい?」
バイクに乗った大柄な男性に声をかけられる。どこかで見た覚えはあるけども、思い出せない。
「す、すみません。急いでて……なんでしょうか?」
「駅まで?」
「あっ、はい……」
「乗ってく?」
「……えっ?」
誰だろう? 本当に誰だろう? でも、そんな事を気にしてる余裕は無い。
「遠慮しないでいいよ」
「は、はいっ!! すみません、ありがとうございます!」
ヘルメットを受け取り、バイクの後ろに乗せてもらう。
……
「あ、あの……」
「いつも店に来てくれてありがとうね」
いつも……? 店……? そんな通ってる場所……
「……あっ!!! 喫茶店の!?」
「そう。喋るのが苦手だけど、いつも見ているよ」
「そ、そうなんスね……す、すいません。場所借りて……」
「そういう場所だから。喫茶店」
「は、はい……」
「元気になったね、あの子」
「……そうなんです。でも……」
「……うん?」
「急な引っ越しで、もうすぐ行っちゃうんです……だけど、どうにかしたくて、今、急いでて」
「そっか」
「は、はい……っとわっ!?」
急にバイクのスピードが速くなる。思わず身体に捕まってしまった。
「飛ばそうっか」
「――お願いします!!」
――
「ありがとうございました!」
喫茶店のマスターは手を振ってそのまま去っていく。俺も早足で駅へと向かう。
『猶予ができたよ。落ち着いていけば大丈夫』
「うん……ありがとう波多野さん!」
『切符はわかる?』
「わかんない!」
波多野さんが丁寧に教えてくれる。急いで購入して駅のホームへ。
『うん、次の電車で特急が来るから一本見送ってね』
「わ、わかった……!」
指示の通りに電車を待つ。電車が止まり、人が降りていくのを見送る……
「おー、マイナスだー。いよー」
「あ!? 熊谷!?」
私服姿の熊谷に出会う。今の電車からちょうど降りてきたみたいだ。
「次の特急待ちかー?」
「おう……ちょっと急いでてね。超大事な用件なんだ……」
「あはは、マイナスはやっぱり忙しいなー」
「熊谷は……?」
「買い物済ませて帰る所だー。時間あったらご飯でも誘いたかったなー」
「ごめんね……付き合えなくて」
「いいっていいってー。無理はしないでなー。どうせだし話そうっかー」
熊谷の素朴な優しさは本当に沁みる。もう癒しの癒しだよ……
一息入れるつもりで特急が来るまでのほんの少しを待つ。たったの数分だけど。
「先輩とは上手くやってるかー?」
「な、何とかかなぁ……」
「そっかー、俺もさー、正直に話すと先輩と上手くいってなくてなー」
「え、そうなの!? こんなに良い奴なのに!?」
「色々が鼻につくんだってさー。がんばって合わせてるつもりなんだけども、上手くいかないんだよなー」
熊谷が空笑いする。
「まぁ先輩には先輩の事情があるだろうしなー。人間関係がんばりながら、裏でしっかり練習したりする時期だなぁー」
「そっか……俺もがんばらないとなぁ……」
「一緒にがんばろうなー、マイナスー」
「おう……! 熊谷がそう言ってくれると心強いなぁ、ありがとう!」
反対側のホームに電車が停まる。人が降りていってホームに人がまみれる。
「そろそろ特急来るなー、気を付けてなー」
「おう、もちろん!」
そう言ってベンチから立ち上がろうとした時、誰かに肩を押されて座らされる。
なんだ?と思って顔を向けると――
「いやぁマイナスくんじゃーん。いや、こんな所で会うなんて奇遇ー」
「この間の事、覚えてるよなぁ?」
森夜先輩と黒間先輩だった。
森夜先輩はニタニタと、黒間先輩は指をポキポキ鳴らしながら不機嫌そうな顔で睨んでいる。
『え……だれ?』
イヤホンの向こうで波多野さんが戸惑っている。
「も、森夜先輩に黒間先輩。こんちゃっす」
「いやさ、先輩から声かけさせちゃダメでしょ? いや、どういう事ー?」
「す、すみません。その、プライベートで――」
ガタンゴトンと目的の電車がやってくる。
『そ、それに乗るんだけども……だ、大丈夫?』
波多野さんの声に今は返事できない。
「プライベートー? いやさ、先輩はどこ行っても先輩なんだよね。いや、わかんないかなー?」
「す、すみません……えと……今度、埋め合わせでも――」
「今すぐに決まってんだろ」
プシューと音を立てて電車が停まる。
ああ、乗らなきゃ!
「すみません、本当に、今は急用で、どうしても外せなくて!」
はあ? と声をあげて黒間先輩は勢いづいていく。
「先輩、マイナスは本当に急いでるみたいなんで、見逃してやってくれませんか?」
――そんな時に熊谷が声をかける。
「ああ……? なんだてめえ……?」
「マイナスのクラスメイトで友達の熊谷です」
「一年が先輩に指図するってか……?」
「そんなつもりはありません」
「なら口答えすんな……!」
発車の合図も聞こえてくる。でも、これじゃ間に合わない――
「ならマイナスの代わりに俺が付き合うっすよ」
そう言うと熊谷は俺の前に立っていた黒間先輩を突き飛ばす。
「熊谷!?」
「遅れるぞ」
熊谷は先輩たちの前に立ちふさがりながら、そう言った。
『乗って!』
その言葉にハッとして俺は電車に駆け込む。そしてすぐにドアは閉まる。
黒間先輩が熊谷にくってかかるのが見える。
大丈夫かな? 大丈夫かな??
電車がホームから離れていく。どうなったは俺にはわからない……
「通報はしておいたから……その、たぶん……大丈夫」
特急に乗りこんでから波多野さんがそう声をかけてくれる。
「ありがとう、波多野さん……」
「……マイナスくん、いじめられてる……?」
「ああ、いや、いじめじゃないよ。目を付けられてる……っていうのかな」
「でも……」
「ううん、大丈夫。ロックをするためだから、我慢できるよ」
「…………」
「その……俺は……熊谷が大丈夫かなって……」
「……後でちゃんと聞こうね」
「……おう」
「えと……時間の方は大丈夫。余裕はけっこうあるよ」
「電車一本遅れても大丈夫だった……?」
「……その……」
波多野さんが言いよどむ。大丈夫だった……って事かな……
「ダメだった……かな……」
「……そっか」
――
会場の最寄り駅に着き、真っすぐと会場へと走る。ここは何とか俺もわかるから大丈夫。
「電車は何分までに乗れば良い?」
「うん、候補を伝えておくね」
「ありがとう!」
カナが来てくれる保障は無いんだけども……そこも踏まえつつ次の予定を簡単に考える。
「よし、会場にに着いた!」
急いで受付を通ってカナの所に……と思うと騒ぎが起きていた。
「はああ?? だからチケット買ったって言ってんじゃん!!」
「いえ、だからそのチケットをお見せくださいと」
「失くしたっつってんだよ!!」
「では買ったという証明を」
「私が買ったっつってんだろお!?」
何……? この、なに……?
客とか以前に人として最低な事を言う人……いや、覚えがある。絶対に見つかってはいけない。本能レベルで察する。
「す、すみません。
「こんにちは。本日はお越しいただきありがとうございます。どうぞ」
こそっと行こうとする……が
「ほら! チケット無しで通ってる奴もいるじゃん! って――」
怒声が途切れ、それから足音が真っすぐに、こちらに向かってくる。
本気で恐怖を抱いてる時、動けなくなるっていうけども、こういう事なんだろう。
「よっす。マイナ。待ってたぜー」
「は、灰野先生…………」
……
「いやー助かった。チケット買うの面倒でゴリ押しててさー」
「これで貸し無しッスよね……??」
「はあ??? 利子ついてるから無理だけど??」
高校生の間中、俺は灰野先生に面倒を押し付けられるんだな……って察した。
「てかやっぱ金持ちは良い席取れるなー入るの楽しみだわ」
「どうかお行儀よくしてくださいね……」
「ママかよウケる」
そういうわけでそっとホール内に入る……
「あれ、お兄ちゃんもう来たの?」
おめかしをして普段とは違う装いのカナ、それと上井先生と梶原さんが迎えてくれる。
「実は、その……緊急の話があって、ちょっと来てくれる?」
「え……何?まぁいいけど」
ここで話す内容ではないからカナだけ呼び出す。
「あ、こちら音楽の灰野先生で……」
「…………」
あれ? 灰野先生が黙ってる。助かるからまぁいいや!
「こちらは上井先生とお手伝いの梶原さんです。すみません。灰野先生をお願いします」
「ふふ、テルくんが女性を連れてくるなんて……」
「そういうわけですいません! 失礼します!!」
カナを連れて俺はホールから一旦出る。
――
「えっ!?宙太くんが引越し!?」
何とかカナに事情を伝える。
「今からなら何とか宙太くんを見送れる……それで発表の時間にも間に合う!!」
「でも……でも……」
『マイナスくん、落ち着いて』
「あ、ご、ごめん……」
「……通話もしてるの?」
「あ、ああ」
一旦、スピーカー通話にしてカナと波多野さんも話せるようにする。
『ご、ごめんねカナちゃん……その……』
「ううん、その……お兄ちゃんに付き合ってくれてるんだよね?」
『うん……えと……そう、お兄ちゃんは……あなたと宙太くんにもう一度だけ会ってほしくて……』
「……でも、別に、私は、宙太くんの事なんて……」
「カナ、それは本当に!?」
「……本当だよっ!!別にどうでもいい!!」
「だけど、前は友達だったって言ってたじゃん!」
「今は友達じゃないよ!!」
「でも、あの時、すごい辛そうだったじゃん!!!」
「だから何!? 仲直りできても遠くに行っちゃうんだよ!? なら、仲直りしてもどうせ意味ないじゃん!!」
「…………」
意味がない。関係ない。仕方がない。どうでもいい。どうせ。
そんな言葉をこのたったの1ヶ月でもたくさん浴びてきた。
結局何にもならないなら、何をしても意味がないの?
「そんな事……」
「そんな事あるかーーーーーーー!!!!!!」
「どうせ意味無い!? 遠くに離れるから仲直りなんて要らない!? 違うだろ!?」
「いつか離れるから!!! 今を大事にするんだろ!?!?!?!?!?」
我を忘れて叫んでしまった。
「カナ、友達、見送ろうよ。
ずっと、宙太くんを待ってただろ」
俺はカナに手を差し伸べる。
そして何故か俺の目から涙がこぼれる。
溢れて止まらない。なんでだろう。わかんない。
「……バカ……お兄ちゃんのバカ……」
カナが俺の手を取る。そのまま抱き寄せてギュっと抱える。
「上井先生たちに伝えなくていいの……?」
「言ったら止められるから……」
「……遅刻したら承知しないんだからね……」
「おう……!!」
ふふ、波多野さんの笑う声。
『案内するね』
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